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新世界にて
見送り
しおりを挟むアレンさんのおかげで、次の日には商業ギルドのマスターに会うことができたので、特許の申請はスムーズに行えた。
ギルドマスターは結構できる感じの渋いおじさんだったけど、マジックバッグの作成法で度肝を抜かれて、更に商業ギルドを通しての販売という提案で、冷静になりかけたところに追い打ちを掛けられて、動揺しているうちにフランツさんの畳みかけられ、ほぼこちらの思い通りに事が進んだ。
商業ギルドの登録も済ませたので、今後、特許の使用料などは、半月ごとに纏めてギルドカードに振り込まれるようだ。
アレンさんからの要請もあって、ランプとかテントを含めた複数の設計図の特許も取ったので、しばらく商業ギルドに行くことはないだろう。
個人的にはやっぱり、浄化機能付きトイレの魔道具が出回ってくれると嬉しいなぁと思う。
スライムトイレもそれなりに清潔なんだけど、穴の下にスライムがいると思うと落ち着かなくて、トイレが使いづらい。
商業ギルドでの用事を済ませた後は、4人で一緒に冒険者ギルドに行った。
ルイス達が次のクエストに行くまで、まだ何日かの余裕があったから、効率のいいクエストの受け方を教えてもらったり、シュリング周辺のクエストに付き添ってもらったりと、出来る限り一緒に過ごした。
時間があるうちにルイス達の馬車を改造しようかと思ったんだけど、どうせ改造するのなら、もっといい馬車に買い替えてからの方がいいと言われたので、改造馬車を作るのは次に再会したときということになった。
先の約束ができるのは、また逢いたいと言われているみたいですごく嬉しい。
もうすぐお別れだと思うと本当は寂しくて堪らなかったけれど、また逢える、そう思えば耐えられそうだ。
クラウスさんと一緒に料理をしたり、フランツさんと一緒に欲しい魔道具の研究をしたり、ルイスとは屋台の食べ歩きに出たりした。
3人とも、すぐに俺に貢ごうとするので、それを止めるのがちょっと大変だったけど、賑やかで楽しい時間を過ごせた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、ルイス達との別れの日がやって来た。
ぎりぎりまで俺と一緒にいてくれたみたいで、領軍との待ち合わせの場所に向かうために、まだ夜も明けきらぬうちに出発することになった。
「ルイス、あの時、海で俺に声を掛けてくれてありがとう。おかげですごく楽しかったし、色んな事を知ることができた。これ、俺が作ったんだ。身につけていれば、魔核に魔力を流すだけで結界を張ってくれるから」
戦う時に邪魔にならないようにと作った銀色の腕輪に、結界の魔法陣を刻み込んだ魔核を嵌めてある。
結界を発動するときに魔力を少し消費するけれど、腕輪に嵌めこんだ魔核の魔力も使うから、魔力消費量はそこまで多くない。
戦闘中に結界を張るほどに追い詰められているのなら、魔力を使い切っている可能性もあるから、消費魔力は出来る限り抑えておいた。
俺がルイスの左手を取って手首につけると、驚きで硬直していたルイスが、がばっと勢いよく抱きついてくる。
体格が違い過ぎるルイスの抱擁にも慣れたなぁと感じながら、同時に、しばらくこんな風に抱きしめられることもないのだと寂しく思った。
「ルイス、軽くでいいから魔力を流しておいて。そしたらサイズが調整されるし、余剰魔力を魔核に貯めてくれるから。結界を解除するときは、解除したいと念じるだけで大丈夫だからね」
本当は、もう一度魔力を流すことでオンオフを切り替える方が楽だったけど、それだと、間違って結界を解除するという事故が起きそうだったから、思念型の解除に変えておいた。
充魔力も含め、魔法陣の改良はちょっと大変だったけど、でも、大好きな人のためだから頑張れた。
ルイスの背中に腕を回して俺もぎゅっと抱きつくと、いつものように擦り寄られ、全身で懐かれる。
しばらく逢えなくなることを、ルイスも寂しがってくれているのだと、強く伝わってきた。
「ありがとう、レイ。大事に使わせてもらう。レイには、海で出逢ったあの時から、驚かされっぱなしだ。――寂しくなったら、いつでも領都に来いよ? また逢えるのを、楽しみにしているから」
何かを言いかけて一度口を噤んだルイスが、俺の頭をガシガシと撫で始める。
しんみりとした空気を吹き飛ばすような笑顔を見て、自然に笑みが零れた。
バトラーと違って、これで最後というわけじゃないんだから、悲観することはない。
ちょっと時間がかかるかもしれないけれど、逢いたいときにはいつだって逢えるんだって思えば、寂しさが和らいだ。
「本当はこのまま連れて行きたいのですが、多分それをレイ君は望まないでしょう? だから、次に逢える日を楽しみに待っていますよ」
ルイスから奪うように、けれど優しく、フランツさんが俺を抱きしめる。
ふわっといつもと同じ香りがして、とても心地よかった。
俺に触れるフランツさんの手は、いつだってすごく優しいってことに気づかされる。
「フランツさんも、ありがとう。いつも、俺の気持ちを一番尊重してくれて、すごく嬉しい。また逢えるのを、俺も楽しみにしてるから、一緒に実験したり、遺跡に行ったりしようね」
別れを惜しむように抱きついて見上げると、うっとりと見惚れてしまいそうなほどに優しくて綺麗な笑みを浮かべたフランツさんが、頬に軽くキスをする。
親愛を込めた優しい仕草に促されるように、俺も軽く背伸びをして、フランツさんの頬にキスを返した。
ルイスが横で拗ねてるけど、今は放置しておこう。
「フランツさんには、これ。フランツさんは3人の中では一番魔力が多いでしょう? これをつけてると、フランツさんとフランツさんに触れている人が転移できるから。3人だけなら、ここから最初に逢ったクリスプの街くらいまでは余裕で行けると思うけど、人数が多いときは、出来るだけ近くに転移しなければ、魔力が枯渇するかも。一応、普段から魔核に魔力を溜め込むような作りにしてあるから、寝る前とかに、意識して魔力を溜めるようにしておいてね」
少しでも多くの魔力を溜め込めるように、数個の魔核を嵌めこんだ腕輪を、フランツさんの左手首につけた。
ルイスと違って高級品が似合うフランツさんなので、細工にもできるだけ凝って、貴族の正装をしていても違和感のないような透かし彫りの腕輪にしてみた。
意匠は高貴なフランツさんによく似合う百合だ。
転移と聞いて驚いたのか、僕を抱きしめたままフランツさんが硬直している。
常に冷静なフランツさんが、完全に思考停止しているようなので、大丈夫かな?と顔を覗き込むと、それはもう盛大に深々とため息をつかれた。
「レイ君といると、驚かされてばかりでしたが、最後の最後で止めを刺されましたね。レイ君、マジックバッグと同じで、転移の魔道具も、今まで作った人はいません。これほどの品となると、大国の国宝として、宝物殿に収められていてもおかしくありませんよ」
つまり、転移の魔道具が作れることも内緒にした方がいいのか。
まぁ、フランツさんだから渡しただけで、他の人に渡そうとは思わないけど。
「魔道具なんて、使わないと意味がないのにね。宝物殿の中じゃ、それこそ宝の持ち腐れだよね。これはね、みんなが万が一の事態に巻き込まれたときに、助けになるようにって思って作ったんだ。クラウスさんのも結界の魔道具だから、ルイスとクラウスさんが結界を張って、安全を確保してからフランツさんが転移すれば、どんなところからでも逃げられるでしょう?」
たとえ誰かが戦闘不能に陥っていても、結界が張れれば、その中で治療ができるし、回復するまで持ちこたえることができる。
転移は一瞬だけど、結界は張り続けなければならないから、負担が分担できるようにルイスとクラウスさんにそれぞれ持たせることにした。
本当はすべての腕輪に同じ機能をつけて、結界も転移もできるようにしたかったけれど、そうすると魔力の消費が大きくなり過ぎてしまうから、役割を分けてみたのだ。
ちなみにダンジョンの中から外に転移できるのは、バトラーと暮らしていたあの屋敷で確認済みだ。
外のダンジョンでも転移は可能だとバトラーが言っていたので、最悪の事態は回避できると思う。
「そんなに、私達のことを考えて作ってくれたなんて……。大切にしますから。離れているときもレイ君といられるようで、嬉しいですよ」
俺がどんな意図で作った物なのかを知ったフランツさんは、蕩けそうに甘い表情のまま、優しく俺の髪を撫で梳いた。
どうやらフランツさんは、俺の髪の感触がお気に入りみたいで、気が付くと指先で弄られてたり、撫でられたりしている。
フランツさんに触れられるのは、甘やかされてるみたいで心地よくて大好きだ。
「クラウスさんには、これ。ルイスのと同じで、魔核に魔力を流すだけで結界ができるし、魔核に魔力を溜めておけるから。結界の範囲は、張るときに自分で調整できるから、人目につかないところで練習してみて」
クラウスさんにも腕輪をつけると、軽くハグされた。
「ありがとう、レイ。結界ならば、野営の時などにも使えそうだ。次に逢えるまでに、しっかり使いこなせるようにしておく」
クラウスさんならきっと、俺が想定していなかった使い方も編み出してしまいそうだ。
次に逢えるのがいつになるかわからないけれど、俺も成長できるように頑張らなければ。
「レイ、元気でいろよ」
ルイスが名残を惜しむように俺の頭を撫でてから、振り返ることもなく馬車に乗り込んだ。
真っ先に馬車に乗り込んだのは、きっと最後まで残っていたら離れられないとわかっていたからじゃないかと思う。
俺も多分、最後までルイスが残っていて、抱きしめられていたら、子供みたいに駄々をこねてしまったかもしれないから、ルイスのおかげで醜態を晒さないですんだ。
「また逢いましょう。この街にいる間は、何かあったらアレンを頼ってください。しばらくは街に滞在すると言っていましたから」
最後の最後まで俺のことを心配しながら、フランツさんも馬車に乗る。
俺は頷くだけの返事をして、フランツさんの姿が馬車の中に消えるのを見送った。
「領都で待ってる」
短く別れの挨拶をして、クラウスさんは御者席に乗った。
寂しい気持ちを押し込めながら、クラウスさんの言葉に頷く。
「絶対逢いに行くから。みんなダンジョン攻略頑張ってね」
俺が手を振ると、ずっと肩に乗っていたリュミも、別れを告げるように可愛い声で鳴く。
馬車が動き出すと、一人で取り残されるような寂しさに襲われて、後を追いかけてしまいそうになった。
でも、俺が一緒に行きたいって言えば、絶対に連れて行ってくれるってわかってるから、余計に我儘は言えない。
すぐにでも追いかけて走り出しそうなのを必死に我慢しながら、無理やり作った笑顔のまま手を振り続ける。
こんなに別れがたいと思うほどに大切な人になっていたんだと、こうして離れることで思い知らされた。
最初は、隠さないといけないことが多いし、線を引いて付き合っていたけれど、いつの間にかそんなことを忘れていた。
みんな、俺が隠し事をしているのに気づきながら、それを追求することもなく、ただ受け入れて、心から案じてくれた。
心配しながらも離れることを選んだのだって、多分俺のためだ。
冒険者になったばかりの俺が成長できるよう、気遣ってくれたのだろう。
馬車の姿が遠ざかり、見えなくなると、堪えきれずに涙が零れた。
リュミが小さな体で擦り寄って、涙で濡れた頬を舐めてくる。
大丈夫、一人じゃないよって言われてるみたいだ。
「ありがとう、リュミ」
リュミの柔らかな毛に頬を寄せると、ふわっと胸が温かくなる。
いつまでも情けない顔をしてられないなって、リュミのおかげで気持ちを切り替えることができた。
次に逢える日までに、みんなに少しでも成長した姿を見せたい。
庇護されるだけの存在ではなく、冒険者として対等に渡り合える存在になりたいから。
この世界に渡ってすぐの出逢いは、俺に大きなものをもたらしてくれた。
こうやって、少しずつ大切な人を増やして、俺はこの世界で生きていくんだなぁ。
いつか人生を全うした後に生まれ変わって、また父さんと巡り合うために。
応援ありがとうございます!
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