ドリムリーパーⅡ

博元 裕央

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・第六夜

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 そこは北米風のダイナーだった。正確にはそのような夢の中であった。夢の中なので多少不安定で時々間違い探しのように風景の一部が変化し、そのせいで正確に言えばダイナー風ファミリーレストランに見える瞬間もあるかもしれなかった。

「やれやれ、たまにはゆっくり出来そうね」

 七色の髪の美女が、そう言ってカウンター席に着く。ドリムリーパーだ。今日の装いは星型のバッジ尾の代わりに懐中時計型のバッジを付け、十字架の代わりに時計の針が組み合わさったものを首から提げた西部劇のシェリフ風。愛用の得物である鶏の骨の鎌は、リボルバー拳銃の形に折りたたまれている。どちらかと言えば酒場サルーンの方が相応しい格好のような気がしないでもない。

 ここは、たまに誰かが見る夢の一つだ。他の夢と違って定期的に出現して比較的長持ちし、悪い・危ない夢に成り得る事件の気配は無い。

 即ち、ドリムリーパーのような夢を渡る者にとって、一時の安らぎの場という事になる訳だ。

 実際他にも様々な客がいるが、元々この夢の登場人物として配された者や夢見る本人に加え、他の夢や世界から渡ってきた旅人達もいる。その格好は様々で、スペシャルバーガーにチーズは入っていないか店員に確かめている女神や窓から見える駐車場に巨大ロボットを停めている男等、西部劇めいた今の彼女以上にダイナーからかけ離れた印象の者も少なくない。いずれにせよ安らかな夢は彼女達の助けとなるのだ。

 夢世界の存在であっても、食事は娯楽だ。軽く鼻歌すら歌いながらドリムリーパーはメニューを手に取る。メニューは日本語、アルファベット、フェニキア語、楔形文字、インダス文字等様々に変化するが、人の夢に寄り添い続ける彼女にとっては特に問題が無いらしくスムーズに目を走らせ注文する。

「チキンアンドワッフルとルーベンサンドとプルドポークサンドイッチ。ルーベンサンドはパストラミ、コールスロー、ロシアンドレッシングで。あとビール」
「……見た目と違って、意外と食うな。夢だから羨ましい事に君は太らんとはいえ」

 その注文に、隣の客が呟いた。肥満体を軍用コートに押し込みサングラスを掛けた男。何よりの特徴として、白黒映画から抜け出してきた全身灰色の姿をしていた。

「後ろの子達ほどじゃないわ。大体、うっかり助平だの透けさん隠さんだのを連れた御老公・見せ肛門、なんてアホな夢を畳んできたんだから腹も減るわよ。それにもっと食べてる子もいるし、場に合った注文でしょ?」

 どちらかというと疲れて腹が減るよりげんなりして食欲減衰しそうな夢と背後の窓際の席で肌も露な露出度の高い装束で山盛りのバーベキューに食いついている美少女達について語ると。

「貴方がそれ好きな事は知ってるけど、この店で蕎麦頼むのも大分場の雰囲気と違ってるわよ」

 ドリムリーパーは苦笑する。ここダイナーよ?と。

「白黒映画の時点で浮いているから構わんだろう」

 男は平然とそう答えると、七味多め葱抜きの立ち食いそば屋で出るような安いかけ蕎麦を、実際ダイナーの椅子に座らず立ったまま豪快に啜り込んだ。

「伊勢湾文化、そういえば〈Schützen Ausrüstung〉は見つかった?」
「……いいや」

 この顔馴染みの夢界存在……伊勢湾文化という、変な名前だ……との付き合いは長いが、その関係は商売敵に近い。

 ドリムリーパーは悪い夢を壊し良い夢を出来るだけ良い形で終わらせ夢見る人を守り送り出す事を目的としているが、この男は、夢を混沌とさせる存在だ。混沌とさせた結果どうなるかはケースバイケース故に未だドリムリーパーは彼を打倒してはいないが……高確率で変な事になり、そういう夢は終わらせてきた。

 そんな伊勢湾文化だが、最近は活動を行っていない……それでも彼とは別の原因で混沌とした夢が発生する事はあるが。

 その理由は、先にドリムリーパーが言った〈Schützen Ausrüstung〉だ。ドリムリーパーにとっての鳥の骨の鎌【明日の朝】に等しい、混沌の黒い鎧。それを、ある時彼は持ち運び用のスーツケースに入れた状態で無くしてしまったのだ。

「あれはどこにいってしまったんだろうな」
「少なくとも私は見ていないわ」

 淡々と、だが少しぼやくような風が滲む声音で呟く伊勢湾に、嘘をつかずドリムリーパーは応じた。

「思い当たるとしたら……あ、来た来た」
「おい」

 そこまでは誠実な対応だったが、商売敵を食事より優先する理由はないと、言いかけた途中で注文した料理が来たのでそっちに口を使うドリムリーパー。

 ワッフルとフライドチキンが纏めてメープルシロップに塗れた甘塩あまじょっぱいチキンアンドワッフルは、知らない人間が聞けば驚くかも知れないが、それこそ肉料理でも菓子でも甘塩あまじょっぱいものはあるので実際はそれほど驚くような事も無い。そして何よりこの店のチキンはジューシーだ。ルーベンサンドのパンは程良く焼かれ、パストラミはしっとり、コールスローはしゃきしゃき。そして何よりプルドポークの柔らかく香ばしく旨味豊かな事! でかい肉をじっくり焼く事でしか得られないものがあるという事を実感させてくれるし、アメリカの食文化というとファストフードを思う人が多いがこういうじっくりと調理するバーベキュー文化というのも……

「おい」
「分かってるわよ。そこまで酷い性格してないわ」

 焦らされて不機嫌そうに突っ込みを続ける伊勢湾に、食事を中断して答えるドリムリーパー。少しジト目で唇を尖らせながらだが。

「貴方、夢をぐちゃぐちゃにするでしょう? 色んな理由で、こう、芸術的なんだか深いんだかな風に……あの鎧は存在を示す事でそれを強要する。鎧の力に魅入られた者は、鎧を求める余り貴方を追い貴方の言葉について考え混沌に堕ちる」
「ああ」

 いつまで経っても追いつけないのに、僅かしか見えないのに。武器を兼ね備えた鎧の持つ強大な火力は、ドリムリーパーの様な存在なら兎も角夢を見る側にはそれが遠くで攻撃している事を見る事しか出来なくさせる。なのに、近づこうと、知ろうと、理解しようと焦がれてしまう。

「可能性は二つね」
「教えろ、対価は払う」
「教えても出来るかどうかは分からないけど、それでもいいなら」

 無限の可能性に比べれば二つまで絞り込めるなら指呼の間に等しいと、スランプに陥った作家のようにがっついて、何枚かの髪を伊勢湾文化はドリムリーパーのシェリフ服のポケットにねじ込んだ。幾つかの夢に関する情報だ。

 故に頷くとドリムリーパーは推察を伝えた。

「一つは誰も何時までも夢を選び続ける事は出来ない。寿命で必然という可能性」
「……もう一つは」

 不吉な想定に呻く伊勢湾文化に、ドリムリーパーは。

「正直その可能性は低いと思っているわ、私達は夢と同じもので出来て、眠りと共に生きているのだから。人と同じように」

 そう呟いた上で、もう一つの可能性を告げる。

「たまには貴方も血湧き肉躍る愛の夢を見たがっている。鎧の力をそのように使いたがっている。だから鎧が出てこないのよ。言わばメンテナンス中ね」
「…………さあな」

 底に沢山唐辛子の貯まった蕎麦の出汁を時間を掛けて飲み干しながらその言葉を吟味すると、伊勢湾文化は無言で去って行った。

「まあ、多分大丈夫だと思うわよ」

 食事を再開しながら、ドリムリーパーはそんな伊勢湾文化の背中を……その背後を常に伊勢湾文化の死角に回り見つからぬようにしつつ、だけど絶対に離れないようについて行く〈Schützen Ausrüstung〉が入ったトランクを見ながら微笑んだ。

「〈Schützen Ausrüstung〉はかっこよく活躍したいんだから、まあ、そのうちなんとかなるでしょう」
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