殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

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・第十三話「蛮姫軍略助言者を始める事」

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 そういう訳で教帝面会の翌日から、アルキリーレの執政官コンスル私設軍略助言者としての活動が始まった。

 朝、中庭にカエストゥスを呼び出し、告げる。

お前おはんさ本格的に助言ばすっがいたくっ前にまずっていきたか基本の心構えがある。無論いみしい話もするがおい真剣いっだましゆっ事ゆえ、しかと聞いたもし」

 ドレス姿で、腕を組んで堂々と立つ。ドレス姿といっても、当然日が変われば姿も変わる。カエストゥスと出会い刺客を切った一日目、教帝宮殿に赴いた二日目、そして今日三日目ではそれぞれ違う。二日目以降は古臭い南北摩ホクマのものではなく、カエストゥスがその審美眼を以て誂えさせた最新流行のドレスとなっていた。質の良い布や手間のかかった刺繡をみっしりと施しているが分厚く地味で露出度乏しく色も変化に乏しかった最初の装束と違い、様々な色の布、糸の宝飾とでも言うべき繊細なレース、やや艶やかな首回りから際どすぎない範囲での胸元にかけての露出といったものが最新の流行で。

 かてて加えて、毎晩カエストゥスの屋敷に設えられた公衆が何百人も入る大規模なものに引けを取らない程の巨大な浴場テルマエを用いて磨き上げているその姿は美しい。美しいが、立ち姿が漂わせる雰囲気は既に武将のものであった。

「まずおいより先に逃げてはいかん※し、おいより後に突撃してチェストもいかん、っちゅうくらいの気でおれ」

 とはいえあくまで武将としてとはいえ訓導する時の調子であり、様子をある程度伺いながらではあるが、慣れぬ状態にカエストゥスは、最初はやや苦労しながらという感じで受け止めていた。

 それに対しアルキリーレは、※但しおいが捨てがまりばすっ時は別にごつが、こんぐらいの気構えば持たねばならん、と、ショック療法的にまずはこのくらい言わないと駄目だろうという感じで一旦注釈を加えた上で再び続けた。

覚悟を上手くしろチェストいけ何時いっ勇気チェストば持て、出来でくっ範囲でかんまんが。こん国ん棟梁で大将なんじゃ、ゆっさの事は軍師は出来もすが、大将の気構えチェストは大事ばい」

 厳しい事も言うという事だったが、実際これはレーマリア的に、そしてカエストゥス的に厳しい内容が多い。何しろ、特にこの部分等正に北摩ホクマ気質そのものだ。

「覚えねばならんど。お前おはん自身が指揮するかどうかは兎も角、せねばならぬ時にゆっさをすっという決断の出来でけん男に、国を、民を守れる筈などかちゅうこつをな」

 今正に戦の出来ぬカエストゥスという執政官コンスル、レーマリアという国。そこに住む民。それは叩き直さなければ滅びるのだと、アルキリーレはしかと叱りつける様に宣言するが。その頃にはカエストゥスも、真剣に考えた表情で正面からそれを受け止めていて。

「……そっはそっとしてお前おはんにはお前おはんしか出来でけん事もあっで、そいに誇りチェストば持って、胸据えて、信じておいについてくればよか」

 そして最後にそう付け加えて、以上、軍略相談開始宣言じゃ、と、アルキリーレは締めくくった。その最後の言葉は、厳しいと言いながらも最大限カエストゥスの個性と能力と魅力を認めようという不器用な優しさがあった。

「ありがとう、肝に銘じる。……ただ、異議を唱える訳ではないのでギリギリセーフだと思いたいんだが、質問はいいかな。前から少し気になっていたのだが……アルキリーレはチェストと言う言葉を随分色々な意味で使っていないかい? それは北摩ホクマでは一般的な用法なのかな? 一度詳しい定義を聞いておきたいんだけど……」

 故に微笑んでそれを受け止めながら、知を重んじ、問いならば議では無かろうと、カエストゥスは黙らなかった。怒られてもいいと思ったが、アルキリーレは怒らなかった。掴めてくるその性格。北摩ホクマ人らしい部分と、北摩ホクマ人らしさを嫌う部分の複雑な混合。

「チェストの意味か。そいばどう捉えるか、言えるもんと思うか言えぬもんと思うかは、個人個人で違い申すが」
「そんな」

 故にそんな曖昧では困ると言いかけるカエストゥスを察しアルキリーレは続けた。

「だから、おいのチェストば言いもす。そいで良かか?」
「ああ……有難う」

 そんな、強く、かつ彼女なりに善の側であるアルキリーレが居てくれる事が、どれ程尊い事か。カエストゥスはそう、アルキリーレの存在そのものに感謝を注ぐ。

 それはアルキリーレを喜ばせた。にっと笑って己の中のチェストを示す。誰もが己の、言葉に出来ない己だけのチェストを掲げて争っていた故郷ホクマでは誰も理解しなかった己のチェストを。

「 己で攻撃する事もチェスト、軍ば攻める事もチェスト、耐える事もチェスト、迷いを振り切る事もチェスト、覚悟を決める事もチェスト、死ぬ時もチェストばい。つまり、おいが思うチェストとはこの世に抗う魂じゃ。楽に勝てる状態でならいちいちチェストば叫ぶ必要は無か故な。命捨てがまっとも屈さぬ意志じゃ……おいのチェストはそいじゃ」

 智慧を捨てる事ではなくより表層的ではない本質的な魂を重んじる事。命の爆発ではなく命の頸木すら振り払う魂の爆発。それが自分にとってのチェスト、そして美学だとアルキリーレは宣言した。

「……強いて我々の言葉に訳すれば、勇徳ヴィルトゥスか」
「何と」
「……古い言葉さ。今では闘技場コロッセオでもあまり聞く事は無い」

 その意味を噛み締めるように呟くカエストゥス。上手く言い表せる言葉があるのか? と驚くアルキリーレ。

 勇徳ヴィルトゥス。勇敢であれ、良き兵士・市民たれ、責務を担う強さを持てという、帝国がまだ質実剛健尚武の気質を残していた頃の美徳の一つ。今では戦いを娯楽とした闘技場コロッセオの中で剣闘士への称賛として使われるのみとなって久しい言葉。

(廃れたか。すくたれた事じゃのう。じゃが、水の無い岩を掘るより、昔泉のあった土地を掘るほうがはるかにましじゃ)

 それを情けなく思うが、一から植え付けるより、眠っている水脈を掘り起こす方が可能性はあるとアルキリーレは前向きに捉える事にした。

「ただ、分からんでもないさ。アルキリーレ。大半の項目は中々難しいが……少なくとも一つ、私でも出来る事がある」
「ほう?」

 そんなアルキリーレの思いを肯定する言葉を、カエストゥスは直後口にした。常ならぬ決然たる意思を込めた表情で。

「〈おいより先に逃げてはいかん、おいより後に突撃してチェストもいかん〉……これは出来る気がする。レーマリア男児たるもの、女性を置いて逃げる訳にはいかないし、女性に置いて行かれるのも御免だ」
「……漸くお前おはんの良か戦士ぼっけもん顔が見れもしたな。中々、悪く無かぞ」

 寸刻、カエストゥスの顔をじっと見たあと、アルキリーレは猛々しく笑った。その笑顔はカエストゥスが見せた男の意地よりどう見えても強そうだったが、それでも尚、アルキリーレは嬉しかった。

 己の存在が、誰かを鼓舞した。それが、とても。

「ふむ。カエストゥスもペルロもそう言うが、やはりレーマリア男は皆女好きか」
「改めて言われると恥ずかしいがそうだ。加えて女性の前ではいい格好をしたい」

 そこから何か閃いた様子でアルキリーレは問い、それをカエストゥスは肯定した。これまで断片的に語られてきたレーマリアの男の柔弱さ以外の気質。

「やっぱいか……良か!」

 にやりと笑って。

「そいではこれよりの最初の手を伝えもす。今から言うもんば用意せよ。一つ、おい用の軍装と訓練用木剣と速く無くて良か故なるたけ頑丈な軍馬。二つ、執政官親衛隊プラエトリアニの内比較的忠誠心の信頼できる者装備して集められる限り。三つ、そいつら全員分の訓練用木剣。四つ、訓練の出来る場所、五つ、医療神秘の心得ある司祭プリーストじゃ」

 アルキリーレはいよいよ疾走を開始した……

 それも、二つの課題について同時に。

「あ、後、そいは兎も角としてじゃが。こん前の刺客、あいは多分東吼トルクの手の者じゃなかど。東吼人トルクもんじゃが別んもんの仕業じゃど」
「何だって?」

 その課題の二つ目、意外なことを言い出すアルキリーレに、カエストゥスは驚いた。何故そう思うんだい、と即座に問い返す。

「早速いみしいこつば言うが、お前おはんゆっさ下手じゃ。おい東吼トルク皇帝スルタンじゃったら、弱虫やっせんぼばわざわざ斬って変わりにマシな新人にせが出る可能性ば作るくらいなら、弱虫やっせんぼ相手に勝ちば拾い続けるこつば選びもそ」
「……本当に厳しいがぐうの音も出ない……」

 お前を消すメリットが無いどころかお前相手だとやりやすい、やすやす勝てるから生かす方がメリットだろというお前は寧ろ敵側からすりゃ利用価値があるというまあ実際手厳しい発言にしゅんとなるカエストゥス。

(これで逆上のぼせんだけまあ殊勝な奴じゃ)

 故郷ホクマではこんな事言ったら指摘が事実でも即座に斬り合いである。大した忍耐力だ、と、まあ故郷ホクマの連中の脆い忍耐力が基準なせいもあってアルキリーレはそこそこ交好感を感じて評価した。

「つまり、要するに……」
「国内に不穏分子うらぎりもんがおるやもしれぬばい。尤も、心配するな。今から始める基礎固めと、並行して片づけてやるわい。獅子は嗅ぎまわらぬ。でんと構えて、はっきり分かる大物の相手が動いたら行くにごわす。相手が動き出す条件は、もう見えとるど」

 不安を感じるカエストゥスに対して、豊かな胸をぽんと叩いてアルキリーレは剛毅かつ落ち着いて解決を請け負った。

 動き出せば、速い。アルキリーレは二つの問題を、まとめて片付ける目算があった。それは言わば二兎を追う者は一兎も得ずと言うが一兎を追う事が別の一兎を捕まえるための布石でもあるという、獅子は兎を追うにも全力を尽くす、獅子の全力をもってすれば二兎を得るは必然とでも言うべき作戦であった。その詳細は、今は一人アルキリーレの胸の内、この先になって初めて明らかになるだろう。果たして、その全貌や如何に! 請う、ご期待!
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