殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

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・第二十五話「執政官と蛮姫共に仮面の御方と語らう事(前編)」

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「チェレンティ・ボルゾ元老院議員……」
「……カエストゥス・リウス執政官コンスル閣下」

 カエストゥスが歩いて近寄り、チェレンティを見る。それにチェレンティも立ち上がって対峙する。命を狙われるものと狙うもの。一瞬の緊迫が宛ら彫像の如き美術的な緊迫感で美男二人を結び付ける。片や元老院議員、片や国家の執政官コンスル。だが前者はそれだけではなく、犯罪組織威迫者マヒアスを束ねる仮面の御方マスケラでもあるのだ。実に奇妙な対談であった。

「……今日は是非、有意義な話をしたく思う」
「……ええ。是非。レーマリアの為にも」

 一瞬の後、カエストゥスは全てを受け入れるように静かに、チェレンティは挑むように微笑み、席に座った。

(ふむ)

 高級客VIP区画故に万事余裕がある造作となっていて、極めて座りよい構造の席同士の間にはある程度距離がある。アルキリーレはチェレンティと逆側のカエストゥスとの隣に腰掛けるが、何時でも一跳びで二人の間に割り込めるよう体を巡る獅子の神秘を高めている。

(カエストゥスよりは強いが、そこまでだ。そこまでだが、それだけではない)

 人目見てアルキリーレはチェレンティの戦士としての力量を見切っていた。単に戦えば敵ではない。訓練は積んでいるように見えるが、どうも身体能力が足りていない。技量はあろうが、寧ろ病弱・虚弱な印象すら受ける程細い。

 しかし、だからと言って無警戒という訳には絶対に行かない相手だという認識もあった。毒蛇は指程の細さだが、一咬みで猛獣をも殺す。北摩ホクマの黒いロトスは美しく脆いが、ただ咲くだけで沼を毒に変える。それと同種の厄介さだ。どこに何をどう仕込んでいるか……


 眼下では、二級剣闘士グラディアトル達が、カエストゥス等の介入で定められた木剣試合を行っている。その後猛獣退治ベスティアリ、一級剣闘士グラディアトル達による真剣勝負となっている。


「対東吼トルクの戦の今後を執政官コンスルはどう思われるか」

 そんな中、呼び出した側としてまずチェレンティが切り出した。

「……今は停戦状態だが、決裂の可能性があると認識し、決裂をさせない為、決裂した時の為、双方を考えた対策を講じている」

 停戦条約はあくまで幾つかの条件によるものであり、〈両国和親の為の外交交渉が成立した場合新しい条約に更新されるが、決裂した場合無効化される〉〈停戦期間中に軍事衝突・暗殺・破壊工作等の敵対的行動の発生が確認された場合無効化される〉という条件で辛うじて戦線が停止しているに過ぎない。その認識の上で、チェレンティの問いにカエストゥスは答えていく。


 眼下では二人の二級剣闘士グラディアトルが、互いに声を張り上げ、木剣を振り上げ突き出し牽制し合っていた。


「和親条約における妥協点はどこまでが可と考えておられか」
「西東吼トルク属州全土割譲、相互不可侵条約の締結、貿易の各種制限撤廃。それが可能な限りの妥協で、これよりは抗うしかない」

 西東吼トルク属州全土割譲はかなり大きな外交的敗北である。貿易の各種制限撤廃も、この戦況で行うそれは即ち東吼トルク側に有利な改変となるだろう。そして相互不可侵条約の締結は、それで国境等の状況を確定する、即ち復讐戦は挑まないという意志の伝達となる。

 至極簡単に言えば敗北を認めるという事である。だが、同時に完敗を認める訳ではないというラインでもある。何故ならば東吼トルクの軍は既にレーマリア領内に食い込んで幾つかの都市を占領している。それらに関して割譲をしないという事は、即ちそれらは返せという要求という事になる。また、賠償金の類も一切無し、と。まあレーマリア側からすれば相手に賠償金を請求される程のダメージを与えてすらいない上に相手から吹っ掛けてきた戦なのに賠償金を払う道義的理由等ありはするか、という所ではある。

 そしてまた、これが譲れる限界であり、過ぎれば決裂も……決裂の結果も、致し方ない。民に強いられる負担の限界として限界であるとカエストゥスは答えた。


 眼下の二人の二級剣闘士グラディアトルはその頃、片方が攻め掛かり、もう片方がそれを必死に受け止めていた。


「和親条約決裂の抑止、決裂時の対策は」

 レーマリア側が妥当に妥協できるギリギリのラインではあるが、それで東吼トルクが納得するとは思えない。必要なのは東吼トルクに条件をそこで納得させる為の〈それ以上は無理だと思わせる〉手札、開戦した時の為の手札だとチェレンティは重ねて問う。

「……軍事力によるしかあるまい。執政官親衛隊プラエトリアニの軍事的再編を行った。教帝近衛隊ケレレスの軍事的再編を行う事も教帝猊下の裁可を得た。そこから軍事改革を行う事で、国家としての戦闘力が再編される事を東吼トルクに示す」

 カエストゥスは苦渋の表情で吐き捨てたが、チェレンティは感心した。少し前のカエストゥスであれば到底できなかった判断だし、結局の所そうするしかない判断だ。

 殴れば奪える相手を殴らない理由なんて、より強い相手か対応しきれない程の数の相手に殴られるから以外結局この世には存在しない。そして西馳ザイン南黒ナンゴク北摩ホクマにレーマリアを殴る東吼トルクを殴って止める積極的な理由もそれを行わせしむる統一政体も欠けている以上、戦う為にも戦わない為の抑止力としても結局の所必要なのは力でしかないのだ。


 先程劣勢だった二級剣闘士グラディアトルが必死に反撃し、攻めていた方が攻めあぐねる。


「決裂は必然だと俺は考えている。東吼トルクはレーマリア全土の占領に対して自信を持っている、停戦を続ける理由が無い」

 そこまでは、寧ろ意見は一致したとすら言えた、それら聞き出したカエストゥスの現状認識に対して、だがチェレンティはより深刻な見通しを告げる。

「そして、軍の再編は間に合わない。少なくとも開戦までには」

 少数の国家軍団レギオー国家海軍クラッシスは兎も角、肝心の事実情の主力たるべき筈の大多数でありながら貴族の私軍でしかない地方軍団アウクシリア地方艦隊アエガデス、それを支える軍管区制テマの再編は間に合わない。このままでは、そして合法的には。権利を失う事を恐れる貴族達は抵抗するだろう。国家が滅びる危機等想像も出来ずに。指摘されても説得に応じずに。


 ……反撃していた二級剣闘士グラディアトルが疲弊した。出来た隙を、もう片方が狙う。


「……成程。ありがとう。貴重な意見だ。私も、同じように現状を憂いている。ならば、もし君が執政官コンスルとなったら、どんな手を打つ」

 そんな現状では絶望的だと語るチェレンティ、故にお前を追い落とすと暗殺を狙う相手に、あえてカエストゥスは胸襟を開き意見を問うた。

 真に奇妙な対談である。そして対談は続く。
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