殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

文字の大きさ
28 / 63

・第二十八話「蛮姫剣闘士軍団相手に大立ち回りの事(前編)」

しおりを挟む
(アルキリーレ!)

 チェレンティとのやりとりを聞きカエストゥスは感極まっていた。過酷な北の環境に虐げられた手負いの猛獣の様だった彼女の心は癒され健やかな成長を取り戻そうとしている。まだ恋や愛はよく分からないというのは少しがっくりきたがそれでも構わない。

「カエストゥス!!」

 そう感じた直後、アルキリーレが跳躍しカエストゥスとチェレンティの間に着地する。生きさえすれば時間が解決するのだから今は兎に角生き延びなければっ、と、カエストゥスは身を翻した。男として情けないが、実際アルキリーレの腕一本分よりも弱いんだから今は生存の為の最善手を打ち続けるのが戦いだ。アルキリーレの後ろにカエストゥスが回り、直後。


「チェレンティッ!!」

 叫びと共に風が轟いた


「……!」

 カエストゥスを守る為にチェレンティとカエストゥスの間に飛び込んだ時、アルキリーレは可能であればそのままチェレンティを制圧するつもりでいた。だがそれより早く、同じようにチェレンティとカエストゥスの間、チェレンティ側に飛び込んできた男がいた。燃えるが如き赤がアルキリーレの視界に飛び込む。

「来たかアントニクス! 聞いての通りだ! やれっ!」
(やはり、奴! だが、舞台から観客席まで跳躍しただと!?)

 現れたのは鉢巻きを巻いた赤毛短髪、軽装防具に大鉄棍を帯びた美丈夫だ。一目見て、アルキリーレが強いと見て取った相手だ。

 だが、剣闘士グラディアトル達が足を付ける土の舞台から、この観客席へ。それは神秘無しでは人体には不可能な行為であり、更にそれ程までの跳躍力を付与する神秘をアルキリーレは一つしか知らない。

北摩ホクマ多神教ヴィドガム、大鷲の象徴トーテム! 貴様きさん北摩人ほくまもんか!?」
「混血さ、半分はレーマリアだ! 筆頭剣闘士プリームス・パールスアントニクス、同志チェレンティ・ボルゾの代闘士チャンピオンとして、勝負させてもらうぜ元北摩ホクマ王! 行くぞ!」
「レーマリア帝国執政官コンスル軍略相談役、アルキリーレ・ゲツマン・ヘルラスじゃ! 下郎推参なり、返り討ちじゃ刺客奴しかくめが!!」

 アルキリーレの問いに名乗りを上げる筆頭剣闘士プリームス・パールスアントニクス。名前や口調がレーマリア風なのは混血故か。アルキリーレも堂々と返しながらも、更にかつての覇者として刺客風情が生意気なと挑発も交え身構えた。両腕を顔の前で打ち付けて交差させ引いて腰に構えると同時、チェレンティが見て取ったとおり、額のサークレットと首の首輪、手首の腕輪や帯留バックルが音立てて展開して表面積を増し、それぞれ鉢金、喉鎧、手甲、腹部防具となる。ドレスにも鎖帷子を縫い込み、下着もビスチェ型装甲等を施している。

(服に仕込む以外も、これも。今作れる一番頑丈な素材を使った。百回も作動試験したから、絶対ちゃんと動作する。気をつけて)

 アルキリーレの助言に従い信頼性を重視するようにして、この防具を作ってくれたレオルロの言葉と気遣いがアルキリーレに力を与える。

(今回は防具をつけたドレスって事だからこうしたけど、全く、アルキリーレほどの人に継ぎ接ぎの鎧なんて。今度、僕がきちんと採寸してしっかりオーダーメイドの鎧作ってあげるからね!)

 憧れた人の為になりたいというレオルロの意気は実に快く有り難い。けど採寸の下りはレオルロのやつ、二度目の刺客騒動で風呂場にカエストゥスが来た事と張り合ってちょっと肌を見たり触ったりしたいとも思ってるだろ色餓鬼すけべめ、とアルキリーレは内心見抜いたが、昔よりある心の余裕が寧ろそれを楽しい微苦笑に変換する。助平エロスも生の顕れだと。

「何を!」
「食らえや!」

 ともあれ、刺客如きと扱われ血気に逸って突貫するアントニクスに対して、アルキリーレは如何にも野蛮かつパワフルな先制攻撃を見舞った。ついさっきまでカエストゥスが腰掛けていた椅子を掴んで軽々引っこ抜くと、思い切り叩き付けたのだ!

「何の!」

 大した重量の攻撃である。更に言えばその重量をアルキリーレは獅子の膂力で問答無用に加速していた。しかしそれをアントニクスは長大な鉄棍をまるで枝か杖でも振るようにビュンと振りかざし受け止め粉砕!

「うおおっ!?」
「チェレンティ!? おっと!」

 だが余りに豪快に粉砕した為に、木っ端微塵となった木材や弾け飛んだ鉄の肘掛け等がアントニクスの背後にいたチェレンティにまで降り注いだ。とはいえ素早くバックステップすると、鉄棍から離した片手を激しく振るいアントニクスは素早く全て払い落とした。強く風が巻き起こる。それも大鷲の神秘だ。

「はっ、おいのカエストゥスばらんとしちょるんぞ、少しは苦労せよだれよ!」

 相手がそれに文句を言おうとする前にこっちが腹を立てておるのだと叫ぶと、そのままアルキリーレは己が座っていた椅子、周囲の椅子、と次々掴んで連続投擲!

「こんにゃろっ!」

 だがアントニクスもさるもの、チェレンティより前に出て彼を破片が巻き込まない範囲に立つと、まるで棒で球を打つようにバンバンと飛んでくる椅子を叩き落とし、どころか状況が良い時は弾き返した椅子と椅子をぶつけ相殺していく!

「来い、カエストゥス! こらあ兵子へこ共! 籠城の準備はしたかぁ!?」
「わ、分かっているともおおおおっ!?」
「あ、了解アイアイ女王様マム!」」

 だがアルキリーレは逃げている訳ではない。両手で多数の椅子を投げた後カエストゥスの襟首を片手で引っ掴み引きずり回し、反対側の手で移動する度手近の椅子をあっちへこっちへとぶん投げながら階段を駆け上がり、兵士達に指揮を下した。そう、戦えば良いアントニクスと違い、アルキリーレはまず場を指揮し整える必要があったのだ。

「私は問題ありません!」
「私達も大丈夫っ!」

 教帝ペルロ十八世は貴賓室に教帝近衛隊ケレレスと共に立て籠もっていた。部屋状になっているだけ出入り口を抑え舞台に面した窓からの飛び道具に警戒し脇に寄れば、あそこはそうそう陥落おちはすまい。

 そして最近は大分女王様アルキリーレ調教くんれんが効いてきた執政官親衛隊プラエトリアニはカザベラ、ハイユ、マアリ、オルヴァらカエストゥスの女達を守って、階段近くの石壁周辺に盾を構えて陣取っていた。石壁を防御に使え、階段から上ってくる相手を後ろから殴れ、いざとなれば階段を使えなくもない理想的配置。座席取りの段階からアルキリーレが仕切って仕掛けをしておいた結果だ。

「良か!行け!」
「わ、分かったっ!」

 その防御陣の真ん中に突き飛ばす如くアルキリーレはカエストゥスを放り込んだ。石壁、盾、守りはそれだけではない。戦機は整ったとアルキリーレは判断した。

「!?」

 駆け上がって攻め寄せてきた剣闘士達グラディアトル達が息を呑む。

 アルキリーレが放り投げた椅子は、途中からアントニクスだけを目標としては居なかった。この陣の周囲に放り投げ積み重ね、短時間でバリケードを築いていたのだ!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

異世界猫カフェでまったりスローライフ 〜根暗令嬢に憑依した動物看護師、癒しの猫パラダイスを築く〜

きよぴの
ファンタジー
​「もし、動物の言葉がわかれば、もっと彼らを救えるのに――」 ​動物病院で働く動物看護師、天野梓は、野良猫を庇って命を落とす。次に目覚めると、そこは生前読んでいた恋愛小説の世界。しかも、憑依したのは、主人公の引き立て役である「根暗で人嫌いの令嬢」アイリスだった。 ​他人の心の声が聞こえる能力を持ち、そのせいで人間不信に陥っていたアイリス。しかし、梓はその能力が、実は動物の心の声も聞ける力だと気づく。「これこそ、私が求めていた力だ!」 ​虐げる家族と婚約者に見切りをつけ、持ち前の能力と動物たちの力を借りて資金を貯めた梓は、ついに自由を手に入れる。新たな土地で、たくさんの猫たちに囲まれた癒しの空間、「猫カフェ『まどろみの木陰』」をオープンさせるのだった。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

処理中です...