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・第三十八話「東吼との戦争までの間に教帝と語らう事」
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「単神教の話をもっと聞きたい? ……改宗でもなさるおつもりで? あくまで自由意志でそう願われるというので有れば相談に乗りますし、その理由を聞いて確かにそれならと思うならば洗礼などを行わせていただきますが……」
レオルロの工房を訪れた数日後、アルキリーレは今度は戦時に備えた教帝としての宣言について幾つか依頼するついでにペルロ十八世の元を訪れていた。
宮堂の私室で訪れたアルキリーレが用事の後そう聞いてきたのに対しペルロ十八世は宗教指導者としては落ち着いた反応を示す。もしそうならあくまで気の迷いとかではなく確固たる理由があるならに留めた方がいいですが、何でしょうか、と。
「よかや、改宗じゃなかさ、流石にな。ただ……前にも幾らか聞いたが、お主等ん考え方をもっと知ろごたっど。こないだレオルロと語って、そう思うた」
レオルロとの会話を反芻し、そのあらましをペルロに伝えるアルキリーレ。愛と神と芸術。神、という単語をレオルロが交えた事により、そしてまた己自身多神教の観点から語らった事から、もっと詳しく知りたくなった、のだと。
「ほう、レオルロとそんな事が……あの子は本当に色々な方向に成長しますね。ああ、これもこの間あの子が着火具と共に造ってくれたもので、何でももっと大きな物の為の実験らしいのですが……」
ペルロがそう言いながら弄んでいたのは、小さなランプと幾つかの金属部品で造られたミニチュアの風車めいたものだった。だが風車と逆に風を羽が受けて回るのではなく、ランプで火を炊く事で何やら中に入っているらしい水がシュウシュウと音と湯気を立て、風車が回る。風を起こして涼むというには火を使うため不適格だが、どうもついでに火が香料を暖めているらしく、それを羽が巻き上げてふわふわといい香りを周囲に散らしてくれる絡繰りのようであった。
「ともあれ、そういう事でしたらなんなりと」
へえ、こんなものまでと感心するアルキリーレに、ペルロはそう答えて。
「……単神教は、世界の摂理に感謝を感じる事から始まります。例えば、もっとこの世が熱かったら私達は火の中にある事になり、存在できなかったでしょう。もっとこの世が寒かったら私達は氷の中にあり存在できなかったでしょう。摂理は我等の存在を許している。そして世の摂理は、それを使う事すら人の子に許している。我等は火を熾す事が出来る。種をまき収穫を得る事が出来る。これは火を熾す度に火が熾きるか爆発が起こるか雷が落ちるか分からない世界では我々は家を営む事すら出来ず、種をまいて実が生るか岩が生えるか分からない世界で有れば餓えを満たす事すら出来ない。我等の体は己が飢えていことや渇いていることや暑いことや寒いことを知る事が出来る。我等が世界を知る事が出来るように世界は出来ている。水は上から下に流れ、我等はそれで水車を回す事が出来る。無論、寒さや暑さや餓えや災害など、摂理によって起こる現象が我等を死に至らしめる事もあります。ですがそもそも摂理が今のこの形出なければ、我等は在る事すら出来なかったのです。故に我等人の子にとって摂理の存在は害より利多くありがたいものであり、また知る事で利用する事をすら許す摂理に我等は感謝した方が良いのではないでしょうか。摂理は我々が存在できるようにし、我々が摂理を知ろうとする事が出来るようにしている程には我等を愛しており、故に我々も摂理と世界を愛そうと」
「成る程、道理じゃ」
小さな事から一つ一つ積み重ねられる教理。摂理という単一の神を何故崇拝するのか、崇拝と文明が何故矛盾無く結びつくのか、そしてその結果何故愛を愛する国が生まれるのか。実に段階を踏んで真面目に説明している。教義も、それを語るペルロ十八世も。
「だが、本当に摂理が人を愛しちょるんなら、もちっとこん世は人間にとって都合が良かったんじゃらせんか?」
厳しい北摩に暮らしてきたアルキリーレとしては、そこが気になった。故にこそ多神教では、偉業を為した者、即ち世界と戦った者こそが尊ばれるのだから。
「かもしれませんね。実際天教では、天は己の下に人を作り人の下に大地を造った、と、そこにあるのは愛ではなく序列であるとしています。ただ、我々はこう考えています。摂理たる単神は、きっと人間も好きですが鳥も獣も魚も木も火も水も土もそれぞれに好きなのでしょう。その好きのバランスの結果が、この世界の人間にとっての幸せと不幸のバランスを生んでいる。ただそれでもその中で、我々人間は摂理を利用する知恵を与えられて生まれてきました。特別の恩寵を与えられている、と、ちょっとばかり誇りに思う事にしましょう、と。無論、あくまで摂理という単神が他のものも愛していることを忘れて傲慢に振る舞わない程度に」
本来ならばこの後に、幾ら親が子を愛しているからといって子供同士が喧嘩をすれば互いに怪我をするし親が怒るように、摂理を理解する知恵という恩寵を傲慢に振りかざしすぎるのは良く無い、山を剥げば土石が襲い、水を汚せば病が湧くように、知恵をもって世界を害しすぎれば自然と喧嘩し摂理に叱られる子とになる、と説法を結ぶのだが……親に愛されなかったアルキリーレの為に、ペルロはその部分は控えた。
「成る程のう、故に愛か。……なら、教義の愛はどこから来たのか、人と人の間の愛はどこから来たのか、教義の愛と人と人の間の愛はどう違うのか、そして愛と恋の違いは何ぞ」
レーマリアの人が愛を重んじる理由は分かってきた。ただ、そういう宗教的な愛ではない人間同士の愛や恋についてもっと知りたいとアルキリーレは訴えた。
「教義の愛と人の愛はどこから来たのか……そこは少し難しいんですよねえ」
ペルロ十八世は苦笑し、首から提げた、一本の棒から五本の棒が別れた人の手を極度に簡略化した意匠の金製聖印を弄った。
「そこはまあ、中々難しいのですよ、何しろ鼬ごっこというか、卵が先か鶏が先かというか。摂理は普遍にして不変でも摂理に対する人の理解は変わるように、教義の解釈というものも時代によって変わっていくもので。かつてこの国が尚武の帝国であった頃はもっと別の解釈もありました。その結果の繁栄と繁栄の代償が教義の変化を生み教義の変化が人心の変化を生んだのか、繁栄とその代償が人心の変化を生みそれが教義の変化を生んだのか、色々歴史学的に説がありまして……寧ろ相互に影響を与え合った結果という説もあって、教義の愛と我等の愛の差をさぱっと言い切るのは難しい。我等は割と何でも愛してしまう」
「おいおい」
確かに納得出来る部分もあるし如何にも在りそうではあるが、仮にも教帝だろそんなんでいいのか、というかそこいい加減だと困るんだがと戸惑うアルキリーレ。
無論ペルロもそれは承知の上だ。きちんとした助言をしたい。故に単神に摂理と叡智の加護を祈るように、人と摂理の繋がり、人の知恵、人と人との繋がりの象徴、誰にでも信仰が抱けるように誰にでもあるもの、誰でも手を組んで祈れるものとして開祖が象徴とした手を象った聖印を持ち、言葉を続けた。
「ある意味確かなことはないというのが確かなことなのかもしれません。我等の教えは愛と理解を骨子とし、そして我等レーマリアの民は愛と恋に焦がれるが、人が堂までして愛を求める理由は明文化出来る者でも無ければ、愛や恋を求める事が正解とも限らないのかもしれません。理解においては明文化出来ない事を理解する事も大事です。ですがただそれでも、教帝として叡智の及ぶ限り質問に答えましょう」
正確に言えば至極大雑把に、愛を尊ぶ方が社会の構築に有用な効果がある状況というものが存在し、その条件をたまたまレーマリアが満たしていたからだ、と言えるのかもしれない。愛は別に普遍だと言い切れないのかもしれない。親を愛さない子も子を愛さない親も恋愛に於いて愛されない者も別段恋愛を必要としない者も何時だって存在する。
「単神が人の存在を嘉する摂理愛は、日の光のようなものです。満遍なく、照らし暖めはする。ですが人間はそれだけでは足りないし、ことにによれば熱射病によってそれによって死ぬ事すらある。愛は相手を特別に強く思い為す事であり誰も特別扱いしない愛など愛ではない、故に摂理愛は愛ではない、神様の愛などくそっ食らえだ、人と人の愛、人間愛の方が良いという者もいます。知恵を与えていただけたという意味で特別だ、という意見もありますが、その己が特別だという驕りが人に過ちを犯させる事もある」
「随分ぶっちゃけるのう。良かのか?」
「……単神教は摂理を尊びます。摂理を尊ぶには知らねばならない」
たとえ否定的な意見でも、と、冗談めかせて微笑むペルロですが……
かつて船乗司祭をしていたという以外、彼の過去をアルキリーレは知らない。あるいは彼も、それなりの苦労と絶望を乗り越えてここにいるのかもしれない、そう思わせる実感が言葉にあった。
「何にせよ、神の愛は万遍無いが薄いもの、人の愛は斑があるが濃く、神の愛では足りないものが求めるものとでも言えましょうか」
苦労を覆い隠して、船の上から宮堂まで様々な場所で説法してきた男は、アルキリーレの為に合わせて法を説く。
「何故人が愛を求めるのかと言えば、単純に言えば愛されると嬉しいからです。愛されれば優しくして貰えるから、という即物的で俗な理由もありますが、そういう単純な理由以外でも、自分は愛されるに値すると思う事が出来るから」
ざっくばらんで一面的だ、という自覚はペルロにもある。何より教帝の座を預かるとはいえ未だ若輩、歴代や開祖に及んだとは言い切れぬ。だがそれでも、今必要とされる言葉を探す。そしてまたアルキリーレも、それを理解した上でヒントを掴み納得するのは己の知恵と心だ、と、己を研ぎ澄まして聞く。
「愛は存在証明、摂理愛も人間愛もその意味では同じ、偉業や芸術、勝算や栄光も、存在証明の要素を含んでいるという意味で、レオルロが言ったとおりそれらは優劣の付けられるものではないでしょう」
というのはまあ、あくまで一つの要素の話、というのはペルロもアルキリーレも承知の上で、だからペルロは更に語る。
「人に愛を与えたいと願うのは、愛を与える事が出来るのだと示したいという面がある事を私は否定しません。ですが、相手に、貴方は愛されていると伝えたい、という思いも、愛している人の為になる事をしてあげたいという思いも人の内にはあります。恋は、この観点で言えばその人に愛を与えて欲しい、その人に愛を与えたいのとそして与えた愛を肯定して欲しいという思いの混合、という所でしょうか」
「ふむ、少し分かってきた気がすっど。そいじゃあ、愛と友情とん違いは?」
「……それはとても難しいですね。ここまでの定義ではそれほどの違いは無いとも言える。ですが言葉として違う以上違いはあるとも言えます。それこそ人間は、同じ言葉ですら意味を違えて解釈してしまう。レーマリア語の正義と北摩語の正義と東吼語の正義では若干ニュアンスが異なってくるという程に。紳士に友情を持つ者であれば、友情が恋愛の下位互換であってたまるかと必ず吼えるでしょうし、親への愛、子への愛、配偶者への愛だってそれぞれ違うが、皆大切です。加えて、それら様々の愛と友情が揃っていなければ満足出来ない者もあれば、一つ、あるいは二つで十分ですよというものも、別に無くても構わないというものもいる」
「……つまり……」
何かを察し、少し消沈した表情を浮かべるアルキリーレに、ペルロはアルキリーレが何を察したのかを察し、力強く補う。
「そう。確かに、これは受ける側の心が大きく関わっています。貴方が自分は愛を必要としないタイプなのではないかと疑うのも無理はない。ですが私は、貴方の心には愛を知る事が出来ると信じている。何故ならば、そうしたいと思えばこそ、貴方は知ろうとしているのですから。愛する事を愛そうとしているのだから」
摂理と愛と知恵を尊ぶ単神教の教帝として、愛を知ろうとする事には愛があると、摂理を以て勇気づけるペルロ。
無論、これはあくまで私なりに経典と人生を解釈した結果に過ぎません、他の答えがあるかもしれない事はお忘れ無く、と言い添えたが。
「……うむ」
アルキリーレは、その言葉に力を得て笑った。
レオルロの工房を訪れた数日後、アルキリーレは今度は戦時に備えた教帝としての宣言について幾つか依頼するついでにペルロ十八世の元を訪れていた。
宮堂の私室で訪れたアルキリーレが用事の後そう聞いてきたのに対しペルロ十八世は宗教指導者としては落ち着いた反応を示す。もしそうならあくまで気の迷いとかではなく確固たる理由があるならに留めた方がいいですが、何でしょうか、と。
「よかや、改宗じゃなかさ、流石にな。ただ……前にも幾らか聞いたが、お主等ん考え方をもっと知ろごたっど。こないだレオルロと語って、そう思うた」
レオルロとの会話を反芻し、そのあらましをペルロに伝えるアルキリーレ。愛と神と芸術。神、という単語をレオルロが交えた事により、そしてまた己自身多神教の観点から語らった事から、もっと詳しく知りたくなった、のだと。
「ほう、レオルロとそんな事が……あの子は本当に色々な方向に成長しますね。ああ、これもこの間あの子が着火具と共に造ってくれたもので、何でももっと大きな物の為の実験らしいのですが……」
ペルロがそう言いながら弄んでいたのは、小さなランプと幾つかの金属部品で造られたミニチュアの風車めいたものだった。だが風車と逆に風を羽が受けて回るのではなく、ランプで火を炊く事で何やら中に入っているらしい水がシュウシュウと音と湯気を立て、風車が回る。風を起こして涼むというには火を使うため不適格だが、どうもついでに火が香料を暖めているらしく、それを羽が巻き上げてふわふわといい香りを周囲に散らしてくれる絡繰りのようであった。
「ともあれ、そういう事でしたらなんなりと」
へえ、こんなものまでと感心するアルキリーレに、ペルロはそう答えて。
「……単神教は、世界の摂理に感謝を感じる事から始まります。例えば、もっとこの世が熱かったら私達は火の中にある事になり、存在できなかったでしょう。もっとこの世が寒かったら私達は氷の中にあり存在できなかったでしょう。摂理は我等の存在を許している。そして世の摂理は、それを使う事すら人の子に許している。我等は火を熾す事が出来る。種をまき収穫を得る事が出来る。これは火を熾す度に火が熾きるか爆発が起こるか雷が落ちるか分からない世界では我々は家を営む事すら出来ず、種をまいて実が生るか岩が生えるか分からない世界で有れば餓えを満たす事すら出来ない。我等の体は己が飢えていことや渇いていることや暑いことや寒いことを知る事が出来る。我等が世界を知る事が出来るように世界は出来ている。水は上から下に流れ、我等はそれで水車を回す事が出来る。無論、寒さや暑さや餓えや災害など、摂理によって起こる現象が我等を死に至らしめる事もあります。ですがそもそも摂理が今のこの形出なければ、我等は在る事すら出来なかったのです。故に我等人の子にとって摂理の存在は害より利多くありがたいものであり、また知る事で利用する事をすら許す摂理に我等は感謝した方が良いのではないでしょうか。摂理は我々が存在できるようにし、我々が摂理を知ろうとする事が出来るようにしている程には我等を愛しており、故に我々も摂理と世界を愛そうと」
「成る程、道理じゃ」
小さな事から一つ一つ積み重ねられる教理。摂理という単一の神を何故崇拝するのか、崇拝と文明が何故矛盾無く結びつくのか、そしてその結果何故愛を愛する国が生まれるのか。実に段階を踏んで真面目に説明している。教義も、それを語るペルロ十八世も。
「だが、本当に摂理が人を愛しちょるんなら、もちっとこん世は人間にとって都合が良かったんじゃらせんか?」
厳しい北摩に暮らしてきたアルキリーレとしては、そこが気になった。故にこそ多神教では、偉業を為した者、即ち世界と戦った者こそが尊ばれるのだから。
「かもしれませんね。実際天教では、天は己の下に人を作り人の下に大地を造った、と、そこにあるのは愛ではなく序列であるとしています。ただ、我々はこう考えています。摂理たる単神は、きっと人間も好きですが鳥も獣も魚も木も火も水も土もそれぞれに好きなのでしょう。その好きのバランスの結果が、この世界の人間にとっての幸せと不幸のバランスを生んでいる。ただそれでもその中で、我々人間は摂理を利用する知恵を与えられて生まれてきました。特別の恩寵を与えられている、と、ちょっとばかり誇りに思う事にしましょう、と。無論、あくまで摂理という単神が他のものも愛していることを忘れて傲慢に振る舞わない程度に」
本来ならばこの後に、幾ら親が子を愛しているからといって子供同士が喧嘩をすれば互いに怪我をするし親が怒るように、摂理を理解する知恵という恩寵を傲慢に振りかざしすぎるのは良く無い、山を剥げば土石が襲い、水を汚せば病が湧くように、知恵をもって世界を害しすぎれば自然と喧嘩し摂理に叱られる子とになる、と説法を結ぶのだが……親に愛されなかったアルキリーレの為に、ペルロはその部分は控えた。
「成る程のう、故に愛か。……なら、教義の愛はどこから来たのか、人と人の間の愛はどこから来たのか、教義の愛と人と人の間の愛はどう違うのか、そして愛と恋の違いは何ぞ」
レーマリアの人が愛を重んじる理由は分かってきた。ただ、そういう宗教的な愛ではない人間同士の愛や恋についてもっと知りたいとアルキリーレは訴えた。
「教義の愛と人の愛はどこから来たのか……そこは少し難しいんですよねえ」
ペルロ十八世は苦笑し、首から提げた、一本の棒から五本の棒が別れた人の手を極度に簡略化した意匠の金製聖印を弄った。
「そこはまあ、中々難しいのですよ、何しろ鼬ごっこというか、卵が先か鶏が先かというか。摂理は普遍にして不変でも摂理に対する人の理解は変わるように、教義の解釈というものも時代によって変わっていくもので。かつてこの国が尚武の帝国であった頃はもっと別の解釈もありました。その結果の繁栄と繁栄の代償が教義の変化を生み教義の変化が人心の変化を生んだのか、繁栄とその代償が人心の変化を生みそれが教義の変化を生んだのか、色々歴史学的に説がありまして……寧ろ相互に影響を与え合った結果という説もあって、教義の愛と我等の愛の差をさぱっと言い切るのは難しい。我等は割と何でも愛してしまう」
「おいおい」
確かに納得出来る部分もあるし如何にも在りそうではあるが、仮にも教帝だろそんなんでいいのか、というかそこいい加減だと困るんだがと戸惑うアルキリーレ。
無論ペルロもそれは承知の上だ。きちんとした助言をしたい。故に単神に摂理と叡智の加護を祈るように、人と摂理の繋がり、人の知恵、人と人との繋がりの象徴、誰にでも信仰が抱けるように誰にでもあるもの、誰でも手を組んで祈れるものとして開祖が象徴とした手を象った聖印を持ち、言葉を続けた。
「ある意味確かなことはないというのが確かなことなのかもしれません。我等の教えは愛と理解を骨子とし、そして我等レーマリアの民は愛と恋に焦がれるが、人が堂までして愛を求める理由は明文化出来る者でも無ければ、愛や恋を求める事が正解とも限らないのかもしれません。理解においては明文化出来ない事を理解する事も大事です。ですがただそれでも、教帝として叡智の及ぶ限り質問に答えましょう」
正確に言えば至極大雑把に、愛を尊ぶ方が社会の構築に有用な効果がある状況というものが存在し、その条件をたまたまレーマリアが満たしていたからだ、と言えるのかもしれない。愛は別に普遍だと言い切れないのかもしれない。親を愛さない子も子を愛さない親も恋愛に於いて愛されない者も別段恋愛を必要としない者も何時だって存在する。
「単神が人の存在を嘉する摂理愛は、日の光のようなものです。満遍なく、照らし暖めはする。ですが人間はそれだけでは足りないし、ことにによれば熱射病によってそれによって死ぬ事すらある。愛は相手を特別に強く思い為す事であり誰も特別扱いしない愛など愛ではない、故に摂理愛は愛ではない、神様の愛などくそっ食らえだ、人と人の愛、人間愛の方が良いという者もいます。知恵を与えていただけたという意味で特別だ、という意見もありますが、その己が特別だという驕りが人に過ちを犯させる事もある」
「随分ぶっちゃけるのう。良かのか?」
「……単神教は摂理を尊びます。摂理を尊ぶには知らねばならない」
たとえ否定的な意見でも、と、冗談めかせて微笑むペルロですが……
かつて船乗司祭をしていたという以外、彼の過去をアルキリーレは知らない。あるいは彼も、それなりの苦労と絶望を乗り越えてここにいるのかもしれない、そう思わせる実感が言葉にあった。
「何にせよ、神の愛は万遍無いが薄いもの、人の愛は斑があるが濃く、神の愛では足りないものが求めるものとでも言えましょうか」
苦労を覆い隠して、船の上から宮堂まで様々な場所で説法してきた男は、アルキリーレの為に合わせて法を説く。
「何故人が愛を求めるのかと言えば、単純に言えば愛されると嬉しいからです。愛されれば優しくして貰えるから、という即物的で俗な理由もありますが、そういう単純な理由以外でも、自分は愛されるに値すると思う事が出来るから」
ざっくばらんで一面的だ、という自覚はペルロにもある。何より教帝の座を預かるとはいえ未だ若輩、歴代や開祖に及んだとは言い切れぬ。だがそれでも、今必要とされる言葉を探す。そしてまたアルキリーレも、それを理解した上でヒントを掴み納得するのは己の知恵と心だ、と、己を研ぎ澄まして聞く。
「愛は存在証明、摂理愛も人間愛もその意味では同じ、偉業や芸術、勝算や栄光も、存在証明の要素を含んでいるという意味で、レオルロが言ったとおりそれらは優劣の付けられるものではないでしょう」
というのはまあ、あくまで一つの要素の話、というのはペルロもアルキリーレも承知の上で、だからペルロは更に語る。
「人に愛を与えたいと願うのは、愛を与える事が出来るのだと示したいという面がある事を私は否定しません。ですが、相手に、貴方は愛されていると伝えたい、という思いも、愛している人の為になる事をしてあげたいという思いも人の内にはあります。恋は、この観点で言えばその人に愛を与えて欲しい、その人に愛を与えたいのとそして与えた愛を肯定して欲しいという思いの混合、という所でしょうか」
「ふむ、少し分かってきた気がすっど。そいじゃあ、愛と友情とん違いは?」
「……それはとても難しいですね。ここまでの定義ではそれほどの違いは無いとも言える。ですが言葉として違う以上違いはあるとも言えます。それこそ人間は、同じ言葉ですら意味を違えて解釈してしまう。レーマリア語の正義と北摩語の正義と東吼語の正義では若干ニュアンスが異なってくるという程に。紳士に友情を持つ者であれば、友情が恋愛の下位互換であってたまるかと必ず吼えるでしょうし、親への愛、子への愛、配偶者への愛だってそれぞれ違うが、皆大切です。加えて、それら様々の愛と友情が揃っていなければ満足出来ない者もあれば、一つ、あるいは二つで十分ですよというものも、別に無くても構わないというものもいる」
「……つまり……」
何かを察し、少し消沈した表情を浮かべるアルキリーレに、ペルロはアルキリーレが何を察したのかを察し、力強く補う。
「そう。確かに、これは受ける側の心が大きく関わっています。貴方が自分は愛を必要としないタイプなのではないかと疑うのも無理はない。ですが私は、貴方の心には愛を知る事が出来ると信じている。何故ならば、そうしたいと思えばこそ、貴方は知ろうとしているのですから。愛する事を愛そうとしているのだから」
摂理と愛と知恵を尊ぶ単神教の教帝として、愛を知ろうとする事には愛があると、摂理を以て勇気づけるペルロ。
無論、これはあくまで私なりに経典と人生を解釈した結果に過ぎません、他の答えがあるかもしれない事はお忘れ無く、と言い添えたが。
「……うむ」
アルキリーレは、その言葉に力を得て笑った。
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