お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
30 / 289
第4章 執事の策略

進路

しおりを挟む

「では、期限までに、必ず提出するように」

 全ての授業が終わり、担任がプリントを配り終えると、各々帰り支度をすませ、教室から女子生徒たちが、わらわらと去り始めた。

 結月は、先ほど配られた『進路相談のプリント』をファイルにいれ鞄の中にしまうと、窓の外へと視線を移す。

 外には、雨が降っていた。

 朝は小雨程度だったはずなのに、その雨足は次第に強まり、校庭をシトシトと濡らしていた。

(五十嵐……もう来てるのかしら?)

 斎藤が辞めて一ヶ月。
 五十嵐が迎えに来るのも、もう慣れた。

 初めは、少し苦手意識を抱いていたが、案外冗談もいうのかと思ったら、自然と打ち解けて、五十嵐とも普通に話ができるようになった。

(進路相談のプリント、どうしよう)

 だが、再び配られたプリントのことを思い出すと、結月は深くため息をついた。

 本来、自分の将来は、自分で決めるものなのだろう。だが、結月は違う。

(また勝手に決められてしまうのかしら……お父様と、お母様に……)



 ✣

 ✣

 ✣



「お帰りなさいませ、お嬢様」

 その後、教室を出て、玄関ロビーまで出ると、執事が二人分の傘を持ち待っていた。

「ごめんね、待たせてしまって」
「いえ、お嬢様が、そのようなことを気にする必要はございません」

 ロビーから駐車場までは少し歩く。レオは結月に傘を手渡すと、その後自分も傘をさし、そっと結月にむけて手を差し出した。

「足元が滑りますので、どうぞお手を」

 玄関を出ると、数段の階段があった。

 光沢のある石材で作られたその階段は、雨で濡れると滑りやすくなるため、レオはさりげなく手を差し出し、結月をエスコートする。

「ありがとう」

 そして、結月が、その手をとると、まるで壊れ物を扱うように優しく握りしめられた。手袋ごしに触れ合う手と手。だが、その後、階段を下りきると

「五十嵐、もういいわ」

 そう言って、結月が手を離そうとするが、レオは、その手を離したくないとばかりに、キュッと握りしめた。

「危ないですから、どうかこのままで」
「え? でも……」

 困惑する結月の手を引くと、レオは、そのまま雨の中を歩き始めた。

 繋いだ結月の手が雨で濡れないように、軽く傘を傾けているレオ。だけど、そのせいで、彼の肩は、雨に晒されていて

「五十嵐、濡れちゃうわ。一人で歩けるから離して」

「大丈夫ですよ。このくらい濡れたうちにはいりませんから。それより転ばないでくださいね」

「っ……転びません!!」

 軽く子供扱いされ、結月が怪訝けげんな顔を浮かべた。
 だが、結局レオは、その手を離すことはなく、結月は素直に手を繋いだまま、雨の中、並んで歩くことにした。

(五十嵐って……やっぱり、ちょっと変わってるわ)

 執事として優秀なのは確か。
 だが、彼は今までの執事とは、どこか違う。

 執事とは、あるじに従順なもの。

 だが、彼は決して従順ではなく、時折、冗談を言ったり、からかってきたり、結月にとってレオは、なかなか思い通りにならない執事だった。

(濡れて、風邪ひいたりしないかしら……?)

 ふと視線を上げれば、執事の整った横顔が見えた。細くてサラサラの黒髪と、スっと通った鼻筋。

 すると、見上げたその横顔に、不意に何かが重なった。

「もち……」
「え?」

 突然、喉をついて出た言葉。
 それに気づいて、結月は、はっと我に返った。

(え、あれ? 『もち』って何?)

 今、自分は、なにを言おうとしたのだろう?

 自ら口走っておきながら、結月には、皆目検討もつかなかった。

 『もち』と言えば、食べ物の『餅』しか思いつかない。だが、別に『お餅』を食べたかったわけではなく。

「お嬢様、申し訳ありません。よく聞き取れませんでした。もう一度、お聞きしても?」

「え? あ……」

 すると、雨音のせいか、結月の言葉がよく聞こえなかったらしい。
 レオが首をかしげつつ問いかければ、結月はワタワタと慌てながら

「な、なんでもないの! 気にしないで!」
「?」

 無意識に出た言葉に、結月が申し訳なさそうに視線を落とすと、その瞬間、結月の視界には、執事と繋がった自分の手元が見えた。

 雨で、少し肌寒いせいか、繋がった手が妙に温かい。

 そう言えば、誰かとこうして、しっかり手を繋ぐのは、どのくらいぶりたろう。

「ふふ……」

 すると、不意に結月が、レオの横でクスクスと笑い出した。

「さっきから、どうされたのですか?」

「うんん、ごめんなさい。なんだか五十嵐って、ちょっと過保護なお兄ちゃんって感じね」

「え? お兄ちゃん……ですか?」

「うん。だって歳も2つしか違わないし、年齢的にもそんな感じでしょう?」

「……」

 そう言って、また柔らかく笑った結月を見て、レオは胸中で複雑な顔する。

(お兄ちゃんねぇ……もしかして結月、俺のこと男として見てないんじゃ)

 手を繋いだこのシュチュエーションで、ドキドキするどころか、まさかの「お兄ちゃん」扱い。

 これは、確実に異性として見られてない。

 もういっそ、相合傘でもすれば意識するのだろうか?
 だが、流石にあるじと相合傘というわけにはいかないだろう。

「ねぇ、五十嵐」
「……はい」

 すると、レオがモヤモヤ考え事をしていると、結月がまたボソリと呟いた。

「五十嵐は、いつから、執事を目指していたの?」

 不意に問われた質問──それを聞いてレオは素直に返す。

「中学の時からです」

「え? そんなに若い時から!? へー、すごいわね。自分で決めた夢を、ちゃんと叶えてるなんて」

「お嬢様には『夢』はないんですか?」

「そうね。子供の頃は、行きたい場所とか、やりたいこととか、たくさんあったはずなんだけど……もう全部、忘れてしまったわ」

「…………」

 幼い時に、語った結月の『夢』は、とても希望に満ちていた。

 やりたいこと、行きたい場所、たくさん話してくれた。

 だけど、全部忘れてしまったのは、きっと、記憶をなくしているからとかではなく。

 というしがらみが、結月から『夢』を見ることを、奪ったのだということ──

「あのね、今日、進路相談のプリントをもらったの。私も、もう3年だし、将来のこととか色々考えなくちゃいけなくて……だから、近々、お父様とお母様の所に連れて行ってくれる?」

 小さく放ったその言葉に、レオは苦々しげに眉を寄せた。

 きっと結月は『親の希望』を聞くために、両親に会いに行くのだろう。

「……畏まりました。では、また旦那様と奥様のスケジュールを確認しておきます」

「うん。ありがとう」

 一瞬、このまま手を引いて、どこか遠くへ連れ去りたいとすら思った。

 繋がった手からは、結月の不安が流れ込んでくるようで、やまない雨の中、レオはそっと、結月の手を握りしめた。
 

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...