128 / 289
第13章 誰もいない屋敷の中で
交際
しおりを挟む「例えば、いつも君の傍にいる、あの執事とか?」
その質問に、結月は言葉を詰まらせた。
──疑われてる。自分の気持ちを。
だが、ここで、本当のことがバレてしまったら、この縁談がどうなるか分からないし、何より五十嵐は、クビになってしまう。
「なにを仰ってるんですか。五十嵐は、私にとって、ただの執事です。彼を、異性として意識したことは一度もありませんし、他に好きな方がいる訳でもありません。ただ、本当に男性に触れられるのは慣れてないのです。ずっと女子校に通っていて、屋敷からも、あまり出ない生活をしてきましたから……」
決して顔に出さぬよう、平静を装い言葉を返した。あたかも、それが真実であるかのように。
すると、それからしばらくして、冬弥が、ホッとしたように笑いだす。
「あはは! 確かに、そうですよね。使用人なんて、好きになる訳がない! それに、女子校生活が長ければ、異性に慣れていないのは当たり前ですね。まさに箱入り娘。ご両親からを、大切に育てられてきたんですね」
「………はい」
大切に育てられてきた──その言葉に、微かに不満を抱きながらも、笑ってやり過ごした。
絶対に、気取られぬように。
だけど、こうして笑っている自分は、幼い頃から、ずっと両親に言われつづけきた"淑女"では、なくなっている気がした。
五十嵐がきてから、少しずつ嘘が上手くなっていく。
それを思えば、自分はもう、両親が理想としている娘ではないのかもしれない。
「では、そうであるなら、ここで、正式に交際を申し込んでも問題はありませんね」
「……え?」
だが、その後、冬弥が言った言葉に、結月は瞠目する。
(……交際?)
その言葉に戦慄していると、冬弥は『同意するなら手を取れ』と言わんばかりに、スッと手を差し出してきた。
そして、その姿を見て、結月は口をきつく結び、微かに生まれた動揺にたえる。
心臓は、恐ろしいくらい冷えていた。
この手を取るのを、全身が拒絶してる。
だけど、ここでどうするべきかなんて、もう──決まってる。
「はい……もちろんです」
無理やり笑顔を貼り付けると、結月もまた、自らの手を差し出した。
泣きそうな心を、必死に押さえ込みながら、親に望まれたシナリオ通りに行動する。
だけど、その瞬間、思い出したのは
『約束ですよ。お嬢様は、俺だけのものですから』
そう言って口付けた、執事の姿だった。
もし叶うなら、あの言葉の通り、彼だけのもこになってしまいたかった。
でも……
(ごめんなさい、五十嵐……私、やっぱり……あなたのものには、なれない……っ)
静かに目を閉じると、結月は、冬弥としっかりと手を繋ぎ合わせた。
願いは──叶わない。
きっと自分は、いつまでたっても、自由にはなれない。
✣✣✣
その後、冬弥との別れを済ませ、一日が終わる頃には、もうぐったりしていた。
広々とした浴槽の中、乳白色の湯船に浸かり身体を癒す結月は、無言のまま、深くため息ばかりついていた。
重い気持ちのまま、ただただ一日を振り返れる。
あのあと、冬弥を見送るころには夕方になっていて、その後、夕食をとり、なんとか無事にこの日を終えた。
いや、正式に交際を申し込まれたのだ。ある意味、無事とは言えないかもしれない。
それに──
(約束……やぶっちゃった)
執事との約束を破ってしまい、結月は不安げな表情を浮かべた。
指一本触れさせるなと言われた、あの約束を、結月は破ってしまった。しかも、指一本どころか、肩に触れられ、自ら手をとってしまった。
もし、あんな所を、執事に見られていたら。
(良かった。五十嵐が、そばにいなくて……っ)
あの場に、執事がいなかったことに、結月は深く安堵する。
昨夜から、何度したのか分からないくらいキスをされた。だが、さすがにこれ以上のことをされたら、取り返しがつかなくなる。
なぜなら、自分はもう、冬弥の恋人になってしまったから……
「……あ、そうね……私、冬弥さんの……恋人に……なったのね?」
すると、まるで、他人事のように結月が呟いた。
実感がない。喜びも、ときめきもない。
あるのは、どんよりと暗い気持ちだけで……
(あ、そういえば、恋人同士って……)
ふと、執事と話したことを思い出して、結月の気持ちは、更に暗くなる。
あれは、二回目に公園に行く前のこと。『デートをしよう』と言い出した執事に『普通の恋人同士は、どんなデートをするのか』と、聞いたことがあった。
すると、執事は
『そうですね。普通の恋人同士なら、手を繋いだり、食事をしたり、夢や将来についてかたりあったり、あとは……キスをしたりでしょうか?』
そう、言っていた。
結月は、湯船の中で小さく膝を抱えると、溢れそうになり涙を必死に堪えた。
「そう……私はそれを……これから、冬弥さんとしなくてはならないのね……っ」
手を繋ぐのも、食事をするのも、夢や将来を語り合うのも、そして、その先も全て、好きでもない人と経験していかなくてはならないのだと──
✣
✣
✣
「──お嬢様」
その後、お風呂から上がり、部屋に戻ると、部屋の前には、既に執事がいた。
きっと、待っていてくれたのだろう。
普段と変わらない、凛々しい姿の執事。
だが、その顔を見ると、否応にも昨夜のことを思い出してしまう。
「遅かったですね。浴室で、倒れているのではないかと、心配しておりました」
「あ……ごめんね、大丈夫よ」
考え事をしていたせいか、いつもより長湯になってしまった。
だが、結月は、あくまでも普段通り話すと、その後、執事が、部屋の扉を開けてくれた。
「どうぞ……」
中に──と言われ、結月は意を決して中に入った。
中に入れば、また執事と二人きり。
静まりかえる部屋の中は、既にカーテンが閉まっていて、月すら見えなかった。
その後、結月が部屋の中を進み、ドレッサーの前に立つと、あとから来た執事が、そっと椅子を引いてくれた。
(言わなきゃ、五十嵐に……)
その椅子に腰掛けたあと、結月は小さく唇を噛み締めた。
いうなら、このタイミングしかない。
しっかり、伝えないといけない。
冬弥さんと、正式に付き合うことになったから、あなたのことは、選べないと──
「お嬢様、今日は、お疲れでしょう。あとで、ホットチョコレートでも、お持ち致しましょうか?」
「え? あ、そうね……おねがい」
だが、緊張する結月とは対象に、執事は髪を乾かしながら、優しく語りかけてきた。
普段と変わらない声。
怒ってる様子もない。
なにより、ホットチョコレートは、最近の結月のお気に入りだった。
五十嵐がいれてくれたホットチョコレートは、とても甘くて、優しい味がする。
だから、疲れている時や、眠れない時に飲むと、不思議と安心して、寝つきが良くなる。
(五十嵐は……やっぱり、優しい)
執事の優しいところが、好き。
でも、それは、仕事だから優しくくれるのだと、ずっと思ってた。自分が、お嬢様だから……
でも、昨夜、五十嵐の気持ちを知って、それが全部、愛情からくるものだったとわかった。
今こうして、髪をすいてくれるのも
宝物のように、触れてくれるのも
全部全部、自分を愛してくれているからだって。
それなのに──
「お嬢様。肩は、いかがいたしましょうか?」
「……え?」
だが、その瞬間、執事の手が肩に触れた。
昼間、冬弥に触れられた方の──肩に。
「か……肩?」
「はい。消毒しておきますか? 餅津木冬弥に──触れられたところ」
「!?」
2
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる