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最終章 箱と哀愁のベルスーズ
箱と哀愁のベルスーズ ⑬ ~ 宝物 ~
しおりを挟む「奥様、何をなさってらっしゃるのですか!!」
その瞬間、静かな室内に、メイドの声が響き渡った。
少し前に、新しく入った白木 真紀という若いメイドと、長年、阿須加家に仕えている年長のメイドの二人。
そして、その二人は、娘の首を絞めている私を見るなり、血相を変えてやってきた。
慌てて私を、結月から引き離すと、白木が、結月の呼吸を確認しながら声をかける。
「お嬢様! 大丈夫ですか……っ」
「ひく、ふぁぁぁぁん」
すると、結月は、まるで返事でもするように大きく泣き声を上げ、その混乱に乗じて、数人のメイドたちが、私の部屋に集まってきた。
「どうしたの!?」
「奥様が、お嬢様の首を絞めて」
「え?」
静かな夜は、あっという間に騒然とし、メイドたちの視線は、一気に私の方へと集中する。
やっと授かった娘の首を絞めていた母親を見て、何を思っただろう。メイドたちは、ひどく青ざめ、私に厭悪の眼差しをむけてきた。
だけど、その時、思った。
結月を連れて逃げることはできない。
私が、阿須加家を裏切れば、私の実家まで批難の的になってしまう。
阿須加家を敵にまわすということは、この町の人間を敵に回すようなもので、町中から見限られたら、あんな小さな文具メーカーは、すぐに廃業へと追い込まれてしまう。
分かってはいた。
この10年で思い知った。
阿須加家に嫁いだ瞬間から、私に、逃げ場なんてなかったことくらい。
当主の妻というこの場所からは、私は、この先、一歩たりとも動けない。
でも、ここに留まって、私が結月を守ったとしても、きっと、結月の未来は変わらない。
跡取りを産むのが、結月しかいないこの状況では、結月に自由なんて与えられるはずがなかった。
きっと、当主としてふさわしい女性になるよう厳しなくてはならない。そして、阿須加家にとって利益になる一族の男と結婚させられる。
そして、そのあとは、私と同じように、親類たちからは、男児を産めと囃し立てるのだろう。
この子が、阿須加家の血を継いでいないとも知らずに──
「ころ、して……っ」
「え?」
ポツリと呟けば、私は、メイドを押しのけながら、フラフラと結月の方に歩きだした。
それを見て、白木が慌てて、結月を抱き抱える。
ブツブツと呪いの言葉を吐く私は、まるで亡霊のようだったかもしれない。
夜の月は、とても美しく輝いているのに、その場は、凍りつくように殺伐とし、一同を震え上がらせた。
「お……奥様、落ち着いてください!」
「なぜ、このようなことを……っ」
「いらないのよ、女の子なんて!!」
酷い言葉を吐いた。
母親にはあるまじき言葉。
娘を傷つけるだけの言葉。
それは、愛情とは程遠い、最低な言葉だったけど、もうこうするしかないと思った。
ここにいれば、結月は、いつか地獄を見る。
なら、結月の方から離れていってもらえばいい。
一切の情を抱けなくなるほど、最低な親になって
こんな親、捨ててしまえばいいと思えるほど非道な行いをして
結月が心置きなく、この屋敷から出て行けるように、仕向ければいい。
戸狩や、あの男は、子どもを手放すことは、絶対にできないといっていた。
でも、私は、手放す道を選ぼう。
この子の未来のために──
この子が、この檻から逃げられるように。
私は、嫌われることで
この子を───守ろう。
「殺して! 今すぐ……! 私は、男の子が欲しかったの! 女の子なんて、いらなかったわ!」
心にもない言葉を、何度も口にした。
ずっと、待ってた。
会いたくてたまらなかった。
抱きしめた時の温もりも
私の指先を、握り返す小さな手の感触も
何もかもが、愛しかった。
でも──
「私は、跡取りが産みたかったの! 男の子を産みたかった! 女の子だって分かってたら、結月なんて、産んだりしなかったわ!!」
そう、叫んだ私の言葉は、あまりにも残酷な言葉で、メイドたちは、ただただ言葉をなくしていた。
そして、その騒動は、メイドを介し、あっという間に、阿須加家の中を駆け巡った。
女の子という理由だけで、娘を殺そうとした狂った母親に、一族は慄いていた。
そうなるまで追い詰めたのは、一体誰なのか?
自分たちの行いなど顧みず、狂った母親ばかりが悪者と貶められた。
だけど、散々、心ない言葉を浴び続けてきたからか、そんな言葉、もう気にも止めなかった。
むしろ、狂ったと言われるなら、その方が都合がいい。
どの道、当主の妻に、ふさわしくないと言われ続けてきた。なら、もう清楚でしおらしい奥様は、やめてしまおう。
誰も近づきたくなくなるような、茨《いばら》だらけの女になって、一族中から嫌われてしまおう。
そうすれば、結月に、近付く者も、きっといなくなる。
あの子を、守れるなら
私は、どんな悪女にでもなってやろう。
だから──
(だから、どうか……私を嫌って……っ)
白木の腕の中にいた結月は、あれから、ずっとずっと泣いていた。
まるで、母親を求めるように──
でも、ごめんね。
私はもう
あなたを抱きしめることは出来ない。
どんなに愛しくても
愛してないフリをしなきゃいけない。
だから、子守唄を歌うことも
その頬に触れることも、二度とできない。
だって、私は
あなたに、嫌われなくちゃいけないから──
でも、それで良かった。
結月が、幸せになれるなら
私は、どんな苦痛だって受け入れよう。
だから──
(いつか、必ず……幸せになって……っ)
幸せになってほしい。
こんな場所で、死んだように生きるより
優しい場所で、暖かい人達に囲まれて、生きて欲しい。
だって、あなたは
結月は
私の大切な大切な『宝物』なのだから──…っ
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