268 / 289
最終章 箱と哀愁のベルスーズ
箱と哀愁のベルスーズ ㉖ ~ 恋心 ~
しおりを挟む「初めまして、五十嵐レオと申します」
世の中には、似た人間が3人はいると言う。
だが、その五十嵐という男に会ってみれば、あの男とは、また違う雰囲気があった。
(この子、本当に19歳なの?)
顔は似ているけど、あの男とは全く違った。
あの男は、ひたすら優しかった記憶しかないのに、この五十嵐という男は、穏やかな佇《たたず》まいの中に、不思議と鋭さのようなものを感じさる男だった。
まるで、刃ころび一つしない真剣のような、そんな強かさを視線の奥に感じて、あの男とは、似ていないと思うほどだった。
でも、常に主人の側に仕え、お嬢様を守らなければならない執事いう役職。なら、そのくらいの鋭さを持ち合わせているのは当然だった。
なにより、まだ19歳という若さでありながら、その所作には、無駄ひとつなかった。
まさに、熟練の執事にも劣らない程の身のこなし。それに、話せば話すほど、その優秀さに驚かされた。
それこそ、あの日、出会ったホテルマンなど、足元にも及ばないくらいに──
「じゃぁ、貴方を正式に阿須加家の執事として採用します。諸々の手続きをすませて、来月から働いてちょうだい。執事服も、メイドに準備させておくわ」
「かしこまりました」
「それと、結月は、この阿須加家の大事な跡取り娘です。なにがなんでも守り抜きなさい」
「はい。深く心得てございます。お嬢様のことは、この命に変えて、お守り致します」
新しく雇った執事が、美しく頭を下げる。
私は、それを見て、今度こそはと気合いを入れた。
(そうよ。守って貰わなきゃ困るわ。あなたには、結月を救って貰わなきゃいけないんだから)
そして私は、羽田の時と同じように、その五十嵐レオという男は、注意深く観察することにした。
きっと羽田のように、彼も、結月に恋心を抱くようになるだろう。そう思っていた。
だけど、それから、三ヶ月がたっても、五十嵐は、結月を一切、女として意識しなかった。
✣✣✣
「どうして!? 少しくらい意識してもいいでしょ!?」
五十嵐が、結月の執事になって、三ヶ月ほどがたった頃、私は一人きりの部屋の中で、猫のユヅキに愚痴っていた。
正直、焦っていたのかもしれない。
なぜなら、餅津木家との縁談の話が、ついに持ち上がったからだ。
しかも、その顔合わせは、餅津木家の長男・春馬の誕生日パーティーの中で行われるらしく、そんなことになれば、もう逃れられるはずもなかった。
なにより、礼儀を弁えているあの結月が、そのような社交場で、前のように『結婚したくない』と、言えるはずもない。
しかも、洋介は、他にも餅津木家に条件をだしていた。それは『籍を入れるのは、子供を授かってからにする』というもの。
本来なら、有り得ない条件だけど、これは、私たちに、10年も子供ができなかったせいもあるのかもしれない。
親族からの誹謗中傷が、洋介自身、トラウマになっているらしく、これに関しては、本気で結月のためになると思っているようだった。
だけど、このまま縁談の話が進めば、結月は一生、阿須加家から逃げられなくなる。
(早くしなきゃ。このままじゃ、結月が……っ)
私と同じように、苦しむことになる。
だからこそ、心を鬼にして、悪女を貫いてきた。
結月が、心置きなく、親を、阿須加家を捨てられるように。
だからこそ、五十嵐のように、見た目も中身もよい、優秀な男を側に置いたのに、私の予想するとおりには一切ならなかった。
なにより、年の近い男女が、常に傍にいれば、恋愛感情の一つや二つ、抱くものだろうと思っていた。
だから、結月と五十嵐が、恋仲になれば、駆け落ちでもして、この阿須加家から、逃げてくれると思っていた。
だけど、肝心の五十嵐は、結月のことを、全く女として見てはおらず、あくまでもご主人様でしかなかった。
(なんてことなの。優秀だと思って雇ったけど、まさか、ここまで優秀だとは思わなかったわ)
全く、つけいるスキがない。
だが、本来なら、執事は主人に邪な感情など抱かないし、それが当たり前。
だけど、ちょっと腑に落ちないのは
「ていうか、うちの子、あんなに可愛いんだから、少しくらい意識しなさいよ!!」
ネコのユヅキを抱きしめながら、再び、愚痴る。
だって、あんなに清楚で上品な女の子、そうはいないわよ!?
スタイルだっていいし、声も可愛いし、ピアノもフルートもバイオリンも上手だし、おまけに、優しくて美人!
それなのに、恋をしないなんて、五十嵐って、どういう趣味してるの!?
もしかして、とんでもないデブ専なの!?
「執事として、完璧すぎるのも考えものね……っ」
それに、思うようにいかないのは、五十嵐だけじゃなかった。
なぜなら、結月だって、五十嵐をただの執事としてしか見ていないようだったから。
(……まさに、完璧なお嬢様と執事ね)
そんな二人を、くっつけようとするのが、そもそもの間違いなのか、軽くお手上げ状態だった。
だが、結月のことを思うからこそ、まだ諦める訳にはいかなかった。
(こうなったら、少し強引な手に出るしかないわね)
見守っているだけじゃ、埒が明かない。
だから私は、五十嵐が少しでも、結月を意識するよう、できる限り手をつくすことにした。
✣✣✣
「五十嵐。あなた結月のスリーサイズって、知ってる?」
「………え?」
それは、結月にドレスをプレゼントしようと、洋介から言われた、あとの話だった。
餅津木家のパーティーに着ていくドレスを新調させようと言われていて、私は、五十嵐を呼び止めた。
本来なら、仕立て屋を呼び寄せるところだけど、それですら、上手く利用しようとした。
すると五十嵐も、スリーサイズなどといわれ、珍しく驚いているようだった。
でも、身体のサイズの話をすれば、少しくらい意識すると思った。
だって、スリーサイズよ?
今、結月の体を、少しは想像したでしょ?
胸のサイズは、どのくらいだろうか?とか考えたでしょ?
などと目論見ながら、私は、五十嵐の反応を伺う。 すると
「申し訳ありません。いくらお嬢様のこととはいえ、さすがにスリーサイズまでは」
と、五十嵐は、眉ひとつ動かさず言ってきて
「それもそうね。知ってたら知ってたで、今すぐクビにするところだったわ」
と、私は更に動揺するようなことを言ってみた。
しかし、五十嵐は、それでも平然としていた。
(なんなの!? 少しくらい動揺しなさいよ!? 本当に、やましいこと一つないのね!?)
五十嵐は、どんな時も執事だった。
羽田のような、ちょろさは一切ない。
しかも『あさってまでに、結月のスリーサイズを調べてこい』と、無理難題を吹っ掛けたても、五十嵐は、しっかりと期日までに持ってきた。
あろうことか、メイドの相原に頼んで!!
(なんで、メイドに頼むのよ。これじゃぁ、私の計画が、全くすすまないじゃない……!)
このままでは、結月と五十嵐が、恋人になるのは不可能に近かった。
そして、その後も、何一つ私の思い通りにならないまま、季節は秋を迎え、餅津木 春馬の誕生パーティーの日がやってきた。
1
あなたにおすすめの小説
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる