お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
282 / 289
エピローグ

破壊と再生

しおりを挟む

 レオと結月の新しい住居は、古くとも趣のある武家屋敷だった。

 斎藤の妻の実家は、そこそこ名家だったのかもしれない。塀で囲まれた庭付きの一軒家は、二人と一匹が暮らすには十分すぎるくらいの広さがあり、とても立派な家だった。

 そして、その屋敷からでたレオは、穏やかな田舎道を見渡しながら歩いていく。

 朝が早いからか、世間は、まだ静かだった。
 
 山々には、雪化粧がかかり、空を見上げれば、透き通るような青空が広がっていて、これまでは都会の雑踏の中にいたからか、空が、やけに広く見えた。

 なにより、一月二日のその空は、とても美しく晴れやかだった。これは、心情面の変化があったからというのもあるのかもしれない。

 今は、とても穏やかで、開放的な気分だ。


 ──ガチャ。

 その後、5分ほど歩くと、レオは、電話ボックスをみつけ、その中に入った。

 人が一人はいれるくらいの箱型のボックス。

 全面ガラス張りのその中には、緑色の公衆電話が鎮座していて、レオは、財布から10円玉を取り出すと、それを十数枚、電話機の上に積み重ねた。

 ガチャッと受話器を取れば、慣れた手つきで番号を押した。すると、発信音が鳴って、しばらくしたあと

『はい。ルノアールですが』

 と、青年の声が聞こえてきた。

 ルノアールは、フランスの姓だ。そして、レオが電話をかけた相手は、古くからの友人である──ルイだった。

「ルイ。俺だ」

『あー、レオか。そっちはどう? 荷物は、もう片付いた?』

「あぁ、あらかた片付いた。みんなが掃除をしたり、荷物を運びこんでくれてたおかげで、楽なものだったよ」

『そっか。それは良かった。新しい家は気に入った? なかなか広くて快適でしょ? 部屋数も多いし、庭もついてるし。まぁ、お嬢様の屋敷に比べたら、小さいだろうけど』

「あの屋敷と比べるな。それより、阿須加家の方は、どうなった?」

 すると、レオの声がワントーン下がった。

 その真剣なもの言いに、ルイの雰囲気も、陽気さが抜け、真面目なものに変わる。

 ルイは、レオと結月を送り届けたあと、すぐに星ケ峯の町に戻り、阿須加家の動向を見張った。

 夕方になり、結月の両親が慌てて屋敷に入って行ったのを確認したルイは、変装をし、黒髪の日本人に成りすまし、予めレオが用意していた盗聴器を使い、中の会話を盗み聞きした。

 そして、レオは、今まさに、その成果を確認しようと電話をしてきたわけだ。

『結月ちゃんの両親、そうとう困惑してたよ』

「それは、そうだろうな。娘が、神隠しにあったとなれば」

『まぁね。特に父親の方は、激怒したり落ち込んだり、ひどいものだったよ。結月ちゃんの好きな人が、レオだってのも気づいたみたいだし……でも、流石に、手も足も出せないって理解したみたい。レオと結月ちゃんのことは探さず、会社を改善するつもりでいるよ』

「そうか……」
 
 その後、ルイから詳しい話を聞くと、レオは、ほっと息をついた。

 あの二人が結月の手紙を読んだ後、どのような行動に出るかは、やはり蓋を開けてみないと分からなかった。

 もしかしたら、こちらの要望など無視し、死に物狂いで、探しに来るかもしれない。

 そうなれば、しばらく、隠れ住むことになるだろうし、また、別の策を考えなければなない。

 だが、その心配はなくなったらしい。

「結月の言葉は、あいつらに届いただろうか?」

『多分ね。僕が聞いた感じだと、そんな感じがしたかな。でも、レオから聞いてた話とは、ちょっと違ってさ。なんで、手紙の内容に、会社の改善なんて項目が増えてるの? レオは、阿須加家に、潰すつもりだったんじゃないの?』

「………」

 ルイの質問に、レオは、軽く目を伏せた。
 確かに、その件に関しては、ルイには話せていなかったから。

「すまない。土壇場で計画が変更になったんだ」

『変更?』

「あぁ、結月に言われたんだよ。『復讐なんてさせない』って」

 レオは、数日前のことを思い起こす。

 ルイに、父親のことを、結月にも話せといわれた日、レオは、これまで話せずにいた事を、全て結月に打ち明けようとした。

 だが、結月は、全部知っていた。

 父が、阿須加家のホテルで働いていたことも。
 亡くなったことも。

 そしてレオが、最初は復讐のために、結月に近づいたことも。

 だけど、それを全部、理解した上で、結月は自分を愛してくれた。

 そして、言われたのだ。
 復讐なんて、絶対にさせない──と。

「結月は、復讐を果たしたあとの俺を、すごく心配してた。阿須加家を潰せば、それによって巻き込まれる人たちが、どうしても出てくる。罪のない人たちを犠牲にしてしまったら、俺が心を病むんじゃないかって……だから、復讐するんじゃなくて、阿須加家を変えてくれって」

 復讐をして阿須加家を潰すのではなく、過酷な労働を強いられ、レオのお父様のように苦しんでいる人のたちを救ってほしいと、結月は、あの一族を変えることを求めた。

 破壊ではなく、再生を望んだ。

『へー、だから、復讐が救済に変わってたんだ。でも、全く聞いてなかったから、最初は両親が、なんの話しをしてるのか、よくわからなかったよ』

「それは、すまなかった」

『うんん。おかげで、僕もほっとしたから』

「ほっとした?」

『うん。僕もレオに、復讐はして欲しくなかったから』

 そのルイの声は、酷く安心したように、柔らかな音を奏でた。

 もしかしたら、長いこと心配をかけていたのかもしれない。
 
 一番の味方であり、ずっと、見守ってきてくれた親友。でも、復讐をすることに関しては、あまり賛同していなかったのかもしれない。
 
 思い返せば、迷い悩みながら進む自分の話を、いつも傍で聞いて、時には、道を踏み外さないように諌めてくれていた気がした。

「ありがとう、ルイ。お前には、たくさん助けられた」

 自分は本当に、良き友人を持ったと思った。

 だから、改めて、お礼を言った。
 心からの感謝の気持ちを込めて──

 するとルイは、どこか擽ったそうに

『お礼をいわれるようなことは、特にしてないよ。僕が好きでやったことだし。それに、僕には、レオの復讐をとめることはできなかったしね。その点、やっぱり結月ちゃんは凄いね。言ったとおりだったでしょ? 結月ちゃんは、レオを"守れる人だよ"って』

「あれって、そう言う意味だったのか?」

 そういえば、父のことを、結月に話そうと決心したのも、ルイに言われたからだった。

 ルイは、初めから、結月に賭けていたのだろうか?
 友人が、復讐者にならないように──

『しかし、やっぱりレオは、結月ちゃんに弱いなー。お嬢様に逆らえないのは、執事そのものだよ。案外、尻に敷かれそう』

「は? なんだって?」

『だって、結月ちゃんのために執事になるほどなんだよ。レオって、好きな子に尽くしまくるタイプだよね。だから、なんだかんだ世話焼いてそうだし、お願いされたら断れなさそう』

「…………」

 ズバズバと、歯に衣を着せぬ物言いに、レオは黙り込んだ。

 確かに、結月に弱いのは認める。
 だって、あんなに可愛いのだから──

『それよりさ、もう執事はやめちゃうの? あんなに頑張って、執事のスキル会得したのに、ちょっと勿体ないよね。レオの天職だったかもしれないのに』

「仮にそうだとしても、俺が仕えるのは、結月だけだ」

『はいはい。だから、尻に敷かれるって言ってんの』

「な……っ」

『ふふ。まぁ、良かったね。阿須加家の弱みはしっかりにぎってるし、親が改心して会社を変える気になってるなら、隠れ住む必要もない。そして、レオが執事を辞めたなら、僕の役目も、これでかな?』

 すると、ルイが切なげな声を発した。
 それは、最後の別れがきたと言わんばかりだった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...