神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第9章 【過去編】偏愛と崩壊のカタルシス

第119話 偏愛と崩壊のカタルシス②

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 今から20年前──

 俺は今いる街とは別の町で、神木侑斗と神木ミサの長子として、この世に生まれてきた。

 母はとても優しくて、それでいて愛らしく

 街を歩けば、誰もが振り返るような、そんな美しい女性だった。

 そして、そんな母が、唯一愛した男性。

 それが、父の「神木 侑斗」だったらしい。

 二人のなれそめは知らないけど、恋愛結婚の末、愛し合って一緒になった二人は

 まさにお似合いの夫婦で……

「飛鳥はホント、ミサにそっくりだな~」

「ホントね。でも性格は侑斗に似てほしいかな?」

「え? なんで?」

「だって男の子だし、侑斗みたいに頼りがいある人になってくれたなって」

「あはは、俺そんなに頼りになる男じゃないぞ?」

「そんなことないわよ。侑斗のおかげで、私今とても幸せよ」

「あはは、俺も幸せだよ。ミサ、飛鳥を産んでくれて、ありがとな」

 朗らかで愛嬌のある美しい母に
 優しくて頼りがいのある明るい父。

 ほどなくして俺が生まれれば


 それは誰もがうらやむような



「幸せな家族」だったのだと思う。



 だけど──



「永遠の愛」を誓って一緒になったはずの


 この二人の幸せな生活も



 この四年後には






 ──崩壊することになる。





 




 ◆◆◆



「おかあーさん、もうできたぁ?」

 それは、寒い雪の降る1月12日。
 俺が三歳になった誕生日でのことだった。

 少し広めのリビングからコトコト駆け寄ると、俺はキッチンで料理をしていた母に明るく声をかけた。

 二人が結婚して住み始めたこの家はファミリー向けの一軒家だった。

 結婚した時に、のちに子供のことも考えて物件を探し、他とは少し違う西洋風のこの家を、母が気に入って二人で決めたらしい。

「もう少ししたら、できるからね?」

「ほんとう」

「うん。飛鳥は今日で何歳になったのかな~」

「うーんとね、3ちゃい!」

「あはは。指は5歳になってるよ? まだ難しいかな~」

 そういうと、母は俺の手をとり、にこやかに笑う。そんな母の雰囲気は、とても優しいもので、その頃の俺は、まだ母が大好きだった。


 トゥルルルルル……

 だけど、そんな俺たちの元に、突然電話の音が鳴りひびいた。

 母が作業を中断し携帯を手に取ると、どうやら電話の相手は仕事に行っている父だったらしく、母はそれが分かると、少しだけ不安そうな顔をして電話に出る。

「もしもし、侑斗?」

 少しだけ小首を傾げたあと、俺は母の声に聴き耳をたてた。すると、母はそれから暫く父と話した後

「飛鳥、お父さん、今日お仕事遅くなるんだって……」

「えー!」

「ごめんね? でもお仕事だから……」

「そっか……」

 電話の内容は、仕事で遅くなるから誕生日は一緒に祝えないと言うものだったらしい。

 それを聞いてシュンとした俺を母は悲しそうに見つめると、その後、俺を抱き上げてニコリと笑う。

「よーし、今日はお母さんのケーキのいちごも飛鳥にあげるー」

「え? ほんと?」

「うん。だから今日はお母さんと二人で、誕生日しよーねー」

 母と二人だけで、祝う三歳の誕生日。

 父がいないのは寂しかったけど、それでも母と一緒で楽しかった。



 ◆◆◆


「んー……おかーさん?」

 だけど、その日の夜。俺は隣に寝ていたはずの母がいないのに気づいて、一人部屋を抜け出した。

 薄暗い廊下を進み、リビングの前までくる。

 すると、その中に人の気配を感じた俺は、一筋の明かりが漏れるリビングの中を、そっと覗き込んだ。

「どうして、こんなに帰りが遅いの?」

「だから、仕事だって言ってるだろ。今日は早く帰るつもりだったけど、一人体調を悪くして、早退したんだ……仕方ないだろ」

「っ……いつもそうじゃない。仕事仕事って……!」

「だから、悪かったって。もういいだろ、俺も疲れてるんだ」

 中では、父と母が話していた。

 仕事から帰ってきた父は、ネクタイを緩めながら、めんどくさそうに言葉を返していて、母はそんな父を苦々しげに見つめると……

「本当に、それ仕事なの?」

「は?」

「浮気してたら、絶対許さないから……」

「ッまた、それか! だから、そんな暇ないって何度も言ってるだろ!?」

「じゃぁ、なんで!? 息子の誕生日くらい早く帰ってきてくれてもいいでしょ!?」

 次第に感情的になる二人の声。

 俺はぐっと息を詰めると、壁に背を向けうずくまり、その二人の言い合いに耐え続けた。

 すると、それから暫く沈黙が訪れたあと、また母が話し始めた。

「そんなに、仕事が大事?」

 どこか、悲しそうな声。でも、父は……

「あぁ、大事だよ。仕事しなきゃ、お前たち食わせていけないだろ?」

「……っ」

 ──ガシャーン!!

「!?」

 瞬間、ガラスが割れる音が響いて、俺はぎゅっと目を閉じた。

「もう、いいわ……」

 そして、その母の冷ややかな声は、しっかりと俺の耳にまで響いてきた。

「ッ……」

 そう──この頃には、もうすでに父と母の仲は悪く夜、目が覚めて母を探しに行けば、必ずと言っていいほど、扉越しに言い争うような声が聞こえてきた。

 俺の前では、仲のいい夫婦を演じていても、もう、二人の間には修復できないほどの

 ──深い深い溝が出来ていた。


「ぅ……っ」

 目には涙が浮かんで、それでも、声を上げそうになるのを必死にこらえながら、目にたまった涙をゴシゴシと服で拭うと、俺は部屋に戻って布団の中にうずくまった。

 母は、俺のために言ってくれたのだと思う。

 だけど、誕生日の日にまで、二人がケンカしているのかと思うと、それが、たまらなく悲しくて、同時に辛くて仕方なかった。


 ◆◆◆


 そして、その頃からだと思う。

 父はあまり家に寄り付かなくなり、帰ってくることが少なくなった。

 母もイライラしていることが増え、それと同時に、一人で泣いていることも増えた。

 俺は、そんな母が心配で……

「おかあさん、だいじょうぶ?」

「……ぅ……うぅ……っ」

 そう、何度も慰めたのを朧げに覚えてる。

 家庭の雰囲気は、まさに──最悪。

 だけど、少しずつ少しずつ壊れていく家族を前に、それでもまだ幼かった俺には、どうすることもできなかった。

 そして、何がきっかけだったのかは覚えてないけど、


 ──ある日、突然やって来た。



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