神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ

文字の大きさ
140 / 554
第9章 【過去編】偏愛と崩壊のカタルシス

第128話 偏愛と崩壊のカタルシス⑪

しおりを挟む

 どうしてあの時

 もっと声を張り上げなかったんだろう。


 それに、気づいたのは

 きっと俺だけだった。


 話しをする父とゆりさんの背後。

 公園の入口付近に見えたのは


 ゆらりと揺れる綺麗な金色の髪と


 酷く虚ろで冷たい──青い瞳。




(……ッ)

 無表情に忍び寄る、その人物が目に入った瞬間、俺は喉首を押さえつけられたように、また声が出せなくなった。

 そして───


 グサ───ッ!!


 次の瞬間、俺の目の前に映し出されたのは、ナイフを手に背後から、ゆりさんを刺した

 あまりにも恐ろしく残酷な



 ──「母親あの人」の姿だった。











 第128話 偏愛と崩壊のカタルシス⑪










 ◆◆◆


 何かが駆け寄ってくる音に気づいて、父が振り向いた時には、もう既に遅かった。

 誰もいない公園内に響くのは、肉を裂く不気味な音。

 そして、それを目にした瞬間、場の空気は一瞬にして凍りついた。

 そこには、無警戒だったゆりさんの腰元を、母がナイフで一刺しにしていて、俺は身動き一つ、瞬き一つできず、その場に立ち尽くすと、目に焼き付いた光景に息をのんだ。

「──ッ!」

 ドサッ──と、ゆりさんが小さく声を漏らし、崩れ落ちるように膝をついて、俺は必死にゆりさんを支えようと、手を伸ばした。

 まだ、幼かった俺に覆い被さるようにして、力なく倒れたゆりさん。

 座り込み倒れそうになりながらも、必死の思いで抱きとめると、掴んだ部分から、なにか生暖かいものを感じた。

 ヌルリとした感触。

 自分の手についた、それにゆっくりと視線をむければ、その手は──赤く赤く、血に染まっていた。

「ひッ……!」

 傷口からはじわじわと血が滲んでいた。溢れでる血液は、制服のシャツやスカートに染み渡り、何が起こっているのか分からず、呆然と手を震わせる俺の側で、ゆりさんは痛みに耐えるように、唇を強く噛み締めていた。

 そして──

「あなたが、滅茶苦茶にしたのね……っ」

 ナイフを握りしめた母が、ゆりさんを見おろしてボソリと呟いた。

「あなたが、侑斗を誑かしたのね!」

 母が、なにか勘違いをしているのが分かった。

 鬼のような形相に、射るような視線。

 その姿に、以前のような優しい母の面影は一切なく、その綺麗な金色の髪も、澄んだ青い瞳も、整った顔立ちも、美しいはずのその全てが、酷く禍々しいものに見えた。

「侑斗だけじゃなく、今度は私から飛鳥まで奪うの!! 返して、返して、私の──」

 声を張り上げた母が、ナイフを握りしめた手を、頭上高く振り上げた。

 それは、ひどく見慣れた光景だった。

 癇癪を起こした母が、よく見せる姿。

 でも、今、壊そうとしているのは、明らかに「物」ではなくて──


「おい! なにやって…!!」

 振り上げた母の手は父が強引に掴んだことにより、その動きを静止させた。

 腕を掴まれた事で、ナイフが手から離れると、それは公園の地面の上に鈍い音をたてて落ちる。

「落ち着け!! この子は、飛鳥を保護してくれたんだ!!」

 父が何とか落ち着かせようと声を荒らげる。

 だけど、それでも母はゆりさんに掴みかかろうとしていて、俺はゆりさんを抱えたまま、呆然とその光景を見つめていた。

「許さない、あなたのこと、絶対許さなぃからッ!!」

「……」

 感情的な母の声が響く。

 何を、許さないの?
 ゆりさんが、何をしたの?

 この人は……ゆりさんは

 俺を、助けてくれたのに───?



(ッ……俺の……せぃだ……っ)


 ずっと、あのまま、家にいればよかった。


 母の言うことを聞いて、逃げたりしないで

 今まで通り、ずっとずっと「独り」で過ごせばよかった。


 俺が、家から出たりしなければ

 俺が、ゆりさんと出会わなければ


 ゆりさんは、こんな目に


 あわなかったかもしれないのに────



「ぁ、すか……っ」

「……!」

 呆然と母を見上げたまま涙を流し始めた俺をみて、ゆりさんが小さく声をかけた。

 ゆりさんは、さっきと変わらないふわりと柔らかな笑みを浮かべて、俺を包みこむように優しく抱きしめると

「……飛鳥の……せい、じゃ……なぃ…から……だから……そ、んな顔…し、ない……で」

 そういって、俺の頭をなでると、ゆりさんは俺を強く抱きしめて、そのまま、ゆっくり目を閉じた。

「……っ、ぁ……や、だ…っ」

 ──嫌だ。

 いやだ。


 なんで?

 どうして?


 俺が、もっとしっかりしていたら

 俺が、もっと強かったら


 俺が、もっと大人だったら


 こんな事にはならなかったの?


「ゆ、り……さんっ! やだ、お、ねがぃ、目……ぁけ、……ッ」


 身体が震えて、涙が止まらない。


 いやだ

 いやだ

 いやだ。


 こんなの、嫌だ──




「ゆり、さん……おね、がぃ……ッ、死なないで───ッ!」




 

 その時、俺は初めて、大切な人を、かけがえのない人を、失う恐怖を知った。


 もう、あんな思いしたくない。


 誰かを失う。

 あんな恐怖、味わいたくない。
 もうだれも、失いたくない。


 だから、絶対に、守るって決めたはずなのに



 それなのに、俺は───……






 ◆


 ◆


 ◆





「……ぅ、…ンッ」

 月明かりが灯す薄ぐらい室内で、写真を手にした飛鳥は、突如、激しい吐き気に見舞われた。

 とっさに口元を手で覆うと、せり上がってくる不快感に必至に耐える。

(……落ち、着け……っ、頼む、から……、)

 昼間と同じ様に、動悸がして手が震え始めて、視界がボヤつきだして、飛鳥は、そんな自分に必死に言い聞かせる。

 また、倒れるわけにはいかない。
 乗り越えなきゃいけない。

 なんとしても──


「……はぁ、っ……は、」

 なんとか吐き気を抑えこめば、今度は荒い呼吸を整えるため、自分の胸もとに手を当てた。

 着ているTシャツごと、その手をきつく握りしめれば、つまるような息苦しさのある呼吸を必死に整えようと模索する。


 あぁ…やっぱり、思い出すのすら

 こんなに、辛い。


 いまだに、目に焼き付いて離れない。


 あの日の母の姿と

 あの、恐ろしい光景。


 なんど、夢にみただろう。

 なんど、うなされただろう。


 でも、それを

 いつも 、ゆりさんが


 母さんが


 抱きしめて、落ち着かせてくれた。



 でも、今は


 ──もう、いない。



 もう、ゆりさんは




 どこにもいない……っ




「はぁ、……はぁ……っ」
 

 なかなか治まらない呼吸に、自分の「弱さ」を垣間見た気がした。

 結局、誰かにすがらなきゃ、ダメだなんて

 俺はなんで、こんなに弱いんだろう。


 もう、絶対に、あんな思いしたくないって誓ったのに

 もう二度と、ゆりさんを傷つけたくないと

 誓ったのに──


『絶対に守るよ!』


 そう、約束したのに……っ


 結局俺は、守れなかった。


 守れずに


 死なせてしまった。



 ゆりさんを



 華と蓮の







 母親を────







「……、……っ、はぁ…」

 なんとか、呼吸が整い始めてたころには、酷く汗をかいていた。

 ふと視線をそらせば、部屋にある姿見に、自分の姿が写っているのが見えた。

 金色の髪に
 青い瞳に
 人形のように綺麗な顔

 全部全部、あの人と

 同じ姿。

 いつか、自分も、あの人のように

 誰かを傷つけてしまうかもしれない。


 そう考えたら

 ──怖い。

 自分のこの顔が

 自分に流れる、あの人の「血」が



 怖くて怖くて、仕方ない。




(……こんな、んで……本当に……話せる、のか……?)

 もし、これを知ったら

 華と蓮は、どう思うだろう。


 今まで通り、俺と

 接してくれるだろうか?


 もし、軽蔑されたら?
 もし、拒絶されたら?


 今の関係が

 壊れてしまったら?



 そう、思ったら


 話せない。





 ────知られたくない。








 俺が


 ゆりさんを




 華と蓮の「母親」を









 刺し殺そうとした「女」の








 「息子」だなんて───……っ







しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...