神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ

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第17章 華の憂鬱

第233話 華と倉色さん

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「怪我、してない?」

 その柔らかな声に、華は一瞬目を見張ると、次の瞬間、慌ててその場から立ち上がった。

「は、はい! 大丈夫です!!」

 まだ痛みの残るスネをかばいながら、必死に取り繕う。だが、立ち上がった瞬間、破れた袋の切れ目から、中の荷物が更に溢れ始めた。

「あ、わっ……!?」

 恥ずかしい!! まさか、こんなマヌケな姿を、このお姉さんに、見られてしまうなんて……

「あ、袋やぶれちゃったんだ」

「あ、その……」

「ちょっと待っててね」

「?」

 すると、その女性は自分のバッグの中からそっと何かを取り出すと「使って」と言って、華に差し出してきた。

 丁寧に折りたたまれたソレは、シンプルなデザインのショッピングバッグだった。華はそれをみると

「え!? あの」

「この前、このスーパーがオープンした時に景品で貰ったの。予備のつもりで入れてたんだけど、私は自分の持ってるし、あまり使わないから、貰ってください」

 そう言うと、女性は袋を広げ、破れた袋ごと中に入れるよう促してきた。

 困った所を助けて貰い、華の胸には温かい気持ちがジーンと流れ込む。

(なに、このお姉さん、めちゃくちゃ優しい!!)

 さっきだって、迷子の女の子の手を引いて、母親を一緒に探してあげていた。

 思っていた印象と違うばかりか、穏やかに笑うその女性の雰囲気は、なんだかとても柔らかなもので

「あ、ありがとうございます!」

「いいえ」

 華がお礼を言うと、その女性はまたニコリと笑った。

 その姿は、やはりどことなく『母』に似ている気がした。

(あ……でも、このお姉さん、飛鳥兄ぃと…っ)

 だが、先日のことを思い出し、華は再び複雑な顔をする。

 こんなに優しいお姉さんが、なぜ兄と危ない関係を築いてるのか?

 とてもじゃないが、信じられなかった。

 だが、兄がこのお姉さんを部屋に連れ込んだのは、確かなこと。

(もしかして、飛鳥兄ぃ。このお姉さんが優しいのをいいことに、なにか危ない関係を強要してるとか!?)

 もしくは、何かこのお姉さんの弱みを握っていて「ばらされたくなければ、言うこと聞け」みたいな感じで、部屋に連れ込んで無理やり──

「あの、大丈夫?」

「へ!?」

「いや、難しい顔してるから、やっぱり怪我でも……」

「あ、いいえ! 怪我なんてしてません!大丈夫です!本当に!」

 頭の中では、兄とお姉さんのR18指定な光景が悶々と繰り広げられていた。

 だが、その動揺を隠しながらも、華はお姉さんこと『あかり』に慌ててそう言うと、ショッピングバッグをうけとり、溢れた荷物を中に詰め込み始めた。

 それから、華が荷物を全て移し終え、大丈夫なのを確認すると、あかりは

「じゃぁ、気をつけてね」

 と言って、華に背をむけた。

(あ……どうしよう──!)

 去っていく、あかりの後ろ姿を見つめ、華は手にしたバッグをぎゅっと握りしめた。

 このまま、聞きたいことも聞けないまま、この人を帰してもいいのか!?

「あ、あの!!」

「?」

 すると、再度張りあげた華の声を聞いて、あかりが振り返る。

「あ、あの、このエコバッグ、ちゃんと返します!」

「え?……あはは。気にしなくていいよ。貰ってていったでしょ?」

「で、でも……っ」

 そういうあかりに、華は一瞬口ごもる。
 だが

「でも、兄に頼めば、返せると思うので!!」

「兄?」

「あ、はい。私、神木 華と言います。か……神木 飛鳥の……妹です……っ」

「…………」

 神木 飛鳥の──妹。
 そう言われ、今度はあかりが瞠目する。

 暫く沈黙し、あかりはじっと華をみつめた。すると、どうやらやっと理解したらしい。あかりは、慌てて頭を下げると

「え!? 神木さんの!? あ、あの、先日は挨拶もなく勝手に上がり込んで、すみませんでした!」

「あ! いえ、あれは、うちの兄が連れ込んだ──じゃない、みたいなので気にしないでください!!」

 二人して、先日のことを思い出して、あたふたする。

 申し訳なさそうにするあかりに、狼狽える華。

 だが、せっかく声をかけたのだ。ここで兄との関係をハッキリさせておきたい!

 そう思った華は

「あ、あの……お姉さんは、その……うちの兄と……どのような、ご関係なんでしょうか?」

「え?」

 顔を赤くし、ボソボソと問いた華の言葉に、あかりは、きょとんと首をかしげた。

(ど、どのようなって……あれ、神木さん、もしかして、また誤解といてないの?)

 部屋に二人っきりだと思われているなら、あらぬ誤解を受けているかもしれない──と、あかりは先日、飛鳥に釘をさしたはずだった。

 だが、この様子をみれば、どうやら誤解はとけていないらしい。

(……うーん。これってやっぱり、彼女と勘違いされてるのかな?)

 さすがに、それはマズい。

 するとあかりは、その誤解を解くため、改めて華に自己紹介を始めた。

「あの、挨拶が遅れてすみませんでした。私は、お兄さんの友人で、"倉色 あかり"といいます。お兄さんと同じ、桜聖大に通う教育学部の1年です」

「く、くらしき……さん?」

 丁寧に自己紹介をされ、華はその「倉色さん」を改めて見つめた。

 教育学部の1年ということは、兄が言っていたとおり、後輩であることに間違いはない。だが……

「ほ、本当ですか!? 本当に、ただの友達ですか!? 兄になにか弱み握られてるとか! 不純な関係、強要されてるとか! そんなことはありませんか!? もう、この際だから、ハッキリ言ってください!! もし、兄がヤバいことしてるなら、家族として責任もってとめますから!!」

「え!?」

 だが、どうやらまだ信じていないのか、切羽詰まった表情で詰め寄る華に、あかりは困惑する。

 弱み?強要??
 どんな勘違いをしてるんだ、この子は。

「あ、あの、本当にただのお友達で」

 するとあかりは、苦笑いで、再度弁解するのだが、華は、まだ納得出来ないようで

「じゃぁ、この前、兄の部屋で何をしてたんですか!?」

「え!?」

 その問いかけに、あかりは口篭る。

(な、なにをって……どうしよう。エレナちゃんのことは言えないし……っ)

 あんな複雑な事情。第三者の自分が告げるわけにはいかない。

 だが、何をしてたかなんて聞かれて、どう答えればいいのか?

「えと……それは……っ」

(ッ……やっぱり、言えないことしてたんだ!)

 突然、言葉を詰まらせたあかりを見て、華はある意味確信したのか、頬を赤らめ、慌ててあかりから視線をそらす。

「あ、あの、すみません。変なこと聞いて。その……今のは、忘れてください…っ」

「!?」

 すると、恥ずかしそうに俯いた華を見て、あかりはハッとする。

 想像するのも恥ずかしいが、なんとなくイケない想像をされているような気がした。

「あ、あの、違いますよ!? 確かに部屋にはいましたけど、本当にお友達で! せ、先日は、その……相談にのって貰っていたというか……」

「相談? それって、どんな……」

「あ、それはちょっと言えないというか」

(ッ……やっぱり、あやしい!?)

 聞けば聞くほど、あやしい!!

「でも、本当に友達なんです! 信じてください!」

 だが、再度、あかりが訴える。しかし、信じろと言われても、華には、そう簡単に信じることができず

「じゃぁ、なんで大学で話さないようにしてるんですか?」

「え?」

「兄が、前にそんなこと言ってて……でも、友達なら、別に話したっていいですよね?」

「……あ、それは」

 すると、あかりは、申し訳なさそうに

「ごめんなさい。それは、私が避けてるからというか……あんなにモテまくってる人と大学で仲良くしていたら、絶対に女子の揉め事に巻き込まれるし。私、できるなら平穏無事な生活を送りたくて……」

「あー、なるほど!? うちの兄が、ご迷惑かけてすみません!!!」

 正論すぎて、納得せざるを得なかった。

 確かに、あの兄と親密にしていたら、噂はすぐに広まりそうだし、下手をすれば、過激派なお姉様方に睨まれてもおかしくない!

(……じゃぁ、本当にお友達なの?)

 だから、大学で話さないようにしてるの?

 だから、わざわざ家に呼んで、相談にのってたの?

 このあかりさんを、厄介事に巻き込まないために?

 でも、それって──


「お兄さんのこと、大好きなんですね」

「え?」

 だが、次に聞こえたあかりの言葉に、華は目を丸くする。

「え、あ、それは」

「心配?」

「え?」

「お兄さんに彼女ができるのが、嫌なのかなって?」

「ッ……」

 そんなことない──と、胸を張って言えたら良かった。でも、自分の"本心"を自覚したからか、上手く言葉を繋げられなかった。

 言われた通り、本心では「嫌だ」と思ってる。

 だから、わざわざ、この人のあとまで付けて───

「大丈夫ですよ」

「え?」

 だが、俯く華をみて、あかりはまた優しく声をかけてきた。

「心配しなくても、私は神木さんの彼女ではないし、この先もずっと、お友達のままですから」

「え?」

 この先も──ずっと?

「え!? でも、あの顔ですよ!? 私が言うのもなんですけど、すっごい整った顔してて、しかも、見た目だけじゃなく、中身もまぁまぁいいというか! そんな兄と、ずっと友達でなんて言いきれますか!?」

 まるで兄の名誉を守らんとばかりに、身を乗り出し、力説する華。

 そんな華に、あかりはまた苦笑いを浮かべる。

「別に『お兄さんに魅力がない』とかいってるわけじゃないの。むしろ、とても素敵な方だと思います。でも、それでも私は──絶対に、彼のことを好きになったりしないから、心配しないでね」

「……っ」

 その言葉に、華は息を詰めた。

 ハッキリと断言されたその言葉は、全くの迷いのない言葉のようにも感じて

(絶対にって……このお姉さん、本当にお兄ちゃんのこと──)

 友達としか、思ってない──

(あれ……なんで?)

 ずっとモヤモヤしていたはずだった。

 だけど、それがその瞬間、チクリとした痛みに変わった。

 お兄ちゃんに彼女がいなくて、嬉しいはずなのに。この人が、ただの友達で、安心したはずなのに──


 なんで、こんなに



 ────胸が、痛いの?




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