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第2話『面白くなるかもしれないな』
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光佑さんが『僕の』マネージャーになって半年が経った。
しかし最初は毎日の様に来ていた光佑さんも、次第に来る頻度が落ちて、今では三日に一度くらいだ。
まぁ温めれば食べられて、美味しい物をいっぱい作り置きしてくれてるし、掃除とか家の事もやってくれる。
僕の相談にも乗ってくれるし、宿題も、ゲームも付き合ってくれる!
でも! 足りないのだ!!
それもこれも全部アイツのせいだ!!
僕は苛立ったまま車の後部座席にアイツの憎たらしい顔が乗った雑誌を投げ捨てた。
「あぁ、わざわざ買ってきたのに!」
「ヘン!」
「そんなにライバル視しなくても。彼女はアイドルで、こっちは役者ですよ」
「そうじゃない! そういう事じゃない!」
「難しい年ごろですねぇ」
「フン!」
「しかし、実際彼女の人気は凄いですねぇ。少し前にデビューしたばかりだと言うのに、誰も彼も彼女の話をしてますよ。流れ星の様に不意に現れ、煌びやかに夜空を彩り、私たちを魅了する。まさに流星のアイドル」
「何が流星だ。そのまま地面に落ちれば良いのに」
キラキラと笑顔を振りまいているが、アイツの本性はよく知ってる。
今思い出してもイライラするあの憎たらしい声!!
『もしもし、光佑さんですか?』
『誰?』
『あれ。この携帯は立花光佑さんの電話では無いですか? 僕、立花光佑さんにマネージャーをお願いしている天王寺颯真っていうんですけど』
『てんのうじ? あぁ、そうですか。残念ですけど、お兄ちゃんは今忙しいので、出られません』
『今。なるほど。ではいつ頃なら電話しても大丈夫でしょうか』
『ずっと駄目です』
『は?』
『お兄ちゃんはヒナのマネージャーをしていて、忙しいので、ずぅーっと駄目です』
『はぁ!? 何勝手な事言ってるんだ! 光佑さんに代われ!』
『やだ! もう掛けてこないでよね!』
『切られた!? ふざけやがって!』
『もう! しつこい!! お兄ちゃんはヒナの事で忙しいんだから。そっちの事はそっちでやってよね!』
『なら、誰だお前は!』
『夢咲陽菜! じゃあね!!』
『こいつ、また! って、着信拒否されてる!?』
結局あの後、事態に気づいた光佑さんが着信拒否を解除してくれたから良い物を。
いや、よくはない。まるで良くない。
ただ激しいマイナスが凄いマイナスになった程度だ。
絶対に許せん!
今日は徹底的に叩き潰して、如何にお前なんかに時間を使っているのが無駄か、教えてやる!
夢咲陽菜! 覚悟しろ!!
「くふ、くふふ。雑魚め」
「怪しい笑いしてるなぁ。でも、そんなに夢咲さんを敵視して大丈夫ですか? 今日から共演ですよ? しかも姉と弟役」
「大丈夫だよ」
「心配だなぁ」
「何も心配なんて要らないよ! 僕は天才役者だぞ! 夢咲陽菜なんて敵じゃない! 一撃で倒してやる!」
「いや、仲の良い姉弟って設定ですから。倒さないで下さい」
「分かってるよ。台本はもう頭に入ってる。僕の方は問題ないさ。問題があるとすれば、あのガキに演技が出来るのかどうか。って所だけ」
「いや、ガキって、天王寺さんの方が年下ですけどね」
「役者歴は僕の方が上だ!!」
「分かってます。分かってますって」
「ヘン!」
僕は口を尖らせながら流れていく窓の外を見る。
僕を待つのは夢咲陽菜。憎むべき宿敵だ。
絶対に負けん。
長々と車を走らせて着いた撮影現場で、僕は実に三日ぶりに懐かしい人と再会していた。
「光佑さん!」
「あぁ、天王寺君。おはようございます」
「おはようございます!」
「そういえば正式に紹介していませんでしたね。こちら、夢咲陽菜。そして陽菜。こちらが天王寺颯真君だ」
光佑さんの紹介に、光佑さんの背中に隠れていた僕より少し年上の女が顔を出した。
雑誌で見た時と変わらず、キラキラとした胡散臭い笑顔だ。
「あぁ、貴方が、天王寺颯真君かぁ。よろしくね。お兄ちゃんの大好きな妹の夢咲陽菜だよ」
「そうか。君が夢咲陽菜か。よろしく頼むよ。光佑さんの足を引っ張らない様に、さ」
「……どういう意味かなぁ」
「どうもこうも。時間は無限にある訳じゃないからさ。貴重な時間を才能のないアイドルの為に使うのは勿体ないんじゃないかって言ってるだけだよ」
「あぁ、そうだね。私もそれ、よく分かるよ。大して才能も無いくせに、ペラペラ余計な事しか言わない子供なんかの為に時間を使うのは、勿体ないよねぇ」
互いに笑顔のまま、斬り合う。
一歩も引かず、戦う僕たちに木村さんはあわあわと動揺していたが、光佑さんは堂々と笑っていた。
流石だ!
「あわ、あわ。た、立花さん。止めないと」
「良いんじゃないですか。そんなに年も変わらないみたいですし。仲良しで」
「えぇー? これが仲良しに見えるんですか?」
「まぁ私の知り合いに晄弘……あー、いや。大野と佐々木という友人が居るんですが、二人はライバル関係で。顔を合わせる度にこんな感じですけど。一緒にご飯も食べに行くし。結構仲いいみたいですよ」
「それは、多分確執が無いからだと思うんですけど」
「確執。と言いましても。二人は会ったばかりですし。まぁ緊張してるんでしょう。ハハハ」
「ハハハじゃないですよ。駄目だ。この人は頼れない。僕が何とかしなくては……!」
木村さんが空回りの気合を入れている姿を見て、僕は少し冷えた頭で冷静に彼の行動を見据える。
その異常行動に僕らだけでなく、周囲のスタッフも見始めるが、木村さんは気づかない。
良くも悪くもマイペースな人だ。
「き、君たちぃ! 互いにライバル心を持つのは良いけど! ここはプロの現場なんだ。そういう心は抑えて、役に徹するというのも役者として必要な事だと思うよ!」
途中何度か詰まり、声を裏返らせながらもそう言った木村さんに光佑さんが笑顔で拍手をする。
そして光佑さんの拍手に対して周りのスタッフも続き、そんな称賛を受けた木村さんは恥ずかしそうに頭をぺこぺこと下げていた。
しかし光佑さんが褒めるならと、ボクは反省を見せる為に口を開いた。
「分かったよ」
「しょうがないなぁ」
しかし、多分向こうの方が遅かったけど、同じようなタイミングに、夢咲陽菜も話し始めていた為、僕達はまた睨み合う事になった。
互いに睨み合いながら威嚇する。
「こら。陽菜。天王寺君。喧嘩は駄目だって木村さんに言われたばかりだろう?」
「はぁーい」
「ごめんなさい。光佑さん」
「あれ? 何か僕の時と対応が、あれ!?」
僕はとりあえずこのままここに居ても仕方ないと、木村さんに行こうと言って準備をする為に奥の部屋に移動した。
良いさ。好きなだけ吠えればいい。
どうせ、素人のアイドルが出来る演技なんてたかが知れてるんだ。
徹底的に叩き潰して、お前なんかに時間を使ってる事が無意味だって証明してやる。
僕はそう心に決めて、戦いへと向かった。
とりあえず撮影の準備を終えて、椅子に座りながら今日の撮影風景を観察する。
現場に台本の通り動き回る自分を描きながら、どこに立つか、いつどのセリフを言うか。
目線は、動きは。
あらゆる情報を頭の中で描きながら、より完璧なものに仕上げてゆく。
より完璧に。姉である藤田陽花を応援しつつも、大好きな姉がアイドルになり、遠くへ行ってしまうという恐怖を抱えている弟の役を自分に叩き込んでゆく。
「天王寺さん。やり過ぎは厳禁ですよ。今回はあくまでも」
「分かってるよ。素人アイドルの演技をサポート。でしょ。分かってるって」
「それなら良いんですけど。くれぐれも、わざとアドリブ入れて困らせてやろうとかしないでくださいね」
「……その手があったか」
「天王寺さん!」
「分かってる。分かってるよ。冗談だ。光佑さんを困らせる様な事はしない」
「いや、困るのは夢咲さんなんですけど」
「……」
実際の所、アドリブなんて入れなくても、いきなり演技をやれと言われてまともに出来る人間なんてほぼ居ないだろう。
「あれ? 無視?」
まぁそれらしい物は描けるかもしれないが、それでも観ている人間にはそれが違和感となってしまう。
「天王寺さーん?」
演じるが、演じてはいけない。
必要なのは、カメラを通してこちらを観ている人々に、それらしく見せる技術だ。
「聞こえてますかー?」
まぁ中には登場人物そのものになってしまう様な人もいるというけれど。
それをするならその人物への深い理解が必要だ。理解し、それを関節の一つ、一つ。指先髪先に至るまで、模倣する。
憑依なんて言い方をする人もいたな。
「いや、そろそろ泣きそうなんですけど」
ならば夢咲陽菜のレベルはどのくらいかと言うと、正直分からない。
何故なら、アイツは今まで一度だって表舞台で演技をやっていないからだ。
しかし、アイツの本性と、普段の姿、そしてライブで見せたあの姿から考えると。もし、僕の期待通りなら……。
「面白くなるかもしれないな」
「いや、全然面白くないんですけど」
「は?」
「え? 何ですか、その。何言ってんだコイツ。みたいな目は」
「……木村さんはいつも元気ですね」
「ちょっと、突然の敬語止めてください! 何なんですか!?」
「何でもないですよ。木村さん……っと、出てきた」
「随分と時間が掛かりましたね」
「ま、見た目くらいしか良い所が無いからね。それを取り繕うのに時間が掛ったんでしょ」
「いや、でもそれにしては様子が」
「ふむ。面白そうだ。行ってみるか」
「ちょっと、天王寺さん!?」
僕は何やら言い争いをしている、夢咲陽菜の正式なマネージャーと、ぶつかっている山瀬佳織に近づいて行った。
光佑さん、そして周りのスタッフはとりあえず言い争いには参加せず、見ているだけの様だ。
そして何故か夢咲陽菜は当事者だろうに、私は関係ありませんみたいな顔をして台本を読んでいた。
どういう神経してるんだ。こいつ。
「何かトラブルですか?」
「あ。天王寺さん。それが……夢咲さんの持っていた台本が違う物だったらしくて」
「違う台本? どういう事ですか?」
「それが、何か別のドラマの台本を受け取っていたらしく、それで山瀬さんが、台本も覚えられてないなら主役なんて下ろせと言い出しまして」
「ふぅん」
「そんな事を言われても、そもそも渡された台本が違ったので」
「手違いで別の台本を渡されていたとしても。プロなら、題名を見ておかしいと、事前に聞いていた情報と違うとすぐに気づけるのでは無いですか?」
「それは、ですが、陽菜はドラマ以外にも活動を」
「アイドルで忙しいと言うのなら、役者なんてやらなければ良いでしょう? 出来ないなら出来ませんと言って、アイドルに、本職に戻れば良いでしょう!?」
なるほど。面倒な事になってるね。
ホント敵を作るのは上手いな。あの女。
でも、このまま夢咲陽菜が追い出されると、光佑さんも出て行っちゃうし。
適当にフォローして、夢咲陽菜に貸しでも作るか……。
なんて、考えていた僕の思考は、夢咲陽菜の言葉で遮られた。
「はい。終わり」
その声は、それなりに広い現場に響き、僕の耳にも届く。
そして多く注目を集めながら、夢咲陽菜は当たり前の様に、傲慢に、不遜に言い放つのだった。
「もう台本覚えたから、やろうか。第一幕」
しかし最初は毎日の様に来ていた光佑さんも、次第に来る頻度が落ちて、今では三日に一度くらいだ。
まぁ温めれば食べられて、美味しい物をいっぱい作り置きしてくれてるし、掃除とか家の事もやってくれる。
僕の相談にも乗ってくれるし、宿題も、ゲームも付き合ってくれる!
でも! 足りないのだ!!
それもこれも全部アイツのせいだ!!
僕は苛立ったまま車の後部座席にアイツの憎たらしい顔が乗った雑誌を投げ捨てた。
「あぁ、わざわざ買ってきたのに!」
「ヘン!」
「そんなにライバル視しなくても。彼女はアイドルで、こっちは役者ですよ」
「そうじゃない! そういう事じゃない!」
「難しい年ごろですねぇ」
「フン!」
「しかし、実際彼女の人気は凄いですねぇ。少し前にデビューしたばかりだと言うのに、誰も彼も彼女の話をしてますよ。流れ星の様に不意に現れ、煌びやかに夜空を彩り、私たちを魅了する。まさに流星のアイドル」
「何が流星だ。そのまま地面に落ちれば良いのに」
キラキラと笑顔を振りまいているが、アイツの本性はよく知ってる。
今思い出してもイライラするあの憎たらしい声!!
『もしもし、光佑さんですか?』
『誰?』
『あれ。この携帯は立花光佑さんの電話では無いですか? 僕、立花光佑さんにマネージャーをお願いしている天王寺颯真っていうんですけど』
『てんのうじ? あぁ、そうですか。残念ですけど、お兄ちゃんは今忙しいので、出られません』
『今。なるほど。ではいつ頃なら電話しても大丈夫でしょうか』
『ずっと駄目です』
『は?』
『お兄ちゃんはヒナのマネージャーをしていて、忙しいので、ずぅーっと駄目です』
『はぁ!? 何勝手な事言ってるんだ! 光佑さんに代われ!』
『やだ! もう掛けてこないでよね!』
『切られた!? ふざけやがって!』
『もう! しつこい!! お兄ちゃんはヒナの事で忙しいんだから。そっちの事はそっちでやってよね!』
『なら、誰だお前は!』
『夢咲陽菜! じゃあね!!』
『こいつ、また! って、着信拒否されてる!?』
結局あの後、事態に気づいた光佑さんが着信拒否を解除してくれたから良い物を。
いや、よくはない。まるで良くない。
ただ激しいマイナスが凄いマイナスになった程度だ。
絶対に許せん!
今日は徹底的に叩き潰して、如何にお前なんかに時間を使っているのが無駄か、教えてやる!
夢咲陽菜! 覚悟しろ!!
「くふ、くふふ。雑魚め」
「怪しい笑いしてるなぁ。でも、そんなに夢咲さんを敵視して大丈夫ですか? 今日から共演ですよ? しかも姉と弟役」
「大丈夫だよ」
「心配だなぁ」
「何も心配なんて要らないよ! 僕は天才役者だぞ! 夢咲陽菜なんて敵じゃない! 一撃で倒してやる!」
「いや、仲の良い姉弟って設定ですから。倒さないで下さい」
「分かってるよ。台本はもう頭に入ってる。僕の方は問題ないさ。問題があるとすれば、あのガキに演技が出来るのかどうか。って所だけ」
「いや、ガキって、天王寺さんの方が年下ですけどね」
「役者歴は僕の方が上だ!!」
「分かってます。分かってますって」
「ヘン!」
僕は口を尖らせながら流れていく窓の外を見る。
僕を待つのは夢咲陽菜。憎むべき宿敵だ。
絶対に負けん。
長々と車を走らせて着いた撮影現場で、僕は実に三日ぶりに懐かしい人と再会していた。
「光佑さん!」
「あぁ、天王寺君。おはようございます」
「おはようございます!」
「そういえば正式に紹介していませんでしたね。こちら、夢咲陽菜。そして陽菜。こちらが天王寺颯真君だ」
光佑さんの紹介に、光佑さんの背中に隠れていた僕より少し年上の女が顔を出した。
雑誌で見た時と変わらず、キラキラとした胡散臭い笑顔だ。
「あぁ、貴方が、天王寺颯真君かぁ。よろしくね。お兄ちゃんの大好きな妹の夢咲陽菜だよ」
「そうか。君が夢咲陽菜か。よろしく頼むよ。光佑さんの足を引っ張らない様に、さ」
「……どういう意味かなぁ」
「どうもこうも。時間は無限にある訳じゃないからさ。貴重な時間を才能のないアイドルの為に使うのは勿体ないんじゃないかって言ってるだけだよ」
「あぁ、そうだね。私もそれ、よく分かるよ。大して才能も無いくせに、ペラペラ余計な事しか言わない子供なんかの為に時間を使うのは、勿体ないよねぇ」
互いに笑顔のまま、斬り合う。
一歩も引かず、戦う僕たちに木村さんはあわあわと動揺していたが、光佑さんは堂々と笑っていた。
流石だ!
「あわ、あわ。た、立花さん。止めないと」
「良いんじゃないですか。そんなに年も変わらないみたいですし。仲良しで」
「えぇー? これが仲良しに見えるんですか?」
「まぁ私の知り合いに晄弘……あー、いや。大野と佐々木という友人が居るんですが、二人はライバル関係で。顔を合わせる度にこんな感じですけど。一緒にご飯も食べに行くし。結構仲いいみたいですよ」
「それは、多分確執が無いからだと思うんですけど」
「確執。と言いましても。二人は会ったばかりですし。まぁ緊張してるんでしょう。ハハハ」
「ハハハじゃないですよ。駄目だ。この人は頼れない。僕が何とかしなくては……!」
木村さんが空回りの気合を入れている姿を見て、僕は少し冷えた頭で冷静に彼の行動を見据える。
その異常行動に僕らだけでなく、周囲のスタッフも見始めるが、木村さんは気づかない。
良くも悪くもマイペースな人だ。
「き、君たちぃ! 互いにライバル心を持つのは良いけど! ここはプロの現場なんだ。そういう心は抑えて、役に徹するというのも役者として必要な事だと思うよ!」
途中何度か詰まり、声を裏返らせながらもそう言った木村さんに光佑さんが笑顔で拍手をする。
そして光佑さんの拍手に対して周りのスタッフも続き、そんな称賛を受けた木村さんは恥ずかしそうに頭をぺこぺこと下げていた。
しかし光佑さんが褒めるならと、ボクは反省を見せる為に口を開いた。
「分かったよ」
「しょうがないなぁ」
しかし、多分向こうの方が遅かったけど、同じようなタイミングに、夢咲陽菜も話し始めていた為、僕達はまた睨み合う事になった。
互いに睨み合いながら威嚇する。
「こら。陽菜。天王寺君。喧嘩は駄目だって木村さんに言われたばかりだろう?」
「はぁーい」
「ごめんなさい。光佑さん」
「あれ? 何か僕の時と対応が、あれ!?」
僕はとりあえずこのままここに居ても仕方ないと、木村さんに行こうと言って準備をする為に奥の部屋に移動した。
良いさ。好きなだけ吠えればいい。
どうせ、素人のアイドルが出来る演技なんてたかが知れてるんだ。
徹底的に叩き潰して、お前なんかに時間を使ってる事が無意味だって証明してやる。
僕はそう心に決めて、戦いへと向かった。
とりあえず撮影の準備を終えて、椅子に座りながら今日の撮影風景を観察する。
現場に台本の通り動き回る自分を描きながら、どこに立つか、いつどのセリフを言うか。
目線は、動きは。
あらゆる情報を頭の中で描きながら、より完璧なものに仕上げてゆく。
より完璧に。姉である藤田陽花を応援しつつも、大好きな姉がアイドルになり、遠くへ行ってしまうという恐怖を抱えている弟の役を自分に叩き込んでゆく。
「天王寺さん。やり過ぎは厳禁ですよ。今回はあくまでも」
「分かってるよ。素人アイドルの演技をサポート。でしょ。分かってるって」
「それなら良いんですけど。くれぐれも、わざとアドリブ入れて困らせてやろうとかしないでくださいね」
「……その手があったか」
「天王寺さん!」
「分かってる。分かってるよ。冗談だ。光佑さんを困らせる様な事はしない」
「いや、困るのは夢咲さんなんですけど」
「……」
実際の所、アドリブなんて入れなくても、いきなり演技をやれと言われてまともに出来る人間なんてほぼ居ないだろう。
「あれ? 無視?」
まぁそれらしい物は描けるかもしれないが、それでも観ている人間にはそれが違和感となってしまう。
「天王寺さーん?」
演じるが、演じてはいけない。
必要なのは、カメラを通してこちらを観ている人々に、それらしく見せる技術だ。
「聞こえてますかー?」
まぁ中には登場人物そのものになってしまう様な人もいるというけれど。
それをするならその人物への深い理解が必要だ。理解し、それを関節の一つ、一つ。指先髪先に至るまで、模倣する。
憑依なんて言い方をする人もいたな。
「いや、そろそろ泣きそうなんですけど」
ならば夢咲陽菜のレベルはどのくらいかと言うと、正直分からない。
何故なら、アイツは今まで一度だって表舞台で演技をやっていないからだ。
しかし、アイツの本性と、普段の姿、そしてライブで見せたあの姿から考えると。もし、僕の期待通りなら……。
「面白くなるかもしれないな」
「いや、全然面白くないんですけど」
「は?」
「え? 何ですか、その。何言ってんだコイツ。みたいな目は」
「……木村さんはいつも元気ですね」
「ちょっと、突然の敬語止めてください! 何なんですか!?」
「何でもないですよ。木村さん……っと、出てきた」
「随分と時間が掛かりましたね」
「ま、見た目くらいしか良い所が無いからね。それを取り繕うのに時間が掛ったんでしょ」
「いや、でもそれにしては様子が」
「ふむ。面白そうだ。行ってみるか」
「ちょっと、天王寺さん!?」
僕は何やら言い争いをしている、夢咲陽菜の正式なマネージャーと、ぶつかっている山瀬佳織に近づいて行った。
光佑さん、そして周りのスタッフはとりあえず言い争いには参加せず、見ているだけの様だ。
そして何故か夢咲陽菜は当事者だろうに、私は関係ありませんみたいな顔をして台本を読んでいた。
どういう神経してるんだ。こいつ。
「何かトラブルですか?」
「あ。天王寺さん。それが……夢咲さんの持っていた台本が違う物だったらしくて」
「違う台本? どういう事ですか?」
「それが、何か別のドラマの台本を受け取っていたらしく、それで山瀬さんが、台本も覚えられてないなら主役なんて下ろせと言い出しまして」
「ふぅん」
「そんな事を言われても、そもそも渡された台本が違ったので」
「手違いで別の台本を渡されていたとしても。プロなら、題名を見ておかしいと、事前に聞いていた情報と違うとすぐに気づけるのでは無いですか?」
「それは、ですが、陽菜はドラマ以外にも活動を」
「アイドルで忙しいと言うのなら、役者なんてやらなければ良いでしょう? 出来ないなら出来ませんと言って、アイドルに、本職に戻れば良いでしょう!?」
なるほど。面倒な事になってるね。
ホント敵を作るのは上手いな。あの女。
でも、このまま夢咲陽菜が追い出されると、光佑さんも出て行っちゃうし。
適当にフォローして、夢咲陽菜に貸しでも作るか……。
なんて、考えていた僕の思考は、夢咲陽菜の言葉で遮られた。
「はい。終わり」
その声は、それなりに広い現場に響き、僕の耳にも届く。
そして多く注目を集めながら、夢咲陽菜は当たり前の様に、傲慢に、不遜に言い放つのだった。
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