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3話
しおりを挟むハルの冷たくも柔らかい手の感触に酔いしれながら、廊下を歩く。すれ違う生徒達の視線が彼女と、彼女に手を引かれている私に突き刺さる。
「え、何であの2人?」
「さぁ…?まぁ、ハルだしああいうヤツも平気なんじゃない?」
いつも小石の様な言葉を浴びせてくる子達でさえ、今はハルの光に当てられドロっとした影が薄くなっている。
まるで私の世界から不純物が溶け出た様に、自然と足取りも軽くなる。
(ハル…ハル…)
その名前すら暖かい気がして、このまま昼休みが終わるまでレオが見つからなければ良いと思った。
ーーけれど。
「あ、見つけたー!レオぽーん!」
ハルの弾んだ声とは裏腹に、私の心には少し冷気が混じった。
(見つかって、しまった…)
反射的にそう思ってしまった自分に、思考が追い打ちをかける。あんなに一杯になっていたレオへの感情が、いつの間にか薄れて、今の今までハルで上書きされていた。
(さっきまでレオも内側に居たはずなのに…)
彼への醜い感情で埋め尽くされていた私の心臓は、レオの居場所を小さくして一瞬のけものにした事を怒った様に、主張してきた。
ドクン
と、助骨を軋ませる様な鼓動。それが、レオへの愛情なのか、彼を忘れていた自分への仕返しなのか、私には判断できずにいた。
(レオ…レオ…ハル…)
レオの名前を呪文の様に唱えても、繋いだ手の感触と私に向けられた言葉達が、光を放つ。
その光に焼かれる度、レオへの想いはハルへとすり替わっていく。
「ーーお、ハル!それにー」
踊り場で振り返ったレオの顔。
目を見開いた彼の視線に、私の心は穏やかに反応する。
トクン
トクン
心臓を握られる様な感覚は、もうない。
(……レオは…消えてない、よね)
彼が私の心臓の一部を構成している事を再確認しながら、自分に言い聞かせる様に、その静かな鼓動を確かめる。
誰かに寄生する事で動いている私の心臓は
確実にハルを主と認識し、黒光りしていく。
レオとは違う、焦げ付く様な黒。
一度触れたら2度と元には戻らないと思わせる、圧倒的な何かが彼女にはある。
彼女へ小さな恐怖心が、そう思わせた。
「お前ら、、……いや、ハル。お前また強引に連れて来ただろ」
困ったような、けれどどこか嬉しそうに笑いかけるレオを見ながら、この健全な空間が私には酷く異質なものに思えた。
「強引じゃないよー。ほら、仲良し!」
ハルは繋いだままの手を軽く上げて、レオに見せた。
パッと花が咲いた様な彼女の笑顔は、それだけでこの場の空気を明るくし、同時に濃い影を落とす。
「……まぁ、お前が楽しそうなら良いけど」
レオの手が、ハルの頭を優しく撫でる。
彼の手にふわふわの髪が絡まっていくと同時に、ハルの表情に幸せが満ちていく。
まるで映画のワンシーンを見てる様な錯覚に
この純粋な幸福を、クローゼットの奥へ隠してしまいたい衝動に駆られた。
私は吸い寄せられる様に、彼女の制服についたゴミを払うフリをしてそこにあった細い髪を握りしめ、手の内へ隠した。
(ーーこれで、2人の幸福は無くならない)
手のひらの中で丸まってる1本の髪。
それは私にとって、今のこの光景を永遠に閉じ込めておけるタイムカプセルの様なもの。
(新しい箱、買わなきゃ…)
クローゼットの奥にあるレオの箱は何の変哲もない、シンプルな木箱。だけど、ハルにその箱は似合わない。
ハルの光が漏れ出て来ない様な
もっと重厚な造りの物がいい。
レオのものより何重にも鎖をかけて、南京錠も倍に増やそう。そうすれば、外側の不純物から"ハル"を護れる。
「ーー一緒に探してくれたんだよ。ね?」
ハルがレオにここまで二人で来た経緯を話していた気もするが、その言葉は今の私には残らなかった。
ただ、最後に投げかけられた一言が、私の庇護欲を肯定する許可を与えてくれた気がした。
ーーその後、彼女に肯定された事で私の歪んだ愛情は速度を上げていき、私のハルコレクションは直ぐに崇高な光で埋め尽くされてしまった。
レオの知らない彼女の音。
私にしか知らされてない、女子特有の悩み。
細い髪や、貰った食べ物のパッケージ袋。
一つ一つ壊れない様に、丁寧に保管していった。
その行為が、地獄への片道切符を一枚ずつ拾い集めていたのだと知る由もなく。
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