西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す

秦江湖

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床下の密会

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「ったく、生意気なガキどもだ」

     俺は悪態をつきながら、脱衣所の床にある点検口を開けた。 ムッとした腐敗臭が立ち昇る。 この屋敷はイカれてる。入った瞬間から、肌にまとわりつくような視線を感じるんだ。

「ほらよっと……」

     懐中電灯を口にくわえ、床下へと潜り込む。 狭い。暗い。そして、異常に濡れている。 地面の土は泥沼のようにぬかるみ、這い進むたびにズブズブと膝が沈む。


     犬飼刑事から「詰まりの解消」とだけ聞かされていた。 だが、相場より高い報酬と、この屋敷の雰囲気。 どうせ、ヤクザもんの死体の一部でも流したんだろう。 俺はそんな現場をいくつも見てきた。追加料金をふんだくって、見なかったことにしてやる。それが俺の流儀だ。

「ここか」

     キッチンの真下あたり。 塩ビパイプの継ぎ目にたどり着く。 耳を澄ますと、管の中で何かが詰まっている音がする。 ゴボッ……ジュルッ……。

「へへ、何が出てくるやら」

     モンキーレンチを取り出し、接続部のナットを緩めた。 少し緩めただけで、黒い汁がポタポタと垂れてくる。
一気に外す。

ドロッ……!!

「うおっ!?」

     大量のヘドロが、俺の顔めがけて噴き出した。 俺は慌てて避けたが、肩と腕がドロドロに汚れた。 強烈な臭い。吐き気がする。

「なんだこりゃ……髪の毛か?」

     ライトを向ける。 床に散らばったヘドロの中に、黒い塊があった。 長い髪の毛の束だ。 だが、それだけじゃない。髪の毛に絡まって、白いものが混じっている。 溶けかけの、白い脂肪の塊。 

  そして――

「……指?」

     俺は息を呑んだ。 人間の指だ。爪が半分剥がれかけ、骨が見えている。 一本じゃない。十本、二十本……いや、もっとある。 まるで、大勢の人間がこの細い管の中に押し込められ、地獄から這い上がろうとしていたかのように。

「な、なんだこれ……!?」

     俺は後ずさった。 これは「死体遺棄」なんてレベルじゃねえ。 この屋敷の住人――あの綺麗な兄妹は、ここで「何」をしてやがる?

     逃げなきゃいけない。 金なんてどうでもいい。ここに関わっちゃいけない。

     俺は這いつくばって、点検口の方へ戻ろうとした。 その時だ。

ギシッ……。

    頭上で音がした。 すぐ真上の床板。板と板の隙間から、微かな光が漏れている。 誰かが、上から覗いている。

「……あ?」

    隙間越しに、目があった。 逆光で顔は見えない。だが、異様な残虐性を帯びた瞳だけが見える。 あの車椅子のガキだ。

「……見つかっちゃったね」

     男の声が、床板越しに優しく響いた。 それは、恋人に語りかけるような、甘い声だった。

「そこは叔父様の寝室なんだ。  寂しがり屋でね。ずっと、話し相手を待っていたんだよ」

「お、おい! 冗談じゃねえぞ! 金はいらねえ、ここから出し――」

    俺が叫ぼうとした瞬間、足首に冷たいものが触れた。 泥? いや、違う。 俺は恐る恐る、足元へライトを向けた。


    ヘドロの中から溢れ出した「黒い髪の毛」が、生き物のように俺の足首に巻き付いていた。

「ひッ……!?」

「ああ、そうだ。  君、少し太りすぎだよ。……脂肪が多いと、また管が詰まってしまう」

次の瞬間、床板の隙間がバタリと塞がれた。 光が消えた。完全な闇。

「ま、待て! 開けろ! 開けてくれぇぇぇッ!!」

    ズルッ。 

    足首を引かれた。 強い力だ。人間じゃない力で、俺の身体が奥へ――あのヘドロの吹き溜まりへと引きずり込まれていく。

「いやだ! いやだぁぁぁッ!!」

     暗闇の中で、何かが這い寄ってくる気配がした。 配管から溢れた叔父の怨念か、それとも、この家の土台に巣食う本物の化け物か。

     俺の口の中に、泥と髪の毛がねじ込まれた。 悲鳴は、詰まった喉の奥に押し戻され、誰にも届かなかった。


***


     数時間後。 キッチンのシンクからは、水がゴウゴウと勢いよく流れ始めた。 少しだけ赤く濁った水が、地下の闇へと吸い込まれていく。 

     あたしは満足そうに微笑み、お兄様のために焼いたミートパイをテーブルに並べた。

    雨音に混じって、床下からはもう何も聞こえなかった。
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