「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖

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氷のお城の過保護な主

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目が覚めた時、アデリーンは自分が雲の上にいるのかと思った。 

それほどまでに、全身を包む感触が柔らかく、温かかったのだ。


(……ここは……?)


 ゆっくりと瞼を持ち上げると、視界に飛び込んできたのは、重厚な石造りの高い天井と、見事な彫刻が施された天蓋付きのベッドだった。

 黄金の国のような華美な金細工はないが、深みのある濃紺のカーテンと、上質な毛皮の毛布が、落ち着いた気品を漂わせている。  ふわり、と横で何かが動いた。

「くぅ、ん」

 雪原で助けた白銀の仔狼――聖獣だった。すっかり元気を取り戻したのか、仔狼はアデリーンの頬をペロリと舐めると、満足そうに喉を鳴らして彼女の胸元に丸まった。

「……夢じゃなかったのね」

 アデリーンが身を起こすと、寝室の大きな扉が音もなく開いた。

「お目覚めですか、アデリーン様」

 入ってきたのは、整った身なりの年配の侍女だった。彼女は深々と頭を下げると、信じられないほど穏やかな微笑みを浮かべた。

「ここはノースガル公爵城、主(あるじ)の私邸棟にございます。私は侍女長のマーサ。公爵閣下より、あなた様のお世話を仰せつかっております」

「閣下の、私邸……? 私は追放された身です。客間か、地下の牢に入れられるものだと……」

「まあ、冗談を。閣下が自ら女性を抱きかかえてこの部屋へ連れてこられたのは、開城以来初めてのことにございますよ。それに、閣下はこう仰いました。『この方は我が国の至宝となる方だ。髪の毛一本たりとも損なわせるな』と」

 至宝、という言葉にアデリーンは耳を疑った。黄金の国では「欠陥品」と罵られ、実の兄たちからも捨てられたというのに。

 マーサの手を借りて身なりを整え(用意されていた寝衣は、最高級のシルクだった)、アデリーンは城の食堂へと案内された。  そこで待っていたのは、漆黒の軍服を脱ぎ、ゆったりとしたガウンを纏ったゼノスだった。朝日を浴びる彼のアイスブルーの瞳は、雪原で見た時よりもずっと深く、神秘的な輝きを放っている。

「座れ。北方の食事は口に合うかわからんが、まずは腹を満たせ」

 ゼノスの言葉に従い、アデリーンは目の前の料理を見て息を呑んだ。  新鮮な冬野菜のスープ、焼き立てのパン、芳醇な香りの燻製肉。どれもが、黄金の国で食べていた贅沢な宮廷料理よりも「力」に満ちているように感じられた。

「……美味しいです。こんなに温かい食事、久しぶりで……」

 思わず瞳を潤ませるアデリーンを見て、ゼノスは眉を寄せ、不器用に視線を逸らした。

「……黄金の国の公爵家では、まともな飯も食わせていなかったのか。あそこは表面だけを取り繕うのが得意な国だとは聞いていたが」

「いえ、食事は与えられていました。ただ……一人で食べる食事は、いつも冷たく感じていたのかもしれません」

 アデリーンの寂しげな微笑みに、ゼノスの指先がわずかにピクリと動いた。彼は無言で、彼女の皿にさらに肉を切り分けると、ぶっきらぼうに言った。

「ノースガルでは、鑑定結果などという不確かなもので価値は決めん。厳しい冬を越えるには、実力と、守るべき者への忠誠こそがすべてだ。聖獣を調律し、私の領地の嵐を鎮めたお前の力……。あれは呪いなどではない。神の祝福だ」

「祝福……。でも、私の力は水晶を黒く染めるだけの『無能』だと」

「無能なわけがあるか。水晶が耐えきれなかっただけだ。あんな安物の魔法具では、お前の膨大な、そして深淵のような器を測りきれなかった。……ただそれだけの話だ」

 さらりと言い切ったゼノスの言葉は、アデリーンの心を、重い呪縛から解き放つ魔法のようだった。  食後、ゼノスはアデリーンを城のバルコニーへと連れ出した。そこからは、雪に覆われた美しい城下町と、遠くそびえる山々が一望できた。

「アデリーン、一つ聞きたい。お前が持っていたあの鞄……中身を自覚しているか?」

 ゼノスが指し示したのは、次男シルヴェスターが放り投げた古びた鞄だ。  中にはあの外套の他に、見たこともない複雑な魔法陣が刻まれた魔導具がいくつか入っていた。

「お兄様が『ガラクタ』だと言って持たせてくれたものですが……」

「ガラクタ、だと? ふん、皮肉の効いた奴だ。これらはいずれも、国家予算を傾けかねない超高純度の魔石を使った、特級の護身具だ。……特にお前が羽織っていたあの外套。あれには、装備者の命に危険が及んだ際、周囲数百メートルを瞬時に灰にする『自衛魔法』が仕込まれている」

 アデリーンは絶句した。  冷たく、無関心を装っていたシルヴェスター。だが彼は、妹が極寒の地で誰かに襲われることまで想定し、最強の武器を持たせていたのだ。

「……マクシミリアンお兄様も、シルヴェスターお兄様も、ファビアンお兄様も。本当は、私のことを……」

「確信は持てんがな。だが、黄金の国の連中は、とんでもない損失を出したことだけは確かだ。……現に、あちらの国ではすでに『報い』が始まりつつある」

 ゼノスの視線の先、南の空。  そこにあるはずの「黄金の光」が、かつてより心なしか、どんよりと濁って見えた。




一方、黄金の国「ルミナリス」――。
 王立神殿。かつてアデリーンを断罪した第一王子エリオットは、真っ青な顔で神官を怒鳴りつけていた。

「どういうことだ! なぜ今日、太陽が昇らない! 精霊たちが一斉に沈黙したというのか!?」

「わ、わかりません……。聖なる泉は涸れ、魔法植物も枯れ始めております。まるで、この国の『運気』が根こそぎ奪われたかのような……」

 国を支える魔力が、急速に失われていた。  アデリーンという「聖獣の調律師」がいなくなったことで、この国がこれまで密かに受けていた『世界の加護』が消え去ったのだ。

 混乱する宮廷の片隅で。  長男マクシミリアンは、無表情に剣を磨いていた。  次男シルヴェスターは、暗い研究室で何かの計算に没頭していた。  三男ファビアンは、扇子で口元を隠し、冷え冷えとした瞳で王子を眺めていた。

「……さて。そろそろ、反撃の準備を始めようか、兄さんたち」

 ファビアンの低い囁きに、マクシミリアンが短く応える。

「ああ。アデリーンを泣かせた代償、たっぷり払わせてやる」

 黄金の国の崩壊は、今、始まったばかりだった。
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