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凍りつく王国と、兄たちの密書
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嵐のような舞踏会の翌朝、ノースガル公爵城はしんしんと降り積もる雪のような静寂に包まれていた。
アデリーンは、自室の窓辺でスノウを膝に乗せ、遠く南の空を眺めていた。昨夜、地下牢へと連行されていったカイルの叫びが、今も耳の奥に残っている。
『助けてくれ……! 王国は、もう滅茶苦茶だ!』
黄金の国ルミナリス。かつて自分がすべてを捧げて愛そうとした故郷が、今や崩壊の縁にあるという。
アデリーンはふと、部屋の隅に置かれたあの「古びた鞄」に目を止めた。次男シルヴェスターが「ガラクタ」として投げ与えた、あの鞄だ。中にはゼノスが驚愕したほどの超一級の護身具が詰まっていたが、まだ調べていない底の方に、小さな、古びた魔導書のようなものが紛れているのに気づいた。
「……これは、何かしら?」
アデリーンがその本を手に取ると、表紙にはベルグラード家の家紋が、ごく小さく刻まれていた。
だが、いくらページをめくろうとしても、紙は岩のように固く、びくともしない。まるで、強力な封印が施されているかのようだった。
「クゥ、ン……」
スノウが鼻先で本を突き、アデリーンの『銀の扇子』を前足で叩いた。
聖獣の直感だろうか。アデリーンは頷き、扇子を広げて本の上で静かに揺らした。
黒の沈黙――。
鑑定の水晶を黒く染め上げた彼女の『調律』の力が、本の表面を覆っていた強固な魔法回路を優しく解いていく。 カチリ、と小さな音がした。
封印が解け、本の中から一枚の薄い羊皮紙が滑り落ちた。そこには、見覚えのある三人の筆跡が、整然と、けれど切迫した様子で並んでいた。
『愛するアデリーンへ。 この手紙を読んでいるということは、お前が無事に北の地へ辿り着き、自らの力に目覚めたということだろう。 突然の追放、そして心ない言葉を浴びせたことを許してほしい。 王家は、鑑定不能の結果を出したお前を「呪われた子」として、秘密裏に処刑する決定を下していたのだ。 我ら兄三人がどれほど抗おうと、狂った王と王子の決定は覆せなかった。 ゆえに、我らはお前を「追放」という形でルミナリスから物理的に切り離し、ゼノス公爵の元へ逃がす道を選んだ。 北の公爵は偏屈だが、実力と誠実さを兼ね備えた男だ。彼ならば、お前の真の価値を理解し、守ってくれると信じている』
アデリーンの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
あの日、マクシミリアンが自分を突き放した冷たい声。
シルヴェスターがガラクタを投げた蔑むような目。
ファビアンの嘲笑。
そのすべてが、自分を「処刑」という最悪の運命から遠ざけるための、血を吐くような演技だったのだ。
『アデリーン、今はまだ戻ってきてはいけない。 我々は今、お前を傷つけたこの腐った国を内側から作り変えている。 王家が掲げる「光の加護」が偽りであることを証明し、お前を「聖女」として迎え入れる準備が整うまで、どうかその地で笑っていてくれ。 お前を泣かせた代償は、我々が必ずこの国に支払わせる。 ――お前の幸せだけを願う、三人の兄より』
手紙を抱きしめ、アデリーンは声を殺して泣いた。 捨てられたのではなかった。自分は、これほどまでに愛されていたのだ。
「……アデリーン?」
背後から、ゼノスの落ち着いた声がした。
振り返ると、彼は戸口に立ち、泣きじゃくる彼女を痛ましげに見つめていた。アデリーンは駆け寄り、ゼノスの逞しい胸に顔を埋めた。
「閣下……お兄様たちは、私を守ろうとして……!」
アデリーンは、震える手で手紙をゼノスに見せた。
内容を一読したゼノスの表情に、わずかな苦笑が浮かぶ。
「……なるほどな。あの三人が揃いも揃って妹を捨てるとは妙だと思っていたが。……ルミナリスの騎士団長に魔導師長、それに社交界の黒幕か。とんでもない『身内』をお持ちだな、お前は」
ゼノスはアデリーンの頭を大きな手で優しく撫で、そのまま彼女を独占するように抱き寄せた。
「だが、アデリーン。……お前の兄たちが国をどうしようと勝手だが、お前を『迎えに来る』というのなら、話は別だ」
「え……?」
「今の私は、お前を誰にも渡したくない。たとえそれが、お前を救った兄たちであってもだ。……お前を鑑定不能と断じたあの国も、お前を取り戻そうとする者たちも、私の前では等しく敵に等しい」
ゼノスの腕に力がこもる。その独占欲は、もはや庇護という枠を超え、深い情愛へと変貌していた。 彼はアデリーンの涙を親指で拭うと、その額に長く、深い接吻を落とした。
「お前はもう、ルミナリスの公爵令嬢ではない。ノースガルの『至宝』だ。……兄たちの手紙は受け取っておけ。だが、返事は出すな。……お前の心も体も、すべてを私に預けるのだ」
その重いほどの愛に、アデリーンは静かに目を閉じた。
兄たちの愛を知り、そして目の前の男の、激しいまでの愛を知った。
黄金の国から切り捨てられたはずの少女は、今、世界で最も贅沢な愛に包まれていた。
♢
一方、ルミナリス王国――王宮。
第一王子エリオットは、荒れ果てた自室で酒に溺れていた。
「なぜだ……! なぜ誰も私の言うことを聞かんのだ!」
王宮の騎士たちは訓練を拒否し、魔導師たちは「研究」と称して各々の領地へ引き上げた。すべては、マクシミリアンとシルヴェスターが裏で手を引いている結果だった。
そこへ、ファビアンが優雅な足取りで現れる。
「殿下、お困りのようですね。……おや、ノースガルへ送ったカイル様が、公爵の地下牢で『すべて』を白状したという噂が届きましたよ?」
「な、なんだと……!? すべてとは何をだ!」
「さあ? 『アデリーン様を無能に仕立て上げ、王家の魔力を水増しするために彼女の調律の力を盗もうとしていた計画』……とかでしょうか?」
ファビアンの蛇のような微笑に、エリオットが凍りつく。
兄たちの反撃は、もはや「嫌がらせ」の段階を過ぎていた。
彼らはアデリーンを救い出すための『大義名分』を、着々と、そして冷酷に作り上げていた。
「アデリーン。……もう少し待っていてね。次に会う時は、君を裏切ったすべての人間が跪く、最高の景色を見せてあげるから」
王都の空には、不吉なまでの『黒の沈黙』が、ゆっくりと広がり始めていた。
アデリーンは、自室の窓辺でスノウを膝に乗せ、遠く南の空を眺めていた。昨夜、地下牢へと連行されていったカイルの叫びが、今も耳の奥に残っている。
『助けてくれ……! 王国は、もう滅茶苦茶だ!』
黄金の国ルミナリス。かつて自分がすべてを捧げて愛そうとした故郷が、今や崩壊の縁にあるという。
アデリーンはふと、部屋の隅に置かれたあの「古びた鞄」に目を止めた。次男シルヴェスターが「ガラクタ」として投げ与えた、あの鞄だ。中にはゼノスが驚愕したほどの超一級の護身具が詰まっていたが、まだ調べていない底の方に、小さな、古びた魔導書のようなものが紛れているのに気づいた。
「……これは、何かしら?」
アデリーンがその本を手に取ると、表紙にはベルグラード家の家紋が、ごく小さく刻まれていた。
だが、いくらページをめくろうとしても、紙は岩のように固く、びくともしない。まるで、強力な封印が施されているかのようだった。
「クゥ、ン……」
スノウが鼻先で本を突き、アデリーンの『銀の扇子』を前足で叩いた。
聖獣の直感だろうか。アデリーンは頷き、扇子を広げて本の上で静かに揺らした。
黒の沈黙――。
鑑定の水晶を黒く染め上げた彼女の『調律』の力が、本の表面を覆っていた強固な魔法回路を優しく解いていく。 カチリ、と小さな音がした。
封印が解け、本の中から一枚の薄い羊皮紙が滑り落ちた。そこには、見覚えのある三人の筆跡が、整然と、けれど切迫した様子で並んでいた。
『愛するアデリーンへ。 この手紙を読んでいるということは、お前が無事に北の地へ辿り着き、自らの力に目覚めたということだろう。 突然の追放、そして心ない言葉を浴びせたことを許してほしい。 王家は、鑑定不能の結果を出したお前を「呪われた子」として、秘密裏に処刑する決定を下していたのだ。 我ら兄三人がどれほど抗おうと、狂った王と王子の決定は覆せなかった。 ゆえに、我らはお前を「追放」という形でルミナリスから物理的に切り離し、ゼノス公爵の元へ逃がす道を選んだ。 北の公爵は偏屈だが、実力と誠実さを兼ね備えた男だ。彼ならば、お前の真の価値を理解し、守ってくれると信じている』
アデリーンの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
あの日、マクシミリアンが自分を突き放した冷たい声。
シルヴェスターがガラクタを投げた蔑むような目。
ファビアンの嘲笑。
そのすべてが、自分を「処刑」という最悪の運命から遠ざけるための、血を吐くような演技だったのだ。
『アデリーン、今はまだ戻ってきてはいけない。 我々は今、お前を傷つけたこの腐った国を内側から作り変えている。 王家が掲げる「光の加護」が偽りであることを証明し、お前を「聖女」として迎え入れる準備が整うまで、どうかその地で笑っていてくれ。 お前を泣かせた代償は、我々が必ずこの国に支払わせる。 ――お前の幸せだけを願う、三人の兄より』
手紙を抱きしめ、アデリーンは声を殺して泣いた。 捨てられたのではなかった。自分は、これほどまでに愛されていたのだ。
「……アデリーン?」
背後から、ゼノスの落ち着いた声がした。
振り返ると、彼は戸口に立ち、泣きじゃくる彼女を痛ましげに見つめていた。アデリーンは駆け寄り、ゼノスの逞しい胸に顔を埋めた。
「閣下……お兄様たちは、私を守ろうとして……!」
アデリーンは、震える手で手紙をゼノスに見せた。
内容を一読したゼノスの表情に、わずかな苦笑が浮かぶ。
「……なるほどな。あの三人が揃いも揃って妹を捨てるとは妙だと思っていたが。……ルミナリスの騎士団長に魔導師長、それに社交界の黒幕か。とんでもない『身内』をお持ちだな、お前は」
ゼノスはアデリーンの頭を大きな手で優しく撫で、そのまま彼女を独占するように抱き寄せた。
「だが、アデリーン。……お前の兄たちが国をどうしようと勝手だが、お前を『迎えに来る』というのなら、話は別だ」
「え……?」
「今の私は、お前を誰にも渡したくない。たとえそれが、お前を救った兄たちであってもだ。……お前を鑑定不能と断じたあの国も、お前を取り戻そうとする者たちも、私の前では等しく敵に等しい」
ゼノスの腕に力がこもる。その独占欲は、もはや庇護という枠を超え、深い情愛へと変貌していた。 彼はアデリーンの涙を親指で拭うと、その額に長く、深い接吻を落とした。
「お前はもう、ルミナリスの公爵令嬢ではない。ノースガルの『至宝』だ。……兄たちの手紙は受け取っておけ。だが、返事は出すな。……お前の心も体も、すべてを私に預けるのだ」
その重いほどの愛に、アデリーンは静かに目を閉じた。
兄たちの愛を知り、そして目の前の男の、激しいまでの愛を知った。
黄金の国から切り捨てられたはずの少女は、今、世界で最も贅沢な愛に包まれていた。
♢
一方、ルミナリス王国――王宮。
第一王子エリオットは、荒れ果てた自室で酒に溺れていた。
「なぜだ……! なぜ誰も私の言うことを聞かんのだ!」
王宮の騎士たちは訓練を拒否し、魔導師たちは「研究」と称して各々の領地へ引き上げた。すべては、マクシミリアンとシルヴェスターが裏で手を引いている結果だった。
そこへ、ファビアンが優雅な足取りで現れる。
「殿下、お困りのようですね。……おや、ノースガルへ送ったカイル様が、公爵の地下牢で『すべて』を白状したという噂が届きましたよ?」
「な、なんだと……!? すべてとは何をだ!」
「さあ? 『アデリーン様を無能に仕立て上げ、王家の魔力を水増しするために彼女の調律の力を盗もうとしていた計画』……とかでしょうか?」
ファビアンの蛇のような微笑に、エリオットが凍りつく。
兄たちの反撃は、もはや「嫌がらせ」の段階を過ぎていた。
彼らはアデリーンを救い出すための『大義名分』を、着々と、そして冷酷に作り上げていた。
「アデリーン。……もう少し待っていてね。次に会う時は、君を裏切ったすべての人間が跪く、最高の景色を見せてあげるから」
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