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本編
罠にかかったうさぎ
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トール様のお屋敷で暮らすようになって10日。
毎晩エッチをしているからか、魔力足らずの発情もないし、衣食住は豪華すぎるくらい足りているし、旦那様は優しいし、そういう意味では不便なことはないのだけれども。
「あの…」
朝食は共にとろうと言ってくれて、律儀に毎朝向かいに座ってくれる、今まさに綺麗な所作でパンを口に運んでいるトール様に尋ねる。
「家に帰って良いですか?」
「え」
固まったトール様に一瞬首を傾げるもの、俺はすぐに誤解されていることに気がついて「いやいやいやいや、違います!」と訂正した。
「実家に帰らせていただきます的なことじゃなくてですね!その、荷物を取りに行きたくて」
「身の回りのものには、一切不自由はさせてないと思いますが?」
執事さん(ラグルさんと言うらしい)が「一切」に妙に力を入れて少し嫌味な顔をする。
なーんか、この人俺のことあんまり気に入ってないっぽいんだよな。
あんたが俺を連れてきたんだし、思惑通りご主人様の魔力過多を収めたんだからちょっとくらい感謝してくれたってバチは当たらないはずなのに。(実際、他の使用人さんからはお礼言われた)
「ラグル、俺の妻にその物言いはどう言うことだ」
「っ、申し訳ございません」
やーい、トール様に叱られてやんのー。とか思っちゃう性格の悪い俺は置いておいて。
「おかげさまで生活に不便はありませんよ。ただ、仕事道具とか、そういうの取りに言いたいだけです」
「仕事道具?」
「あれ、ラグルさんから情報きてませんか?俺、街のアクセサリー職人さんなんですよ」
魔力欠乏症の個体は、いつ発情するかわからない。
すけべなことにオープンな俺でも、流石に人がいる場所でよがるのは勘弁被りたい。
そうなると、必然的に基本家で1人でできる仕事に就くことになる。
俺が選んだのは、いわゆる庶民向けのアクセサリーを作る職人だった。
「君1人くらい軽く養えるが…、その感じだと仕事が好きなタイプだな、マルスは」
「トール様大当たりー」
俺が笑って拍手したらラグルさんが睨んできた。なんでだよ。夫婦の微笑ましいやり取りじゃんよ。
「トール様の伴侶なのに手仕事商売して良いかどうか、とかそういうのはまた追々相談させてもらうとして。俺、何か作ってないとソワソワするんですよ。もう生活の一部だし、半分くらい趣味でもあったので」
そして、それらの道具は、親の形見でもある。
ちなみに、親がもういないことだけは、前、ご両親に挨拶を…という流れで伝えてある。あと、俺はトール様のご両親には会わなくていいそうだ。(なにやらめんどくさい空気がしたからそれ以上は聞いてない)
「なので、逃げたりしませんし、なんなら見張りつけてもらっても構わないので、家に荷物取りに行かせて欲しいです。あと大家さんに部屋の引き払いの手続きとか挨拶とかもしたいし…」
「そうだな。その辺りのことを失念していて申し訳なかった。もちろん構わない」
トール様は少し考えてから、いつも窓際にいる少年に声をかけた。
少年がそばにやってきて一言二言交わした後、俺の方へ向く。
「見張りとは違うが、1人護衛はつけさせてもらおう。見た目通りまだ少年だが、腕の立つ子だ」
少年は俺にぺこりと頭を下げる。
「言葉を交わすのは初めまして、マルス様。チャコと申します」
「チャコさん。お手間おかけしますが、よろしくお願いします」
チャコさんは目をぱちくりと2度ほど瞬いて、「僕に敬語も継承も不要です」と言った。
俺は庶民だ。
正直、ここの屋敷にいる人たちの立ち位置というか、位がよくわからないので、基本的に敬語と敬称をつけて呼ぶようにしているのだけども。
どうしたものか、と思ってトール様をみたら、トール様は困ったように笑っていた。
「感覚的に難しいかもしれんが、私の伴侶と決まった時点で、この屋敷においてマルスの立ち位置は私の次点だ。使用人の中にも貴族はいるが、その者たちよりもマルスは上の立場になる。できる範囲からで構わないから、言葉遣いを直してもらえるとありがたいな」
「……努力します」
とりあえず、まずは目の前の少年から。
「チャコ、今日はよろしく」
「かしこまりました」
チャコはニコッと笑顔を返してくれた。
俺の家兼工房は、街の中心地から少し南に外れたところにある。
家兼工房なんていっても、ほんと小さな貸し屋だ。台所と、寝室と、ベッド二つ分ほどの広さの作業場。
急に連れてかれたから、あの日のまま。
「チャコ、俺の荷物ってまとめたらどうしたらいいんだろ」
「すぐに荷馬車が到着しますので、そちらにどんどん積み込んでもらえたら。不用物がありましたら、端にまとめておいてください。後ほど処分いたします」
「なるほど。じゃ、とりあえず持ってくもの選ぶかなー」
自慢だけど、物も少なく家は綺麗な方だから、引っ越し準備もさほど時間はかからないだろう。
魔力充填用スケベおもちゃ(全部ディルド)はどうすっかなぁ。まあ、まだ使ってないのが10本くらいあるし、それだけ持ってくか。勿体無いしね、何があるかわかんないし。一応マナーとして外から見えないように袋に入れて、やってきた荷馬車に積み込む。
使用済みのは…、ああよかった。ちゃんと捨ててあった。
流石にね、チャコに見られたらね、恥ずかしいよね。
「なんか、ほとんど持ってくことに決めちゃったけど、これ大丈夫?」
色々考えながら仕分けしていたけれど、気づけば捨てるものはほぼない、という状態だった。
処分品は衣服が数点と、食器や鍋くらいだろうか。
「大丈夫です。むしろ、少ないくらいで…。生活感のない家だなって思いましたけど、物が極端に少なかったからなんですね」
「そんなに生活感なかった?」
「はい。工房?でしょうか、そこにくらいしか…」
「そっかぁ」
生活感なかったかぁ…。
いやでも、正直思い入れもないしな、家に。
魔力欠乏症ってね、実は割と死が近い。
魔力が完全に尽きると死んでしまうのはどの種族でも同じだけど、欠乏症個体は、常に飢餓状態であるが故に、本当にギリギリっていうのが自分で見極めにくいんだそうで。
俺はわりと感覚でわかる方ではあるけれど、その辺鈍いと発情状態になってから、まだ大丈夫って思ってるうちにいきなりポックリ、みたいなのとかよくあるらしい。
あとは、金がなくて魔力補充の用品買えなかったからそのまま…とか、性欲を耐えきれなくて、人を襲って魔力吸い取離尽くして殺しちゃって…とかも。
生きてるだけで魔力って消費するものだけど、俺たち欠乏症個体はその消費率も高い。回復率も悪かったりする。
トール様みたいに過剰に作り出してしまう場合も危険だし、本当、魔力っていうシステムは厄介である。
なんにしても、いつ死ぬかわからないって思いが、生活感のなさとか思い入れのなさとか、そういうところに影響していたのかもしれない。
ま、いいんだけども。
「重要な道具だけは一応自分で持って…。あ、もし問題なければ大家さんに声かけて、アクセサリー卸してた店に挨拶に行きたいんだけど」
「大丈夫ですよ。荷馬車の分は先に届くように手配しておきます。部屋まで運ばせて良いですか?」
「助かりマス」
大家さんは突然のことにびっくりしてたけど、領主様のお役に立てるならあんたの体質も捨てたもんじゃないねぇ!とか割とデリカシーにかけること言われた。まあ、大家さんのこういうところ、好きだったりする。腫れ物に触るような扱いは、勘弁願いたいもので。
馴染みの店の方も、「あんたの商品よく売れるからさ、また卸せそうなら持ってきてくれや」とありがたいお言葉をいただいてしまった。
それぞれに深くお礼をいって、俺は屋敷へと戻る。
チャコはその間ずっと俺の半歩後ろを歩いていてくれた。
なんというか、チャコって少年なんだけど、その立ち振る舞いからかな、安心感と信頼感がすごい。
どう言う人生歩んできたらこんな空気感をゲットした少年が出来上がるのか…。ちょっと気になるけど気軽に突っ込んでイイことでもない気がするので、いつか知れたらいいな、くらいに留めておこう。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ、マルス様。お荷物はすべて部屋に運んでおります」
出迎えてくれたのはラグルさん。
相変わらずちょっとピリっとした空気で刺してくるけど、まあ、いいか、と俺はさっさと部屋へ行った。
俺の部屋は、トール様の部屋と扉ひとつでつながっている。
書斎と書斎を繋いでいる感じだ。(寝室はここから2部屋隣にあって、夫婦で一つ)
夫婦それぞれに書斎があるってことも含めて不思議な作りだなと思うけれど、トール様曰く、貴族の中では伴侶に書斎を与えて自身の書斎と繋ぐというのは一般的らしい。
うーん、金持ちの一般的って分からない。
けどまあ、ありがたくその部屋を使わせてもらって早10日。自分の荷物が入ると、なお自分の部屋という実感?が増えるものだ。
このまま作業部屋として整えさせてもらえたらありがたいなー…などと考えながら荷物整理をしていると、仕事で使っていた資材一式の中に、見覚えのない宝石が紛れ込んでいた。
黄色くて、ツヤツヤしている小さな石。
見たことのない宝石である。曲がりなりにも職人の俺、自分が使う宝石は基本ちゃんと覚えている。
どこで混ざったんだ?と思ってその石を手に取った瞬間だった。
ずるり、と体の魔力が持っていかれる。
「が、は!?」
急いで宝石を手放したが遅かった。
体感、7割は盗られた。立っていられなくて、その場に崩れ落ちる。
頭がおかしくなりそうな、性への欲求に「ひっ、ひっ」と変な呼吸になっていく。
「マルス様!?」
倒れた音を聞いたのか、チャコが飛び込んできたが、止めた。
理性と意識が飛んだら、チャコを襲ってしまうかもしれない。
「ちか、づ、いたら、だ、め…っ、あぐっ」
「ですが…っ」
とにかく、魔力充填しなくては。
そうだ、荷物の中にアレがある。
「おれ、の、荷物ッ、ひぐッ、ディルド、だし…て、ぇ…、ッく」
「え、ええと、でぃるど…?ですか?」
ああ、チャコ、そこはちゃんと子どもなんだね…。
スケベ道具しらないんだね…。
荷物見ながらオロオロしていてかわいいね。
でも、やばい、意識とびそう。
持ってかれたのは7割、いや、もうちょいかもしれない。
うわ、もしかして俺死ぬ?
「マルス!!」
チャコの声が聞こえたのだろうか、次に部屋に飛び込んできたのは、トール様だった。
「何が起きている!!」
チャコを怒らないで、という前に、トール様が床に転がった宝石に気づいた。
「これは…⁈っ、くそ!」
いうが早いか、トール様は俺を抱き上げて、寝室へと運び込む。
何をしようとしているかすぐにわかって、必死に止めた。
「だめ、だめです、トールさ…、うっく、…だ、めっ」
「だが、すぐシないとお前が死ぬぞ!!」
「あなた、今、過多状態、じゃ、ない、です…!殺し、て、しまう!!」
必死の必死で、そう訴える。
「でぃるど、あり、ます!もって、きたん、で…ッ、ぁ、ぐぅッ」
ぐらぐらする。
トール様は唇をかんで、すぐに取ってくる、と言ったけど、そこに飛び込んできたのがチャコだった。
「これですよね!でぃるど!!」
その手に大量に抱えられているのは、間違いなく、ディルド。
ああ、大人の階段登らせちゃったんだね、ごめんね。
そのあたりで、俺の意識はぶっ飛んだ。
次に俺が目覚めたのは、2日後のことだった。
身体中がギシギシ言う。
魔力もまだ足りてない感じはするが、意識失う前の時のような強烈な性欲ではない。
「! マルス、目が覚めたのか!」
「トール様…?」
うわ、俺、声カッスカス。
隣にいて手を握ってくれていたトール様は、少し泣きそうに眉を寄せた。
「よかった…、本当に…」
「あの、…何が、起きて、たん、でしょう、俺…」
「無理に喋るな。…、まず、私は君に謝らなければならない」
「…?」
トール様の話を要約するとこんな感じだった。
あの宝石は魔力を吸い取るためのもの。魔力過多の人にとっての、俺のディルドのような物なんだとか。
かなり貴重で、滅多に採掘されないし、それ故に超絶高価なので、人工的に作れる俺たちのディルドとは違って、本当に本当の緊急事態(暴発して周りを巻き込んでしまうみたいな)の時に使う用のものらしい。
もちろん、俺みたいな魔力欠乏症が触ったら、状況によっては死ぬ。
で、それを故意に俺の荷物に入れたやつがこの屋敷にいたそうで。
「ラグル、さん、ですか?」
「…ああ」
曰く、あのラグルという男、実はトール様の遠い親戚なんだそうで。
なんかよくわからんけど、トール様を陥れたら、自分がここの領主になれるとか唆されたんだと。
んで、俺をあてがって”運悪く“魔力の器が足りず殺してしまった…みたいな状況を作りたかったんだそうで。
でも残念ながら、俺たちの器の相性がピッタンコだったせいでそれは叶わず。
そのあと、とりあえず俺が不審死したらいいんじゃね?というとんでも思考になってしまった…って、なんでやねん。
意味がわからない。
「本当にすまなかった」
「いや、トール様のせい、では」
「いや、使用人たちの手綱をちゃんと握れていなかった私の責任だ」
「うーん…」
これは、受け入れた方がいい謝罪なんだろうか。
「でも俺、伴侶、ですよね?」
「? ああ、私の伴侶だ」
「じゃ、屋敷のこと、って、俺の責任、でもあり、ません?」
実際のお貴族様がどうかは知らないけれども、昔読んだ小説では確か、屋敷を仕切るのは女主人の役目!とかだった気がする。俺は女ではないけど。
トール様は目をぱちぱちさせてから、苦笑した。
「マルスは、どうにも、甘いな」
「よくわかり、ませんけど、ご納得いただけ、たなら、幸いです」
はぁ、といってトール様はどさり、と俺の横に転がった。
「魔力補充が、間に合ってよかった」
「いやぁ、それは、ほんとに、そう」
「もう、あんなよがり方しているきみは見たくないな」
どんなよがり方をしていたんでしょうか、俺は。
「ああ。苦しそうな喘ぎ声は聞きたくない、という意味だよ」
「なるほど…?」
俺の顔の真横にきたトール様のほおを、なんとなく撫でる。
「っ」
甘い声が漏れた。
トール様の声って本当セクシーで、思わずゴクリと喉がなる。
それと同時に気がついた、
「あ、トール様、結構、溜まって、ます?」
「……」
「シます?今なら、多分、大丈夫です、よね?」
「だが、君の体は…」
「俺も、少し、足りないん、ですよね」
「……、…………」
トール様はものすごい長考のあと、「優しくする」とだけ呟いた。
その後のエッチは、正直、最高でした。
最高でした。
さて後日の話。
チャコにはめちゃめちゃに謝られ(先に荷物を送ったことが浅慮だったと。いやいや無理がある責任感)、チャコが職を辞するとか言い出したから必死に止めて、結果チャコは俺の専属護衛になった。まだ決まってないけど、もう一人護衛兼メイドみたいな人がつくらしい。
ラグルさんは当然ながらお縄について、ガチギレしてたトール様がラグルさん唆した裏の人たちも総ざらいに括って、なんかこう、えらこっちゃになったりしたけど、なんやかんやで2週間ほどで方がついたらしい。(正直早くね?と思った。俺の旦那様マジ優秀)
その間に、俺は仕事を再開させてもらったので、のんびりとアクセサリーづくりを楽しませてもらっている。
そんなこんなで、今までよりもちょっと贅沢な生活の、でも今までに近い日常が戻ってきた。
一番違うのは、常に体調がいいことくらいだろうか。
「トール様、今日も夜、ぜひ」
「ふふ、ああ、ぜひ」
今日も、いい夜になりそうである。
毎晩エッチをしているからか、魔力足らずの発情もないし、衣食住は豪華すぎるくらい足りているし、旦那様は優しいし、そういう意味では不便なことはないのだけれども。
「あの…」
朝食は共にとろうと言ってくれて、律儀に毎朝向かいに座ってくれる、今まさに綺麗な所作でパンを口に運んでいるトール様に尋ねる。
「家に帰って良いですか?」
「え」
固まったトール様に一瞬首を傾げるもの、俺はすぐに誤解されていることに気がついて「いやいやいやいや、違います!」と訂正した。
「実家に帰らせていただきます的なことじゃなくてですね!その、荷物を取りに行きたくて」
「身の回りのものには、一切不自由はさせてないと思いますが?」
執事さん(ラグルさんと言うらしい)が「一切」に妙に力を入れて少し嫌味な顔をする。
なーんか、この人俺のことあんまり気に入ってないっぽいんだよな。
あんたが俺を連れてきたんだし、思惑通りご主人様の魔力過多を収めたんだからちょっとくらい感謝してくれたってバチは当たらないはずなのに。(実際、他の使用人さんからはお礼言われた)
「ラグル、俺の妻にその物言いはどう言うことだ」
「っ、申し訳ございません」
やーい、トール様に叱られてやんのー。とか思っちゃう性格の悪い俺は置いておいて。
「おかげさまで生活に不便はありませんよ。ただ、仕事道具とか、そういうの取りに言いたいだけです」
「仕事道具?」
「あれ、ラグルさんから情報きてませんか?俺、街のアクセサリー職人さんなんですよ」
魔力欠乏症の個体は、いつ発情するかわからない。
すけべなことにオープンな俺でも、流石に人がいる場所でよがるのは勘弁被りたい。
そうなると、必然的に基本家で1人でできる仕事に就くことになる。
俺が選んだのは、いわゆる庶民向けのアクセサリーを作る職人だった。
「君1人くらい軽く養えるが…、その感じだと仕事が好きなタイプだな、マルスは」
「トール様大当たりー」
俺が笑って拍手したらラグルさんが睨んできた。なんでだよ。夫婦の微笑ましいやり取りじゃんよ。
「トール様の伴侶なのに手仕事商売して良いかどうか、とかそういうのはまた追々相談させてもらうとして。俺、何か作ってないとソワソワするんですよ。もう生活の一部だし、半分くらい趣味でもあったので」
そして、それらの道具は、親の形見でもある。
ちなみに、親がもういないことだけは、前、ご両親に挨拶を…という流れで伝えてある。あと、俺はトール様のご両親には会わなくていいそうだ。(なにやらめんどくさい空気がしたからそれ以上は聞いてない)
「なので、逃げたりしませんし、なんなら見張りつけてもらっても構わないので、家に荷物取りに行かせて欲しいです。あと大家さんに部屋の引き払いの手続きとか挨拶とかもしたいし…」
「そうだな。その辺りのことを失念していて申し訳なかった。もちろん構わない」
トール様は少し考えてから、いつも窓際にいる少年に声をかけた。
少年がそばにやってきて一言二言交わした後、俺の方へ向く。
「見張りとは違うが、1人護衛はつけさせてもらおう。見た目通りまだ少年だが、腕の立つ子だ」
少年は俺にぺこりと頭を下げる。
「言葉を交わすのは初めまして、マルス様。チャコと申します」
「チャコさん。お手間おかけしますが、よろしくお願いします」
チャコさんは目をぱちくりと2度ほど瞬いて、「僕に敬語も継承も不要です」と言った。
俺は庶民だ。
正直、ここの屋敷にいる人たちの立ち位置というか、位がよくわからないので、基本的に敬語と敬称をつけて呼ぶようにしているのだけども。
どうしたものか、と思ってトール様をみたら、トール様は困ったように笑っていた。
「感覚的に難しいかもしれんが、私の伴侶と決まった時点で、この屋敷においてマルスの立ち位置は私の次点だ。使用人の中にも貴族はいるが、その者たちよりもマルスは上の立場になる。できる範囲からで構わないから、言葉遣いを直してもらえるとありがたいな」
「……努力します」
とりあえず、まずは目の前の少年から。
「チャコ、今日はよろしく」
「かしこまりました」
チャコはニコッと笑顔を返してくれた。
俺の家兼工房は、街の中心地から少し南に外れたところにある。
家兼工房なんていっても、ほんと小さな貸し屋だ。台所と、寝室と、ベッド二つ分ほどの広さの作業場。
急に連れてかれたから、あの日のまま。
「チャコ、俺の荷物ってまとめたらどうしたらいいんだろ」
「すぐに荷馬車が到着しますので、そちらにどんどん積み込んでもらえたら。不用物がありましたら、端にまとめておいてください。後ほど処分いたします」
「なるほど。じゃ、とりあえず持ってくもの選ぶかなー」
自慢だけど、物も少なく家は綺麗な方だから、引っ越し準備もさほど時間はかからないだろう。
魔力充填用スケベおもちゃ(全部ディルド)はどうすっかなぁ。まあ、まだ使ってないのが10本くらいあるし、それだけ持ってくか。勿体無いしね、何があるかわかんないし。一応マナーとして外から見えないように袋に入れて、やってきた荷馬車に積み込む。
使用済みのは…、ああよかった。ちゃんと捨ててあった。
流石にね、チャコに見られたらね、恥ずかしいよね。
「なんか、ほとんど持ってくことに決めちゃったけど、これ大丈夫?」
色々考えながら仕分けしていたけれど、気づけば捨てるものはほぼない、という状態だった。
処分品は衣服が数点と、食器や鍋くらいだろうか。
「大丈夫です。むしろ、少ないくらいで…。生活感のない家だなって思いましたけど、物が極端に少なかったからなんですね」
「そんなに生活感なかった?」
「はい。工房?でしょうか、そこにくらいしか…」
「そっかぁ」
生活感なかったかぁ…。
いやでも、正直思い入れもないしな、家に。
魔力欠乏症ってね、実は割と死が近い。
魔力が完全に尽きると死んでしまうのはどの種族でも同じだけど、欠乏症個体は、常に飢餓状態であるが故に、本当にギリギリっていうのが自分で見極めにくいんだそうで。
俺はわりと感覚でわかる方ではあるけれど、その辺鈍いと発情状態になってから、まだ大丈夫って思ってるうちにいきなりポックリ、みたいなのとかよくあるらしい。
あとは、金がなくて魔力補充の用品買えなかったからそのまま…とか、性欲を耐えきれなくて、人を襲って魔力吸い取離尽くして殺しちゃって…とかも。
生きてるだけで魔力って消費するものだけど、俺たち欠乏症個体はその消費率も高い。回復率も悪かったりする。
トール様みたいに過剰に作り出してしまう場合も危険だし、本当、魔力っていうシステムは厄介である。
なんにしても、いつ死ぬかわからないって思いが、生活感のなさとか思い入れのなさとか、そういうところに影響していたのかもしれない。
ま、いいんだけども。
「重要な道具だけは一応自分で持って…。あ、もし問題なければ大家さんに声かけて、アクセサリー卸してた店に挨拶に行きたいんだけど」
「大丈夫ですよ。荷馬車の分は先に届くように手配しておきます。部屋まで運ばせて良いですか?」
「助かりマス」
大家さんは突然のことにびっくりしてたけど、領主様のお役に立てるならあんたの体質も捨てたもんじゃないねぇ!とか割とデリカシーにかけること言われた。まあ、大家さんのこういうところ、好きだったりする。腫れ物に触るような扱いは、勘弁願いたいもので。
馴染みの店の方も、「あんたの商品よく売れるからさ、また卸せそうなら持ってきてくれや」とありがたいお言葉をいただいてしまった。
それぞれに深くお礼をいって、俺は屋敷へと戻る。
チャコはその間ずっと俺の半歩後ろを歩いていてくれた。
なんというか、チャコって少年なんだけど、その立ち振る舞いからかな、安心感と信頼感がすごい。
どう言う人生歩んできたらこんな空気感をゲットした少年が出来上がるのか…。ちょっと気になるけど気軽に突っ込んでイイことでもない気がするので、いつか知れたらいいな、くらいに留めておこう。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ、マルス様。お荷物はすべて部屋に運んでおります」
出迎えてくれたのはラグルさん。
相変わらずちょっとピリっとした空気で刺してくるけど、まあ、いいか、と俺はさっさと部屋へ行った。
俺の部屋は、トール様の部屋と扉ひとつでつながっている。
書斎と書斎を繋いでいる感じだ。(寝室はここから2部屋隣にあって、夫婦で一つ)
夫婦それぞれに書斎があるってことも含めて不思議な作りだなと思うけれど、トール様曰く、貴族の中では伴侶に書斎を与えて自身の書斎と繋ぐというのは一般的らしい。
うーん、金持ちの一般的って分からない。
けどまあ、ありがたくその部屋を使わせてもらって早10日。自分の荷物が入ると、なお自分の部屋という実感?が増えるものだ。
このまま作業部屋として整えさせてもらえたらありがたいなー…などと考えながら荷物整理をしていると、仕事で使っていた資材一式の中に、見覚えのない宝石が紛れ込んでいた。
黄色くて、ツヤツヤしている小さな石。
見たことのない宝石である。曲がりなりにも職人の俺、自分が使う宝石は基本ちゃんと覚えている。
どこで混ざったんだ?と思ってその石を手に取った瞬間だった。
ずるり、と体の魔力が持っていかれる。
「が、は!?」
急いで宝石を手放したが遅かった。
体感、7割は盗られた。立っていられなくて、その場に崩れ落ちる。
頭がおかしくなりそうな、性への欲求に「ひっ、ひっ」と変な呼吸になっていく。
「マルス様!?」
倒れた音を聞いたのか、チャコが飛び込んできたが、止めた。
理性と意識が飛んだら、チャコを襲ってしまうかもしれない。
「ちか、づ、いたら、だ、め…っ、あぐっ」
「ですが…っ」
とにかく、魔力充填しなくては。
そうだ、荷物の中にアレがある。
「おれ、の、荷物ッ、ひぐッ、ディルド、だし…て、ぇ…、ッく」
「え、ええと、でぃるど…?ですか?」
ああ、チャコ、そこはちゃんと子どもなんだね…。
スケベ道具しらないんだね…。
荷物見ながらオロオロしていてかわいいね。
でも、やばい、意識とびそう。
持ってかれたのは7割、いや、もうちょいかもしれない。
うわ、もしかして俺死ぬ?
「マルス!!」
チャコの声が聞こえたのだろうか、次に部屋に飛び込んできたのは、トール様だった。
「何が起きている!!」
チャコを怒らないで、という前に、トール様が床に転がった宝石に気づいた。
「これは…⁈っ、くそ!」
いうが早いか、トール様は俺を抱き上げて、寝室へと運び込む。
何をしようとしているかすぐにわかって、必死に止めた。
「だめ、だめです、トールさ…、うっく、…だ、めっ」
「だが、すぐシないとお前が死ぬぞ!!」
「あなた、今、過多状態、じゃ、ない、です…!殺し、て、しまう!!」
必死の必死で、そう訴える。
「でぃるど、あり、ます!もって、きたん、で…ッ、ぁ、ぐぅッ」
ぐらぐらする。
トール様は唇をかんで、すぐに取ってくる、と言ったけど、そこに飛び込んできたのがチャコだった。
「これですよね!でぃるど!!」
その手に大量に抱えられているのは、間違いなく、ディルド。
ああ、大人の階段登らせちゃったんだね、ごめんね。
そのあたりで、俺の意識はぶっ飛んだ。
次に俺が目覚めたのは、2日後のことだった。
身体中がギシギシ言う。
魔力もまだ足りてない感じはするが、意識失う前の時のような強烈な性欲ではない。
「! マルス、目が覚めたのか!」
「トール様…?」
うわ、俺、声カッスカス。
隣にいて手を握ってくれていたトール様は、少し泣きそうに眉を寄せた。
「よかった…、本当に…」
「あの、…何が、起きて、たん、でしょう、俺…」
「無理に喋るな。…、まず、私は君に謝らなければならない」
「…?」
トール様の話を要約するとこんな感じだった。
あの宝石は魔力を吸い取るためのもの。魔力過多の人にとっての、俺のディルドのような物なんだとか。
かなり貴重で、滅多に採掘されないし、それ故に超絶高価なので、人工的に作れる俺たちのディルドとは違って、本当に本当の緊急事態(暴発して周りを巻き込んでしまうみたいな)の時に使う用のものらしい。
もちろん、俺みたいな魔力欠乏症が触ったら、状況によっては死ぬ。
で、それを故意に俺の荷物に入れたやつがこの屋敷にいたそうで。
「ラグル、さん、ですか?」
「…ああ」
曰く、あのラグルという男、実はトール様の遠い親戚なんだそうで。
なんかよくわからんけど、トール様を陥れたら、自分がここの領主になれるとか唆されたんだと。
んで、俺をあてがって”運悪く“魔力の器が足りず殺してしまった…みたいな状況を作りたかったんだそうで。
でも残念ながら、俺たちの器の相性がピッタンコだったせいでそれは叶わず。
そのあと、とりあえず俺が不審死したらいいんじゃね?というとんでも思考になってしまった…って、なんでやねん。
意味がわからない。
「本当にすまなかった」
「いや、トール様のせい、では」
「いや、使用人たちの手綱をちゃんと握れていなかった私の責任だ」
「うーん…」
これは、受け入れた方がいい謝罪なんだろうか。
「でも俺、伴侶、ですよね?」
「? ああ、私の伴侶だ」
「じゃ、屋敷のこと、って、俺の責任、でもあり、ません?」
実際のお貴族様がどうかは知らないけれども、昔読んだ小説では確か、屋敷を仕切るのは女主人の役目!とかだった気がする。俺は女ではないけど。
トール様は目をぱちぱちさせてから、苦笑した。
「マルスは、どうにも、甘いな」
「よくわかり、ませんけど、ご納得いただけ、たなら、幸いです」
はぁ、といってトール様はどさり、と俺の横に転がった。
「魔力補充が、間に合ってよかった」
「いやぁ、それは、ほんとに、そう」
「もう、あんなよがり方しているきみは見たくないな」
どんなよがり方をしていたんでしょうか、俺は。
「ああ。苦しそうな喘ぎ声は聞きたくない、という意味だよ」
「なるほど…?」
俺の顔の真横にきたトール様のほおを、なんとなく撫でる。
「っ」
甘い声が漏れた。
トール様の声って本当セクシーで、思わずゴクリと喉がなる。
それと同時に気がついた、
「あ、トール様、結構、溜まって、ます?」
「……」
「シます?今なら、多分、大丈夫です、よね?」
「だが、君の体は…」
「俺も、少し、足りないん、ですよね」
「……、…………」
トール様はものすごい長考のあと、「優しくする」とだけ呟いた。
その後のエッチは、正直、最高でした。
最高でした。
さて後日の話。
チャコにはめちゃめちゃに謝られ(先に荷物を送ったことが浅慮だったと。いやいや無理がある責任感)、チャコが職を辞するとか言い出したから必死に止めて、結果チャコは俺の専属護衛になった。まだ決まってないけど、もう一人護衛兼メイドみたいな人がつくらしい。
ラグルさんは当然ながらお縄について、ガチギレしてたトール様がラグルさん唆した裏の人たちも総ざらいに括って、なんかこう、えらこっちゃになったりしたけど、なんやかんやで2週間ほどで方がついたらしい。(正直早くね?と思った。俺の旦那様マジ優秀)
その間に、俺は仕事を再開させてもらったので、のんびりとアクセサリーづくりを楽しませてもらっている。
そんなこんなで、今までよりもちょっと贅沢な生活の、でも今までに近い日常が戻ってきた。
一番違うのは、常に体調がいいことくらいだろうか。
「トール様、今日も夜、ぜひ」
「ふふ、ああ、ぜひ」
今日も、いい夜になりそうである。
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
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