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第4話
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一方的に気持ち良くなっていただいた初夜からひと月がたとうとしている。
なんだかんだ毎日同じ寝室、同じベッドで寝てはいるものの、そういう雰囲気にはならず、あれから一度もそういうことはしていない。
「おい、リュカ。寝るぞ」
「フィズ様、そんなど真ん中に大の字に寝転がられたら俺の寝る場所ないっす」
そういうことはしていないが、取り止めもない話をすることは増えて、その中で「名前で呼んで構わない」とフィズ様にいわれたので、とりあえず様をつけてはいるものの、呼ぶようになった。そして、少し慣れてきてくれたらしいフィズ様は、色っぽいその外見とは違って、割と子どもっぽく甘えたがりだということも知った。
「なあ、リュカ」
笑いながら、少し端に寄ってくれたフィズ様がごろんと俺の方を向く。
「お前はなんで、私との結婚を承諾したんだ」
「唐突っすね」
「そうか?」
フィズ様はもう一度体勢を変えて、今度は天井を向く。
「初夜がアレだったからな、お前はこう、獣としたがるような特殊な性癖なのか、とも思ったのだが」
「すごい妄想力」
「うるさい。だがお前は結局あのあと私をそういう意図で触ろうとはしないし、そういう性癖じゃないなら、家のために王族との関係をつなぐのが目的か」
「普通そっちを先に考えません?」
「だから、うるさい!ごほん、でもそういうそぶりというか、お前王宮に微塵も興味ないだろう?」
案外観察されていたのか、と感心する。フィズ様のいう通り、俺は家とか王族とかどうでもいい。というか、基本的にいろんなことが、どうでもいい。好きなものも、嫌いなものも、そこまで心を動かされるものというのは、ほとんど存在しないのだ。
だけど、フィズ様と結婚してからの生活は、悪くないなと正直思っている。
「だから、なぜ承諾したのか、と思ってな」
「王命だったからっすね」
正直にいうと、一瞬だけフィズ様の瞳が傷ついたように揺れる。
うーん。そろそろ俺の出生の話、してもいいだろうか。
「ねえ、フィズ様」
「なんだ」
「お耳汚しかもしれない話、していいっすか」
なんとなく、フィズ様の横に正座すると、フィズ様は数度瞬きをしてから「話せ」といった。
「俺、娼婦の子どもなんですよ」
「…え」
「確かに、リュカ・ディーエルの名と血に間違い無いそうです。ただ、一年ほど前までは、俺は傭兵として、苗字を持たない平民として働いていました」
一年前、フィズ様が近々婿を探すと正式に発表された時期に、ディーエル家から唐突に使いが来た。お前にはディーエルの血が流れている。養子にしてやるから婿候補になれ、というお達しだった。だからまあ、フィズ様がいった家のためというのが近いのかもしれないが、俺は興味がないから今どうなってるのかは知らない。
「ともあれ平民の俺に拒否権はないですし、そもそも拒否するような感情も湧かなかった」
俺が童貞にも関わらず、いろんな技術を持っているのは、母親と生育環境のせいだ。なぜか挿れる側だったことはなかったが、金のために身体を使わされたのだって、一度や二度じゃない。自覚はないが、いろんなことをどうでもいいと考えてしまう思考の癖はこの過去に由来しているんじゃないか、といわれたことがある。
「だからね、フィズ様。フィズ様は自分のことを醜い、異形だから俺がかわいそうなんて言って貶めますが、もともとは平民で、娼婦の血が入っていて、体を売ったことすらある。こんな俺なんかに比べたら、フィズ様は、ずっとずっと綺麗で、素敵な方なんっすよ」
色々候補はいたけれど、結局こんな俺しかあてがわれなかった、ということがフィズ様の自尊心をもっと傷つけるのではないか、と思って、抱けなかった。
そこまで伝えると、フィズ様の双眸からぼたぼたと涙がこぼれだした。
「ふぃ、フィズさま⁉︎」
慌ててシーツを引っ張って拭うが、涙が止まることなく次から次へと落ちていく。
「お、おまえ、おま…」
嗚咽に混じってフィズ様がいう。
「ばか…っ!」
次の瞬間、フィズ様は俺に抱きついて、そのままベッドに押し倒した。
ぎゅう、としがみつかれて、身動きが取れない。というか、フィズ様の行動の意味がわからなくて、呆気に取られてしまって動けない。泣いたと思ったら、ばかといわれ押し倒されて、今はまた俺の上にしがみついて泣いている。
「それくらいで俺なんか、とかいうな、ばか!」
「ええ、それフィズ様がいいますか」
「私は良いんだ!」
「どういう理屈ですか」
そこから先は、「うー」としか言わなくなったフィズ様の背中をとんとんとあやしているうちに、泣きつかれ寝落ちたフィズ様につられて、俺も眠りに落ちていた。
なんだかんだ毎日同じ寝室、同じベッドで寝てはいるものの、そういう雰囲気にはならず、あれから一度もそういうことはしていない。
「おい、リュカ。寝るぞ」
「フィズ様、そんなど真ん中に大の字に寝転がられたら俺の寝る場所ないっす」
そういうことはしていないが、取り止めもない話をすることは増えて、その中で「名前で呼んで構わない」とフィズ様にいわれたので、とりあえず様をつけてはいるものの、呼ぶようになった。そして、少し慣れてきてくれたらしいフィズ様は、色っぽいその外見とは違って、割と子どもっぽく甘えたがりだということも知った。
「なあ、リュカ」
笑いながら、少し端に寄ってくれたフィズ様がごろんと俺の方を向く。
「お前はなんで、私との結婚を承諾したんだ」
「唐突っすね」
「そうか?」
フィズ様はもう一度体勢を変えて、今度は天井を向く。
「初夜がアレだったからな、お前はこう、獣としたがるような特殊な性癖なのか、とも思ったのだが」
「すごい妄想力」
「うるさい。だがお前は結局あのあと私をそういう意図で触ろうとはしないし、そういう性癖じゃないなら、家のために王族との関係をつなぐのが目的か」
「普通そっちを先に考えません?」
「だから、うるさい!ごほん、でもそういうそぶりというか、お前王宮に微塵も興味ないだろう?」
案外観察されていたのか、と感心する。フィズ様のいう通り、俺は家とか王族とかどうでもいい。というか、基本的にいろんなことが、どうでもいい。好きなものも、嫌いなものも、そこまで心を動かされるものというのは、ほとんど存在しないのだ。
だけど、フィズ様と結婚してからの生活は、悪くないなと正直思っている。
「だから、なぜ承諾したのか、と思ってな」
「王命だったからっすね」
正直にいうと、一瞬だけフィズ様の瞳が傷ついたように揺れる。
うーん。そろそろ俺の出生の話、してもいいだろうか。
「ねえ、フィズ様」
「なんだ」
「お耳汚しかもしれない話、していいっすか」
なんとなく、フィズ様の横に正座すると、フィズ様は数度瞬きをしてから「話せ」といった。
「俺、娼婦の子どもなんですよ」
「…え」
「確かに、リュカ・ディーエルの名と血に間違い無いそうです。ただ、一年ほど前までは、俺は傭兵として、苗字を持たない平民として働いていました」
一年前、フィズ様が近々婿を探すと正式に発表された時期に、ディーエル家から唐突に使いが来た。お前にはディーエルの血が流れている。養子にしてやるから婿候補になれ、というお達しだった。だからまあ、フィズ様がいった家のためというのが近いのかもしれないが、俺は興味がないから今どうなってるのかは知らない。
「ともあれ平民の俺に拒否権はないですし、そもそも拒否するような感情も湧かなかった」
俺が童貞にも関わらず、いろんな技術を持っているのは、母親と生育環境のせいだ。なぜか挿れる側だったことはなかったが、金のために身体を使わされたのだって、一度や二度じゃない。自覚はないが、いろんなことをどうでもいいと考えてしまう思考の癖はこの過去に由来しているんじゃないか、といわれたことがある。
「だからね、フィズ様。フィズ様は自分のことを醜い、異形だから俺がかわいそうなんて言って貶めますが、もともとは平民で、娼婦の血が入っていて、体を売ったことすらある。こんな俺なんかに比べたら、フィズ様は、ずっとずっと綺麗で、素敵な方なんっすよ」
色々候補はいたけれど、結局こんな俺しかあてがわれなかった、ということがフィズ様の自尊心をもっと傷つけるのではないか、と思って、抱けなかった。
そこまで伝えると、フィズ様の双眸からぼたぼたと涙がこぼれだした。
「ふぃ、フィズさま⁉︎」
慌ててシーツを引っ張って拭うが、涙が止まることなく次から次へと落ちていく。
「お、おまえ、おま…」
嗚咽に混じってフィズ様がいう。
「ばか…っ!」
次の瞬間、フィズ様は俺に抱きついて、そのままベッドに押し倒した。
ぎゅう、としがみつかれて、身動きが取れない。というか、フィズ様の行動の意味がわからなくて、呆気に取られてしまって動けない。泣いたと思ったら、ばかといわれ押し倒されて、今はまた俺の上にしがみついて泣いている。
「それくらいで俺なんか、とかいうな、ばか!」
「ええ、それフィズ様がいいますか」
「私は良いんだ!」
「どういう理屈ですか」
そこから先は、「うー」としか言わなくなったフィズ様の背中をとんとんとあやしているうちに、泣きつかれ寝落ちたフィズ様につられて、俺も眠りに落ちていた。
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