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第5話

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「こんなに目が腫れるほど、昨晩は激しかったんですか?」

 翌朝、なかなか起きてこない俺たちを心配したカラさんが声をかけに来てくれて、泣いたせいで目が腫れ上がったフィズ様の様子を見てからそういった。
「違う」
「じゃあなぜ」
「言いたくない」

 ぷい、と顔を背けたフィズ様にすこし苦笑してから、「リュカ様、朝食を運ぶのを少しお手伝いいただけませんか?」と俺に声をかけてきた。使用人の少ないこの離宮では、フィズ様本人ももちろん、夫である俺が動くことはそこまで珍しいことでもない。
 頷いて、「行ってきます」とフィズ様に声をかけたが、返事は返ってこなかった。




「で、何があったんです?」

 厨房に向かう途中、カラさんが少し疑うような目で俺をみてきた。正直に、昨日フィズ様にした話を伝えると、みるみるうちにカラさんの眉が真ん中に寄っていく。

「で、フィズ様を泣かせたと」
「そうなりますね」
「…、まあ、そうですよね。知らなかったんだから、まあ、うん」

 カラさんは寄りすぎた眉間をぐりぐりとほぐしてから、静かに言った。

「フィズ様は、愛情に飢えてらっしゃいます」
「え?ああ、うん。そんな感じっすね」
「だから、『愛してやる』といわれた言葉に騙されて、相手に体を預けたことが、あります」
「……」
「あの方は、そうやって抱かれた後に『異形もあっちは同じなんだな』って、捨てられました」

 カラさんはぎゅう、と唇を噛んだ。
 つまり、俺は昨日、フィズ様の心の弱い部分を盛大に踏み抜いたということだろうか。

「とにかく、きちんと話あってください。そして、伴侶になると決めたのだから、ちゃんとフィズ様を愛してください」
「……」

 愛とはなんだろうか。
 愛するとはどういうことだろうか。
 フィズ様のこと、可愛いとは思うし、エロいとも思う。故意に傷つけたいとは思わないし抱いてみたい、とも思う。
 けれど、それは恋だったり、愛だったり、そういうものなんだろうか。
 そんなことを考えながら、厨房についたとき、ふわり、と寝室がある方から血の匂いがした気がした。
 俺ががばっと顔を上げると、びっくりしたようにカラさんが少し体をひく。

「ど、どうしました?」
「血の匂いがします」
「え?」

 俺はそれだけ伝えると、歩いてきた道を急いで駆け戻った。




 寝室に飛び込むと、そこには小さなナイフを持った男と、その男から逃げるように椅子の後ろに隠れているフィズ様がいた。フィズ様の肩には血が、滲んでいる。

「てめぇ、フィズ様に何をしている‼︎」

 自分でも驚くような怒声が喉から飛び出て、次の瞬間その男を蹴り飛ばしていた。カエルが潰れるような声がして、男は吹っ飛んで、そのまま動かなくなる。

「フィズ様!」
「リュカ!」

 フィズ様に駆け寄ると、フィズ様はぎゅぅとしがみついてきた。カタカタと震えるその体を傷に触らないようにそっと抱きしめた。

「すみません、貴方に傷つく前に帰ってきたかったっす」

 俺の胸の中でフィズ様が首を小さく横に振る。
 その背中を数度ぽんぽんと叩いてから、フィズ様の自分の背に隠して、扉のほうを向いた。

「少しだけ待っててくださいね」
「え?」

 3人の、黒い布で目元以外を隠した人間が、するり、と扉から入ってきた。ちゃんとみていなかったが、さっき蹴り飛ばした男も、同じような覆面をしている。

「耳もちは死ね」
「異形は死ね」
「お前など生まれてきてはいけなかった」

 三人は口々にそういい、その言葉にフィズ様がひゅっと息を呑んだのがわかった。
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