上 下
2 / 15

2

しおりを挟む
『今夜はどう?残業ある?』

 休憩時間にスマホに映りこんだポップアップに背筋が凍る。
 メッセージの送り主は、上杉かみすぎ とおる
 ──同じ会社の上階にある花形部署、営業第一課でも特に華々しい見た目のイケメンだ。

 上杉さんは5歳年上で独身。営業課のエースでありイケメン・高身長・高学歴と天に二物も三物も与えられたような人だ。うちの部署に取引先の資料があるので上杉さんはたまにこの部署を訪れるのだが、資料の問い合わせ対応を何度かしているうちに私はいつの間にか上杉さんに口説かれていた。

 ──今度2人で飲みに行かない?
 ──今週末、俺運転するからドライブ行こうよ。

 私はどのお誘いにも曖昧に営業スマイルで躱した。

 ──そういう事は、もっと可愛い女の子に言ってくださいね。はい、頼まれていた資料、こちらですよ。

 そしてついに、先週末の帰り道、残業帰りで人気がない会社のエントランスで待ち伏せされて言われてしまった。

 ──俺、坂田さんの事凄く気になってるんだ。付き合ってみない?

 はっきり嫌ですと言えばいいとは分かっているが、学生時代にイケメンを拒否して嘘の噂話を流された記憶がフラッシュバックする。
 かと言って、そこではいと頷けば、営業のエースを奪い取った女としてどんな口さがない噂話をされるのか。どちらに転んでも会社での私の立場は悪くなる。今、本社勤務を外されてしまったら──夢の奨学金完済が遠のいてしまう。
 咄嗟に私の口から出たのは「少し考えさせてください」だった。しばらく経てば、彼もこんな地味な女の事なんか忘れて営業二課の甘え上手で可愛い女の子達や秘書課のお色気美女に心変わりしていくだろう。このままフェードアウトしようと考えた。

 しかし、その直後上杉さんはスマホのメッセージアプリでどこからか私の連絡先を入手し、今週は毎日のように2人きりで会いたいと連絡してくる。
 恐ろしすぎる。イケメンとか関係なく怖い。スマホが着信音を鳴らす度に膝が震えた。

『ごめんなさい、今日も残業です。泊まりになるかもしれません』

 脂汗で汗ばんだ手でメッセージの返信をする。この言葉は嘘ではない。今日は週末だが丁度月曜日が締め日で、今日までに書類をまとめなければならない。みんな朝からバタバタと書類をダンボールごと運んだりデータに誤りがないかチェックしたりと慌ただしくしている。いつもは徹夜なんてなくなって欲しいと思っていたが、今日ばかりはそれに救われる気持ちだ。

『そっか。差し入れ何がいい?』

 すぐに返事が来た。うっ、会いに来る気満々だ……。

『お気持ちだけ受け取っておきます。』
『そんなこと言わないで。これから出先で他の人の分も買って行くから。待っててね』

 可愛いうさぎのキャラクターがピースサインしているスタンプが最後に送られてくる。気持ちが沈んだまま、短い昼休みが終わった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,605pt お気に入り:12,629

殿下が好きなのは私だった

恋愛 / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:4,188

野垂れ死ねと言われ家を追い出されましたが幸せです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:19,968pt お気に入り:8,702

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:610pt お気に入り:5,843

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:757

魔石精製師とときどき魔王 ~家族を失った伯爵令嬢の数奇な人生~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:241

妻と愛人と家族

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:646pt お気に入り:19

俺の初恋幼馴染は、漢前な公爵令嬢

恋愛 / 完結 24h.ポイント:18,687pt お気に入り:195

処理中です...