72 / 137
72
ルドルクス様は、お屋敷にいる時より遥かに近い距離で、僕の心臓を痛くさせた。
観劇ではなぜかカップルシートとやらに変更されていたために、僕はルドルクス様のお胸にもたれかかるような格好で座ることとなり、背中に当たる熱や、頭上の吐息、心臓の音までが気になってしまって、全く観劇に集中できなかった。
その上、耳が震え上がるような低い良い声で、囁かれるのだ。
「あの俳優……声が良いな」
声が良いのはあなたですから!
もしかして僕は、試練を受けにきたのだろうか。
ルドルクス様から色気の攻撃を受ける中、どれだけ観劇の内容が理解出来るのかという。
そんな勝負、勝てっこないのに……!
少々ぐったりした後で、カフェに入る。
こちらは席と席に距離があるので、回復出来そうだ。そう思った後で、ルドルクス様はまたも甘い瞳を向けると共に、スプーンを向けてきたのである。
「え……?」
「俺の分も、食べていい。……ほら」
「あの、でも……ひ、人目が……」
これはあれである。アーンである。つまり、ルドルクス様から僕への、給餌。
ええと……錆びついた知識を総動員する。確か、アルファの本能として、気に入ったオメガへの給餌行動というものがあった……気がする。
この人、知っているのかな……?無意識……?
戸惑う僕に、ルドルクス様は良い笑顔で言った。
「君の小さな唇に吸い込まれていくところを、見たいんだ……だめか?」
「い、いただきますっ」
ええいっ!とばかりにぱくついた。これ以上話させてはいけない。翻弄されっ放しだ。
食べたケーキは栗の優しい味がしたのに、ルドルクス様の視線のおかげで、ひどく甘く感じたのだった。
互いを見つめ合う僕たちは、ガラスの向こう側から誰かがじっと見ていたことにも気付かない。その彼は護衛たちによって店内に踏み込むこともできなかったため、ついぞ知ることも無かった。
少々うるさい心臓を宥めながらも、小腹を満たされた僕たちは街を歩く。ルドルクス様のお好きな防具屋を見たり、雑貨屋を眺めたり。
「えっ?これ……いいのですか?」
僕の手の中にあるのは、真鍮の置き時計だ。秒針の先に、小さなひよこが付いていて可愛いな……とほっこりしているのを見られていたらしい。気が付いたらルドルクス様に購入されてしまった。
だって、同じ機能でももっと安いものはある。これは緻密な装飾も付いていて綺麗な分、とても高いはず……。
「ああ。君の目覚めが少しでも良いものになるように」
「……っ、あ、ありがとうございます……っ!大事に、大事にしますね!」
……目覚めるたびルドルクス様を思い出してしまうんじゃないだろうか。この、優しく甘く、僕を見つめて下さる、ルドルクス様を。
日も落ちてから向かったのは、夜空のよく見える、王都はずれの公園。
その奥は、小高い丘へ続いていた。
城壁内であるので魔物も出ない、けれど緑に囲まれた美しい公園だ。眼下には色とりどりの花壇が広がるけれど、今は星空の方が輝きを放っている。
「ルド様。もう……今日、終わってしまいますね……」
「早いな。一日がこんなに早いとは」
「僕も……あっという間でした」
繋いだ手は、決して離れない。指紋の形さえ覚えようとしているかのように、すりすり、撫でられて、擽ったいような気持ちになる。
「……ファルシュカ」
「はい」
「愛している。日が経つ毎に、より深まるようだ。……君は、どうだろうか」
ルドルクス様の腕の中に、囲まれる。
そんなの、返事は決まっていた。
「僕も……好きです。大好きです……」
「ああ……っ」
ルドルクス様の瞳が、きらりと輝いた。あ、と目を見張った瞬間、ぐっと距離を詰められ、唇にキスが落とされていた。
「ん……っ」
「たまらない……」
柔らかくて、熱くて、息が出来ない。
苦しいのに気持ち良い。唇を通じて、熱を与え合っているようだ。
「では、婚約はそのまま……結婚してくれるか?俺と」
「はい……っ、僕で、よろしければ……!」
一度目の婚約申込とは、まるで違う熱量。互いを見つめ合う瞳は潤っていて、歓喜に満たされているのだ。
でも、夜はあまりにも、短くて。
「……もう、こんな時間か……そろそろ帰らなくては」
「そう、ですね……」
キスの余韻が夢心地過ぎて、ぼうっとしていた。馬車に乗り込む瞬間、ルドルクス様は御者に何か指示していた。
何かと思えば、馬車の歩みがとても遅くて、もはや牛歩だ。それに気付いて、くすりと笑ってしまった。
「……なんだ」
「いえ……」
「家に帰したく無いと、思うのは変か?同じ家に帰るのにな」
「僕も、同じ気持ちですから……」
屋敷へ帰れば、また。手を伸ばしても届かない距離になる。
それは、そうだ。使用人さんたちの手前、節操のない行動は出来ない。分かっている。けど……。
まだ、くっついていたい。
すり、とルドルクス様の指を握った。
「君のかわいさは際限がなくて困るな……」
また、ルドルクス様に抱きしめられて、口付けされた。
呼吸に喘ぎ口を開けると、今度は舌が、ぬるりと入ってくる。
「はっ、……あっ、んぅ……」
変な声が出るのに気付いて、離れようとした。
でも、ますます強く掻き抱かれて敵わない。畝るような舌が咥内へ入り込み、甘い唾液は蜜に変わり、もはや毒のように思考を痺れさせた。
長いこと口付けに溺れていた。気持ち良さに、腰が揺れてしまっている。はしたない……!
ルドルクス様の手に、するりとシャツの上から腰を撫でられ、震えた時――――――ついに屋敷へと、着いたのだった。
あなたにおすすめの小説
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
塩対応の同室αが実は俺の番を狙っていた
雪兎
BL
あらすじ
全寮制の名門学園に入学したΩの俺は、入寮初日から最悪の同室相手に当たった。
相手は学年でも有名な優等生α。
成績優秀、運動もできる、顔もいい。なのに——
めちゃくちゃ塩対応。
挨拶しても「……ああ」。
話しかけても「別に」。
距離も近づけないし、なぜか妙に警戒されている気がする。
(俺、そんなに嫌われてる……?)
同室なのに会話は最低限。
むしろ避けられている気さえある。
けれどある日、発情期トラブルで倒れた俺を助けてくれたのは、
その塩対応αだった。
しかも普段とは違い、必死な顔で言われる。
「……他のαに近づくな」
「お前は俺の……」
そこで言葉を飲み込む彼。
それ以来、少しずつ態度が変わり始める。
距離は相変わらず近くない。
口数も少ない。
だけど――
他のαが近づくと、さりげなく間に入る。
発情期が近いと察すると、さりげなく世話を焼く。
そして時々、独占欲を隠しきれない視線。
実は彼はずっと前から知っていた。
俺が、
自分の運命の番かもしれないΩだということを。
だからこそ距離を取っていた。
触れたら、もう止まれなくなるから。
だけど同室生活の中で、
少しずつ、確実に距離は変わっていく。
塩対応の裏に隠されていたのは――
重すぎるほどの独占欲だった。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
様々な形での応援ありがとうございます!