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「せんせぇ……。あたくしにも、ちゃんと発音、教えてくださいませんかぁ?」
特別補講の時間になって三人になると、ヴァネッサ嬢は何故か甘ったるい声を出した。
それだけではない。制服のブラウスをいくつかあけ、あわわわ……豊かな胸元を強調している。
僕は必死に目を逸らした。とても柔らかそうな……いやいや!ここは、机についたシミでも眺めておこう。くまさんカナー……。
「ね?せんせ」
「……ソレをしまいなさい。ヴァネッサ嬢。令嬢としての嗜みは、学んでこなかったのかい?」
対するアウグスト先生の対応は、とてもしょっぱい。空気に溶け込もうとする僕の方が、居た堪れない気持ちにさせられている。
ヴァネッサ嬢へ『頑張って!』という気持ちはあるが、この状況では僕はきっと何もしない方がいい。
「だって、あたくし全然構って貰えてません。同じ特別補講生なのに、狡いですわ。あたくしの小さな舌も、可愛がってくださいませ……」
僕はいよいよ耳も塞いだ。なんだかとても卑猥な空間にいる気がする。ええと、それ、お二人でやって頂きたい。僕を巻き込まないでぇー!
と、思ったのに、無情にも、アウグスト先生は僕の方へツカツカやってきて、ガツッと顔を鷲掴み、固定したのだ。
「ファルシュカくん。口、開けて」
「ひゃい……」
「見てごらん、この薄くて長い、綺麗な舌。この舌はとても器用でね、どんな言語の発音にも対応できるんだ。それを教えるのはなかなか難儀なことだが、ファルシュカくんは覚えがいいから、こうして誘導してあげるとすぐに習得する」
そう言いながら、長い指で僕の舌を引っ張り出した。ぐえっ。
そしてぬらぬらと、舌のザラザラした感触を楽しむかのように撫で始める。ちょっ、あの、発音練習以外で触れられたくないんですが……?
「それは同時に、敏感であるということ。素晴らしいよね。でも、ヴァネッサ嬢、君の舌は短くて鈍感だ」
やっと手を離してもらえた。ぷはぁ……。少々涙目になってしまったが、ヴァネッサ嬢の方がもっとショックを受けているようだ。
「今でも十分発音は出来ている。そうだね、現地に行っても問題なく通じるだろう。これ以上伸びることはないと思うよ」
「そんな……っ、でも、でも、あたくし!先生と一緒に外国へ行くのですよ。もっともっと、教えて下さらないと……!」
「うん?一体何を言っているのかな……?はは、そういう事はね、ファルシュカくんのように才能を持って生まれてきた子に、言われたいよね。はっはっは」
なんで僕の名前を出すんだ!
ほら!ヴァネッサ嬢からの殺意混じりの視線が怖過ぎて、顔を上げられないじゃないか……!
「ねぇ、本当に、どんな手を使って?教えていただけない?アウグスト先生に、何をしたの?」
そう僕に詰め寄るヴァネッサ嬢は、鬼気迫っていた。
恐ろしい形相に、僕はなんとか言い訳を捻り出す。
「せっ、先生は、僕の“舌”を、気に入っていただいている、だけです!僕本体には、まるで気を遣っていただけてません!はたから見れば、ヴァネッサ嬢の方がよほど大切にされているように見えますよ!」
「した……舌?」
「そ、そうです!」
「ふうん……そう。舌だけ、ね。うん、それならいいわ。先生はあなた、自体には興味が無くて、舌だけなのね?」
若干落ち着いた様子のヴァネッサ嬢に、コクコクと頷く。アウグスト先生の気持ちなんか僕に聞かれたって分かるはずもないけど、そういうことには違いない。
「で、あたくしは、全体……そのものを、大切にされてるって?」
「は、はいっ!そのようにお見受けします!」
「ふふふふ……そう。ふふふふふ……」
僕の言葉に満足そうに笑うヴァネッサ嬢。もう、僕のことなんか見えていないよう。
その様子が怖すぎて、泣きそうになりながら逃げた。
初めてお会いした時は理性的で、『ライバルが減るわ!』なんて喜んでいたはずなのに、どんどん様子がおかしくなっていくヴァネッサ嬢。
恋って、こんなに恐ろしいものだったっけ……?
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