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本編
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しおりを挟む「シュリエル様。どういうおつもりで、クライヴ様に付き纏っているんですの?」
「付き纏う」
学園生活にも慣れ始めた頃。
奇しくもクライヴ様もジタリヤ様も王城に呼び出され、僕の側を離れた時だった。
いつも通り……いや、やや周りは興奮した様に騒いでいたけれど、僕はいつも通りに講義を受けて、寮へ戻るところだった。
呼び止めたのは、確か、ミリアンヌ ・フォンタナ公爵令嬢。濃い金髪をくるくると巻いた豪奢な髪型と、ルビーのような瞳が綺麗だから、すぐに分かった。
「聞けば貴方。婚約破棄された傷物だそうね。そのお顔で色々と誑かして、祖国にいられなくなったからといって、クライヴ様まで……高望みではなくて?」
「たぶら……」
何だっけ。誑・かす。
読んだばかりの恋愛物語の中に出てきたけれど、詳しい意味を後で調べようと思って忘れていたのだった。
まだ、恋愛物語にはルルーガレス語でも分からない言葉が沢山あって、僕の学習は進んでいなかった。
しかし僕でも分かるのは、『誑かす』というのは、なんだか大声では言いにくい種類の言葉だということ。
「そうでしょう?クライヴ様はこの国にとって重要な、王太子様を支える立場の方。もしかして、隣国から遣わされたスパイではなくて?あの方を籠絡し、この国を裏で支配……」
その令嬢の大きな声で語られる妄想は、同じく帰ろうとしている生徒達を容易に集めた。
先日失神したマリー嬢が真っ青になって近づこうとしているのを、視線で押し留める。
「フォンタナ公爵令嬢。私がスパイだとしたら、気付かず連れ帰ったクライヴ殿下への侮辱となりますよ。口を慎んで下さい」
「……っ!」
僕の強い反論を予想していなかったらしいフォンタナ公爵令嬢は息を呑む。見た目の貧弱な僕を、舐めてかかっていたのだろう。
「私に今現在婚約者がいないことは合っていますが、婚約破棄をされた事実などありません。そして……、申し訳ありませんが、『誑かす』と、『籠絡』の意味を教えて頂けませんか?ルルーガレスの教会では、そのような言葉を聞いたことがありませんし、ラウラディア語なのでしょうか?」
「なっ!なっ、なっ、」
「貴方はクライヴ殿下を慕っているようですから、そうですね、今度皆さんで茶会でも開きましょうか。クライヴ殿下やジタリヤ様も呼んで。そこでその言葉の意味を教えて頂けると嬉しいです。いいですよね?フォンタナ公爵令嬢」
「~~~っ、結構よ!!」
顔を真っ赤にしたフォンタナ公爵令嬢は、キッと僕を睨みつけて去っていく。観客になっていた生徒はぽかんと口を開けるのみ。……ちょっと、やりすぎてしまったかな?
「しゅ、シュリエル様……っ!とっても格好良かったでしゅ……!」
マリー嬢が舌を噛みながら転がり出て、僕を仰ぎ拝むように祈りの手を組む。
マリー嬢の他にも、聖銀というよりは鈍色をした髪の、恐らく水の巫子候補と思われる生徒が、感動したように同じ姿勢を取っていた。
「えっと……あ、ちゃんとお話出来る方で、よかったです。マリー様、他の方も、立ってください。お膝が汚れてしまいます」
苦笑いしながら促すと、また感動したように『ほわぁ……っ』と息を吐いていた。ええと、だから、それはリュミクス神様にする祈りのポーズだよ?
そして後日。
僕は一応、有言実行するためフォンタナ公爵令嬢に招待状を出し、学園にあるサロンで茶会を開いたのだが、やはり彼女が来ることは無かった。
来れたのは、クライヴ様とジタリヤ様、そしてマリー嬢と、あの日進み出ていた水の巫子候補生三人だけ。
「まぁ、来れないですよねぇ。その単語の意味を堂々と解説出来る肝の太さがあるなら、逆に評価出来ますけど……」
ジタリヤ様はにこにことマリー嬢の口にマカロンを放り込みながら笑っている。心なしか黒い微笑みだ。
マリー嬢は顔を真っ赤にしてされるがまま。可哀想になるも、僕の横にはぴたりとクライヴ様がついていて、止めようにも手は届かない。
「一応、あの後調べまして……教えていただく必要は、ありません。淑女に説明させるのはなかなか酷ですね。反省します……」
「そもそもそんな発言ができる女を淑女と呼べるか?意味を知った上で口に出せるのなら、そこに恥じらいはないという事だ。シュリエルが気に病む必要はない」
「そ、そうですよ!出来ればシュリエル様に、あのような俗語を知って欲しくなかったのに、あのお方ったら!
マリー嬢が腹立ちを八つ当たりするように、マカロンを豪快に噛み砕く。ジタリヤ様はちょっと引いたようにマリー嬢から距離を取った。
ええと、俗語はジタリヤ様から借りている小説から主に得ているので、フォンタナ公爵令嬢は完全に濡れ衣なのだけれど。
気まずくて紅茶を一口含んでいると、ジタリヤ様が呆れたようなため息をついていた。
「まぁ、変わってますよね、ミリアンヌ嬢は。クライヴ殿下は将来的に王弟になりますが、婚約を狙う令嬢令息も少ないのですよ」
「そうなのですか?」
黙って紅茶を飲むクライヴ様を尻目に、ジタリヤ様は淡々と説明する。
ラウラディアでは、王位を継がない兄弟は、騎士団長レベルの武力を身につけて国内を巡り、確かな情報を王へ届けるのが通例なのだとか。
クライヴ様もその通例に漏れず、むしろ積極的に武術を磨いてきた。
しかし問題となるのは伴侶の選定。国内を転々としたり、時には潜入したりして命の危険すらある。
それについていける貴族令嬢令息はほとんどいない。人質になる可能性のある、率直に言えば足手纏いになるのならばいない方が良い。
クライヴ様はその思いから、婚約者を決めることは無く、その意向は王も認めていて、公言しているのだそう。クライヴ様の才能を鈍らせる伴侶など、決める必要がないと言って。
それでもフォンタナ公爵令嬢は、幼い頃からずっとクライヴ様を慕っているらしい。
裕福な公爵家出身であることから、クライヴ様と結婚しても王都に屋敷を構え、厳重な警備を雇い別々に生活しても良い。もしそれで命を狙われたとして本望だとさえ言い切った。
別居婚、というやつみたい。
しかし、それはクライヴ様にとっては何のメリットも無いこと。彼が言うには、一秒として考えるまでもなく、婚約の申し込みは却下した。
それでももう十年以上、地味に付き纏われているらしい。
その話を聞くと、僕は何故だか胸が痛んだ。
フォンタナ公爵令嬢は、プリシラ嬢と比べれば十分話のできる令嬢だ。人の発言を遮る事もなく、ちゃんと理解して、返答をすべきかどうか考える頭も持っている。
何より重要なのは、巧みな話術や演技で人を陥れたりはしない、ある意味真っ直ぐな方。だからか、僕は、これっぽっちも不快でない。
彼女は……ただ、クライヴ様にとって相性が悪いというだけ。それを、僕に八つ当たりしているだけのように感じた。
僕も、そう。ディルク殿下にとって、愛せない相手だったというだけ。
愛した相手に選ばれなかった。
それを認めるのは、とても時間がかかると言う事を、僕は知っていた。
あの方はもう、僕のことなど忘れてしまっただろう。
僕も、あの頃の痛みも何もかも、早く忘れられたらいいのに。
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