【完結】疲れ果てた水の巫子、隣国王子のエモノになる

カシナシ

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本編

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それはあの叱責から数週間程経った頃だった。

夜遅くなって寮へ帰ってきた僕は、暗くなった学舎を急いで通り抜けて図書室に行き、本を返却してきた所だった。城へ行ってから返却期限が今日だったことに気付いたからだ。

一つでもミスをすればまたなじられそうで、返せた事にほっとする。このところのシリウス様は、僕を殴る口実を粗探しして、僕の苦痛に歪む顔を見て楽しんでいらっしゃるようにも感じていた。

もう人は誰もいない。しんと静まった学舎は不気味で、ふらふらする足を動かし帰ろうとした時、だった。


『……っ、…………!』


話し声か物音がして、足を止める。こんな時間に?

誰か閉じ込められていたらいけない。

助けなきゃ。
度々この学園では虐めが起こる。僕は幸いにも経験したことはないが、助けたことはあった。
もし水の巫子でなければ、今頃そうなっていただろう。

そこで急いで音の元に行ったのが、間違いだった。


『あんっ!あんあんっ!あ…………!』

『くっ……、プリシラ……!』


ぱんぱんと激しく腰を打ちつけているのは、見事な金髪の、僕の良く知る男。

空き教室の机に小さな身体を乗せて、ローズブロンドの髪が散らばるように広がっている。

はあ、はあ、はあ、はあ。
熱い荒い息遣いが耳の遠くに響き、僕の頭の中は空っぽになった。


声。体格。仕草も何もかも、ディルク殿下本人。

間違いはなかった。

僕が誰よりもよく見つめた男は、半分だけスラックスを降ろした情けない姿で腰を振っていた。


『アンっ――――!』

『はぁ、はぁ……愛している、プリシラ』


ちゅっ、ちゅうっ。
二人の熱烈なリップ音が、静まった教室に響く。


『プリシラもです、ディルさま。ああっ、今日も素敵……っ!』

『ディル、だろう?君は抱くたびにどんどん綺麗になって……どれだけ私を夢中にさせればいいのか……』

『もうっ、ディルったら……ああん……っ』


そしてまた始まる律動。


なに。これ。

見たくない。

聞きたくない。

やめて。

無我夢中だった。
ここから出来るだけ遠くに。遠くに。












どうやって移動したのかわからない。

気付けば寮ではなく、教会の側の薬草畑の、さらに奥、鬱蒼と茂る森の中にいた。

そこは聖域。神官のみが立ち入ることの出来る森だ。
魔物がいない代わり、精霊が多くいるため、気に入らない者が入れば二度と出てこられない。


僕の唯一落ち着く領域だった。忙しくなってからは来ていなかったが、ここは僕の実家の様な場所である。


久しぶりに訪れた僕を歓迎するように、無数の光たちが舞い上がる。ポッ、ポッ、と暗闇を照らし、歩みを誘う。


「ディルク……さま……」


もう許されないその名前を、ぽつりと呟く。

足は勝手に進む。精霊たちについていけばいいだけ。

やがてたどり着いたのは小さく静かな湖だった。

月を掴めそうなほど、透き通った水を湛えている。その周りを、小さな精霊たちがふわふわと舞い遊んでいた。


「好き……ったのに……」


ズキ、ズキ。心臓が、頭が、胸が痛む。
このまま凍えてしまいたい。
ディルク殿下を大切に想う気持ちを抱えたまま。


殿下は僕ではなく、プリシラ嬢を選んだ。自分こそ彼の隣に相応しいと思っていたのは、僕だけだった。

ディルク殿下はプリシラ嬢と、とうとう深い関係になってしまっていた。


5歳で会ってから12年。ずっとずっと好きだった。優しい彼が好きだった。
彼に似合う伴侶になれるよう努力してきた。

何回も何回も気絶するまで魔力を使い切って、吐きながら起きて繰り返す日々も、ディルク殿下に相応しくなるのならと耐えられた。


「もう……」


これ以上は頑張れない。

あのプリシラ嬢を選び、僕を忘れてしまうくらいなら、何か一つでも爪痕を残したい。
憎しみでも、怒りでもいいから、感情を僕に向けて欲しい。

そんな黒い感情を抑えられない。頭ではわかっている。そんな事は、自分は望んでいない。


だからせめて、この清らかな湖で静かに、この胸の内の黒い炎が鎮まるまで横たわっていたい。


この湖には、底がない。正確には、人間がたどり着いたことはない。

透き通っているのに果てがないことだけが分かっていて、女神の住む世界に通じているとか、行ってしまえば精霊となり帰れなくなるといった逸話があるだけ。

別に死にたい訳ではなかった。
僕にとって穏やかな優しい湖の底で、ただ、深く、深く、眠りたいだけ。






「   」






何か聞こえたような気がして、シュリエルは救いを求めるように湖に手を伸ばす。ずぶずぶと入っていき、その腰が浸かった時。

水面は大きく揺らいで盛り上がった。

美しいガラス細工のドームのようにブワリと広がってシュリエルを包み、次の瞬間、その姿はかき消え、静かな湖の姿に戻った。



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