8 / 42
本編
8
しおりを挟む卒業直前で婚約破棄をされたのは、ダリアローズがユリアナに嫌がらせをした訳ではない。ゲームではそのせいで卒業パーティーで断罪されていたから、それだけは回避するよう警戒していた。……ある意味、向こうが上手だったかもしれない。
――――既成事実を、作られたのだ。
妃教育に、次期王太子妃としての公務を引き継がれながら、学園でも友人たちとの人脈を維持するために多忙を極めていた。
その上、ユリアナと距離を詰めていくレオナルドは、婚約者との交流の茶会に随分と遅れた挙句、キャンセルすることもあった。今日もどうせ来ない、という失望と諦めと気の緩みで、うっかり寝ていたその一瞬で。
起きた時には、全てが終わっていた。
レオナルドの側近、トリスタン・パールブレスと、密室で二人きりになっていたのだ。
すぐさま噂は駆け巡り、ダリアローズは混乱の渦に叩き込まれた。
一体何故そこまで深く寝ていたのか、何故それほど話したこともないトリスタンがいたのか、分からない。
なにもかも分からないのに、ダリアローズを置き去りにして、気が付けば婚約破棄ののち、トリスタンとの婚姻が決まっていた。
呆然とするダリアローズの前で、トリスタンは極めて事務的に、言った。
『責任はとります』と。
トリスタンはレオナルドとはまたタイプの違う美貌を持つ。少し影のある彼は、攻略対象たちの中で、最も人気の高い男。悔しいがために、勝手にレオナルドの仇と認定していた。
太陽のようなレオナルドとは対照的に、月夜のような、中性的な美形。レオナルドの側近として長らく見てきてはいるが、冷たく凍えるような無表情しか見たことはない。
だから、トリスタンに関しては無害だと勘違いをしていた。他の攻略対象である魔法師団長令息や、ユリアナ付き聖騎士と比べると、あまりにも理性的すぎる。ダリアローズを嵌めるほど、恋に狂うタイプではないとたかを括っていたのだ。
ここからは推測になるが、ダリアローズが邪魔だったユリアナに、謀られたのだろう。トリスタンは表情が変わらないだけで、実はしっかり攻略されていたのだ。ユリアナに頼まれて、あの茶の間に現れて数刻我慢することで、あっさりと、実に鮮やかに、ダリアローズと王子殿下との婚約を破棄させたのである。
自分の手下にダリアローズを娶らせ、監視下に置き、その夫からも愛情を得る。攻略対象たちを両手に乗せてうっそりと微笑むユリアナを想像してしまい、ダリアローズはほぞを噛んだ。
ユリアナとレオナルドが結婚式を挙げた日、ダリアローズとトリスタンも婚姻した。華々しく王都中に祝われた式の裏で、一枚の紙に記入しただけの、淡々とした結婚だった。
それは確か、ユリアナが言ったからだ。
『結婚記念日も一緒がいいわ。ねっ、決まり。そうしたら、毎年一緒に祝えるでしょう……?』
それに諾と答えたのが、主に忠実なトリスタンだ。
ダリアローズは学園に在籍していた頃、自分とレオナルドとの結婚のために奔走していた。愚かにも実直に、準備に金も時間もかけたものを、名前だけユリアナに変えて、乗っ取られた。
懇意のデザイナーと数十回も調整をしたウェディングドレスも、レオナルドの色をふんだんにあしらったジュエリーも、仲の良い招待客も、縁起を担いだ花言葉を調べ上げて配置した花々の装飾も全部が全部、ユリアナのものとなった。
当然、トリスタンとダリアローズの結婚式など、何も用意していない。
月夜の精霊とも呼ばれるトリスタンだが、ダリアローズにとっては、常に無表情で何を考えているか分からない不気味な男でしかなかった。
前世でも、レオナルドを越えて人気投票で一位を取った男。
いけすかない。ほとんど無表情で作画コストも少ない。にこにこと可愛い笑顔を見せてくれるレオナルドとは大違いなのに。
既成事実だって、ただ密室にいただけ。目覚めた時、目の前にあの顔があって驚きはしたものの、衣服の乱れどころか髪の一本も乱れていなかった。
しかし貞淑さを求められる次期王太子妃としては失格だった。今思えば、誰かに嵌められた可能性を真っ先に疑わなくてはならなかったのに、頭が真っ白になってしまった。
今更頭が回り出しても、意味はない。レオナルドは、聖女ユリアナと結婚してしまった。
それも、ダリアローズはほとんど話したこともないトリスタンの、形式上の妻になっている。ユリアナに片想いをしている男の妻など、監視されているようで不愉快でしかないのだから、全力で抗っておくべきだったのだ。
不幸中の幸いは、ダリアローズは同情の中心にいることだった。
ダリアローズがレオナルドを慕って献身的に尽くしていることは有名で、他の男に見向きもせず、狂信的なまでにレオナルドを慕っていたために、トリスタンを襲うはずもなく。
トリスタンもトリスタンで、淑女を襲うどころか襲われそうな容姿であり、かつ、主を裏切ることのない生真面目で硬い性格。それに、トリスタンがユリアナを慕っているという噂もあった。
そんな二人が密室にいたところで何かがどうにかなるとは、誰にも想像がつかなかったのだ。
それでは誰が悪いのか、その茶の間の扉を閉めてしまったメイドが悪いのか、という論争も、ダリアローズが寝ていることで労わりたかったメイドがそうっと扉を閉めてしまい、誤って完全に閉まってしまったのだと結論づけられた。
状況的には婚約者を寝取られたとも言えるレオナルドが、二人の結婚を祝福したことで、二人は『予測不可能な事故によって、結婚することになってしまった不幸な夫婦』ということになったのである。
その上に、ダリアローズがレオナルド王子の結婚式で泣きながら倒れたことによって裏付けされ、更なる同情を集めた。
1,852
あなたにおすすめの小説
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
*らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる