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本編
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卒業直前で婚約破棄をされたのは、ダリアローズがユリアナに嫌がらせをした訳ではない。ゲームではそのせいで卒業パーティーで断罪されていたから、それだけは回避するよう警戒していた。……ある意味、向こうが上手だったかもしれない。
――――既成事実を、作られたのだ。
妃教育に、次期王太子妃としての公務を引き継がれながら、学園でも友人たちとの人脈を維持するために多忙を極めていた。
その上、ユリアナと距離を詰めていくレオナルドは、婚約者との交流の茶会に随分と遅れた挙句、キャンセルすることもあった。今日もどうせ来ない、という失望と諦めと気の緩みで、うっかり寝ていたその一瞬で。
起きた時には、全てが終わっていた。
レオナルドの側近、トリスタン・パールブレスと、密室で二人きりになっていたのだ。
すぐさま噂は駆け巡り、ダリアローズは混乱の渦に叩き込まれた。
一体何故そこまで深く寝ていたのか、何故それほど話したこともないトリスタンがいたのか、分からない。
なにもかも分からないのに、ダリアローズを置き去りにして、気が付けば婚約破棄ののち、トリスタンとの婚姻が決まっていた。
呆然とするダリアローズの前で、トリスタンは極めて事務的に、言った。
『責任はとります』と。
トリスタンはレオナルドとはまたタイプの違う美貌を持つ。少し影のある彼は、攻略対象たちの中で、最も人気の高い男。悔しいがために、勝手にレオナルドの仇と認定していた。
太陽のようなレオナルドとは対照的に、月夜のような、中性的な美形。レオナルドの側近として長らく見てきてはいるが、冷たく凍えるような無表情しか見たことはない。
だから、トリスタンに関しては無害だと勘違いをしていた。他の攻略対象である魔法師団長令息や、ユリアナ付き聖騎士と比べると、あまりにも理性的すぎる。ダリアローズを嵌めるほど、恋に狂うタイプではないとたかを括っていたのだ。
ここからは推測になるが、ダリアローズが邪魔だったユリアナに、謀られたのだろう。トリスタンは表情が変わらないだけで、実はしっかり攻略されていたのだ。ユリアナに頼まれて、あの茶の間に現れて数刻我慢することで、あっさりと、実に鮮やかに、ダリアローズと王子殿下との婚約を破棄させたのである。
自分の手下にダリアローズを娶らせ、監視下に置き、その夫からも愛情を得る。攻略対象たちを両手に乗せてうっそりと微笑むユリアナを想像してしまい、ダリアローズはほぞを噛んだ。
ユリアナとレオナルドが結婚式を挙げた日、ダリアローズとトリスタンも婚姻した。華々しく王都中に祝われた式の裏で、一枚の紙に記入しただけの、淡々とした結婚だった。
それは確か、ユリアナが言ったからだ。
『結婚記念日も一緒がいいわ。ねっ、決まり。そうしたら、毎年一緒に祝えるでしょう……?』
それに諾と答えたのが、主に忠実なトリスタンだ。
ダリアローズは学園に在籍していた頃、自分とレオナルドとの結婚のために奔走していた。愚かにも実直に、準備に金も時間もかけたものを、名前だけユリアナに変えて、乗っ取られた。
懇意のデザイナーと数十回も調整をしたウェディングドレスも、レオナルドの色をふんだんにあしらったジュエリーも、仲の良い招待客も、縁起を担いだ花言葉を調べ上げて配置した花々の装飾も全部が全部、ユリアナのものとなった。
当然、トリスタンとダリアローズの結婚式など、何も用意していない。
月夜の精霊とも呼ばれるトリスタンだが、ダリアローズにとっては、常に無表情で何を考えているか分からない不気味な男でしかなかった。
前世でも、レオナルドを越えて人気投票で一位を取った男。
いけすかない。ほとんど無表情で作画コストも少ない。にこにこと可愛い笑顔を見せてくれるレオナルドとは大違いなのに。
既成事実だって、ただ密室にいただけ。目覚めた時、目の前にあの顔があって驚きはしたものの、衣服の乱れどころか髪の一本も乱れていなかった。
しかし貞淑さを求められる次期王太子妃としては失格だった。今思えば、誰かに嵌められた可能性を真っ先に疑わなくてはならなかったのに、頭が真っ白になってしまった。
今更頭が回り出しても、意味はない。レオナルドは、聖女ユリアナと結婚してしまった。
それも、ダリアローズはほとんど話したこともないトリスタンの、形式上の妻になっている。ユリアナに片想いをしている男の妻など、監視されているようで不愉快でしかないのだから、全力で抗っておくべきだったのだ。
不幸中の幸いは、ダリアローズは同情の中心にいることだった。
ダリアローズがレオナルドを慕って献身的に尽くしていることは有名で、他の男に見向きもせず、狂信的なまでにレオナルドを慕っていたために、トリスタンを襲うはずもなく。
トリスタンもトリスタンで、淑女を襲うどころか襲われそうな容姿であり、かつ、主を裏切ることのない生真面目で硬い性格。それに、トリスタンがユリアナを慕っているという噂もあった。
そんな二人が密室にいたところで何かがどうにかなるとは、誰にも想像がつかなかったのだ。
それでは誰が悪いのか、その茶の間の扉を閉めてしまったメイドが悪いのか、という論争も、ダリアローズが寝ていることで労わりたかったメイドがそうっと扉を閉めてしまい、誤って完全に閉まってしまったのだと結論づけられた。
状況的には婚約者を寝取られたとも言えるレオナルドが、二人の結婚を祝福したことで、二人は『予測不可能な事故によって、結婚することになってしまった不幸な夫婦』ということになったのである。
その上に、ダリアローズがレオナルド王子の結婚式で泣きながら倒れたことによって裏付けされ、更なる同情を集めた。
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