悪役令嬢は、もう推しません

カシナシ

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 ユリアナを注視しつつも、ダリアローズはレオナルドとの仲を深めていく作戦へと出る。これまでも『大好き』であることは言動から伝わってはいるだろうが、念には念を込めて。


「レオナルド様!限定公演のチケットが手に入りましたの。一緒にどうでしょう?」

「それは!私の気になっていたやつじゃないか。ありがとう、ダリア」

「ふふ、喜んで頂けて良かったですわ。レオナルド様のために、お父様に頑張って頂きましたのよ」


 ダリアローズの父を脅迫し手に入れたオペラのチケット。ダリアローズはレオナルドの好みもスケジュールも把握している。

 レオナルドは、劇にとても弱いのである。普段感情を抑えるように訓練されているからだろうか、その時ばかりは遠慮なく涙を流す。ダリアローズもまた然りで、推しの涙に釣られない訳がない。


 もちろんこんなデートスチルはない。主人公ユリアナとのデートは庶民的な場所が多いので、ダリアローズは見たこともないレオナルドの姿を拝める。

 そして現実のユリアナは、学園が休日の際は聖女として奉仕活動をしているはずなので、邪魔が入ることはないことは確認済み。




 いそいそとお洒落をして集合場所へと向かった。学園へ入学してからは二人とも忙しく、デートらしいデートをする時間が無かった。三日前から寝付けないほど、楽しみにしていたのだ。

 輝くような笑顔のレオナルドを見つけ、心臓が跳ねた、その時。


「あっ……レオさま!それに、ダリアローズ様まで……?偶然ですね……どうしたんですか?」

「おや、ユリアナじゃないか。どうしてここに?」


 小綺麗な町娘のようなワンピースに身を包んだユリアナが、駆け寄ってくる。ダリアローズの浮き立った心は、急速に萎んでいった。

 レオナルドはいつもの八方美人な笑顔で応じている。その笑顔すら、今はやめて欲しかった。それだけで、女性は惹きつけられてしまうのを、知っているから。

 相変わらずぷるぷると小刻みに揺れながら、ユリアナはもじもじと話す。


「あたし、今日お休みもらったんです……いつも学園と神殿のお仕事で大変だろうから、って。でも、お友達なんていないから……一人でぶらぶらするのも飽きちゃった所でした。お二人に会えて嬉しい……!あのう、ご一緒してもいいですか……?」

「ユリアナも休みなのか。いつも一生懸命頑張っているから、きっとそのおかげだね」


 レオナルドはダリアローズをチラリと見た。この時のダリアローズの笑顔は、凍り付いていた。この広い王都の中で、待ち合わせ場所で、、会う?あり得ない。情報を漏らした奴がいるのだ。

 ここにいないトリスタンに怨念を送る。ヤツのせいに違いない。厳密にはレオナルドには他にも側近はいたが、とりあえず筆頭側近であるトリスタンの指導不足のせいだ。


「ごめんなさい、ユリアナ様。わたしたち、これからオペラを観に行くのよ。チケットも二枚しか無いし、ユリアナ様の格好では、ちょっと……ドレスコードが……」


 そう言っている途中で、ユリアナははらはらと泣き出した。それはそれは、清らかな涙。『聖女の涙』とでも銘打って売り出せそうな程、綺麗な涙の大粒が、転がり落ちていく。


「ひっ、ひどいです……ダリアローズ様……あたし、オペラなんか観たことなくて……、そんなに綺麗なドレスなんて、一枚だって持ってないのを、ご存知で……!」

「……ユリアナ、大丈夫かい?ダリア、少し言い方がきついんじゃないか!?」


 レオナルドが聖女との間に入り、まるで彼女を守るかのように立ちはだかった。

 聖女はぐすぐすと泣いたまま、レオナルドの背中にぴったりとくっつく。そのシャツで涙を拭くと、隙間からダリアローズを見てニヤッと笑ったのだ。

 ダリアローズは瞬時に怒りで沸騰しそうになった。だが、それをぶつけてはゲームのダリアローズと一緒になってしまう。わなわなと震える唇で、レオナルドをじっと見上げた。

 こんな予定ではなかった。今頃レオナルドに手を引かれて、和気藹々と話しながら向かっているところなのに、ダリアローズをエスコートするはずの腕は、ユリアナを守っている。


「……わたしは事実を言ったまでですわ、レオナルド様。では、どういたしましょう?」

「ユリアナは一度も観劇したことがなくて可哀想だ。今日のところは、私の分をユリアナに譲ってやって欲しい……が、ダリアと二人ではユリアナも落ち着いて見られないだろう。ダリア、今日は申し訳ないがそのチケットを買い取らせてくれ。いいね?」

「…………」


 悔しさに、口の内側を噛み切ってしまいそうだ。その上に、もうレオナルドはダリアローズを見ていない。ユリアナを慰めるように、ぽんぽんと桃色の頭を撫でている。


「ユリアナ、急いでドレスを買えばまだ間に合うよ。一枚も持っていないのなら、私が買ってあげるから」

「でもっ……ダリアローズ様、怒ってらっしゃるから……」

「ダリアは大丈夫だよ。だってダリアだもの。ね?……また今度、埋め合わせする」

「結構です」


 ダリアローズは地面へチケットを投げつけたくなったが、懸命に堪えた。そんなことは、してはいけない、いけないのだ!
 淑女教育を舐めるなと言わんばかりに。無理な笑顔を浮かべ、レオナルドへチケットを二枚、渡す。


「それでは、お楽しみ下さいませ。わたしのお父様が、本当はキャンセル待ちでも無理だったのを、劇団に寄付をするという大盤振る舞いをしてまでようやく取り寄せたチケットで、どうぞ」

「ダリア……」


 帰る馬車に乗り込めば、もう我慢できなかった。後から後から涙が溢れていく。今日のために新調した、ブルーサファイアのドレスへ、涙の染みが広がった。もう家へ帰るだけのドレスと思えば、どうでもよくなるというもの。きっと一生、二度と着ることはない。

 泣き腫らした顔で帰ったダリアローズを見て、侯爵家の人間は王家を敵と見做した。それは父親の侯爵も然り。

 どこぞの地底王のように憤怒する父親と、物騒な計画を立て始める使用人たちを見て、ダリアローズはむしろ冷静になった。ダリアローズが感情を表したそれだけで、巻き込む人間が多すぎる。

 何とか宥めたその後。どれだけ悲しいことがあっても、ダリアローズは平静を保つことに腐心するようになった。








 
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