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本編
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しおりを挟むそれから数日間、ダリアローズは自室内だけで過ごした。一応は新婚だが、トリスタン――――次期当主が帰ってくることはなかった。おそらく王城で、性懲りも無くユリアナの側に侍っているのだろう。
もうほとんど包帯は外しても良くなった。幸いなことに傷跡は残らない模様。今後の活動のために懐のポケットマネーをぺちぺちと確認していると、屋敷内が少々騒がしいのに気付いた。
「誰か、来客かしら」
「見てきますねぇ」
ミミが軽快に出て行く。肉厚なのにシュッと扉の隙間から出ていく様は、一流の侍女である。
ダリアローズは軍資金を影収納に入れて、『自立のために必要な30の心得』を読むことにした。主に男性向けのものだが、ミミが貸してくれたこともあって、意外に面白い。黙々と集中していると、騒ぎはどんどん近づき、バンッ!と扉が開放された。
「ダリアお姉様!わたくし、わたくしもう耐えられませんわっ!」
「?!」
不躾に入ってきたのは、レオナルドの妹王女、マーガレット第一王女殿下だった。
「んっ?あら?あらら……おほほ……失礼……」
マーガレット王女がしどろもどろになって出て行こうとするので、ダリアローズは察して声をかける。
「マーガレット様、合っていますわ。わたし、ダリアローズです」
「ええっ……ええっ!?別人すぎるわ!?」
「あら、失望されましたの?」
「まさかっ!か、か、か、可愛いわお姉様……っ!」
ふわふわの金髪を靡かせたマーガレット王女は、ダリアローズに駆け寄って抱きつこうとして、踏みとどまった。頭に巻かれた包帯を痛々しそうに見つめて、そっと華奢な手を握る。
「こんな可愛らしいお顔を隠していらっしゃったの?いつものキリリとしたお姉様も素敵ですが、こちらの可憐なお姉様にも浮気してしまいそうですぅ……」
「何を仰っているのですか、マーガレット様。わたしはわたしですのよ。ちょっと今はこの姿で申し訳ないのですが……」
「そうでしたわ!あの鉄仮面、お姉様のお側にいたのにもかかわらず助けず、頭を打ち付けるのを心配もせず!そりゃお二人がハプニングで結婚しなくちゃいけなかったのは知っていますけど、けれど、許せませんわ!」
「……マーガレット様……そういえば、もうお姉様と呼んでいただく資格も無くなってしまいましたわ」
「いいえ。わたくしのお姉様はお姉様だけ。あんなにぶりぶりくねくねした、無能な小娘など認めません」
マーガレット王女とは、長年姉妹のように育ってきたこともあり、かなり懐かれている自覚はある。けれど、思っていた以上に荒ぶっている彼女に失笑を禁じ得ない。
ダリアローズの一つ下のマーガレット王女は、今年17歳。多感な時期に、兄の婚約者が一瞬で挿げ替えられた様を見せつけられては、少々歪んでしまうのも致し方なしと言える。
「ところで、わたしの旦那様をご存知です?どこにいるのか」
「それ!それも言いにきたのです!鉄仮面、初夜の時に新婚夫婦の寝室の外で警備なさっていたのよ。その晩、あの女に呼ばれて、中へ入ったとか……」
「まぁ……」
「流石にクソ兄様がいるから不貞は出来ないでしょうけど、何が悲しくて新婚の閨を覗き見ているんでしょうね。悪趣味にもほどがあるわ」
「それは全くその通りね」
マーガレット王女の言う鉄仮面とは、ダリアローズの書類上の夫、トリスタン・パールブレスのこと。
鈍く輝く白銀の髪を後ろで束ね、色気のある紫の瞳を持つ美青年だ。レオナルドが太陽ならトリスタンは月と表現される、王国の二大観光名所……ではなく、人気の美青年主従。
そんなトリスタンは表情がほとんど変わらないため、マーガレット王女に『鉄仮面』と呼ばれているが、それでも整った美貌にふらふらと近付いてしまう女性たちは後を絶たなかった。
そして今、マーガレット王女の話を聞き、ダリアローズは確信する。トリスタンはネトラレ願望のある変態(?)で、ダリアローズのことはもはや結婚しているか覚えているかも怪しい。この好機を活かすしかない。
「マーガレット様、情報ありがとうございます。わたし、彼ともいずれ離縁しますから、落ち着いてくださいまし」
「……えっ、ええっ?でも、それでは……」
「もう、いいんですの。吹っ切れていますわ。わたし、自立しようと思いますのよ」
ほう、と息を吐いた。婚約をしている間も、ダリアローズはずっと片想いをしていたようなものだ。尽くしても尽くしても積み上げた何かはこぼれ落ちて、ついには何も無くなってしまった。
レオナルドには、本当はありがとうと言って別れたかった。全力で尽くさせて頂いた。だからこそ、結婚式を見たときに感情が崩壊したのだろう。
人の心ばかりは、努力ではどうにもならないのだ。
「お姉様……、わたくしで出来ることがあれば、何でも仰って下さいっ!」
「嬉しいわ。それでは早速、マーガレット様?」
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