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本編
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しおりを挟むダリアローズとトリスタンは、無言の追いかけっこをしていた。会場を探してもレオナルドが見つからず、とうとう、ダリアローズはぐるんっ、と振り返る。トリスタンはぴたりと立ち止まった。
「それで?貴方のご主人サマを呼んできてくださらないかしら?わたしを追いかけまわす暇があるのなら」
これがなんと、結婚してから初めての会話である。そう気付いて、ダリアローズは嘲笑を浮かべた。
トリスタンは動じなかった。それが今は少し、忌々しく感じる。
「今夜はもう仕事はありませんから、妻の側にいていいと言われました。ダリアローズさ……ダリアローズ、を、一人にはしたくないので、一緒に探すのはいかがでしょうか」
『様』を付けるのはおかしいと思ったのか、言い直すトリスタン。生真面目な男らしい。
「一人にしたくない?それでは、わたしはシドと一緒にいますわ。お構いなく」
「シドとは、先ほどの男でしょうか?」
「今日、貴方の放り出した役目を代わりにこなしてくれた人のことを、『男』だなんて……」
「申し訳ありません。貴女への招待があったことを知らず、迎えに行けなかったこと、お詫びいたします」
招待を知らなかった?ダリアローズはぴくりと眉を吊り上げたが、トリスタンはそれ以上の説明をする気は無いらしい。
顔にかかった紅の髪をぱさりと後ろへ払う。機械と話すなど、不毛である。早く視界から消え去ってほしいし、エミリエ夫人のためにもレオナルドを探しに行かなければならない。
腹立ちを紛らわすように、ダリアローズは会場を出た。トリスタンもやはり、付いてくる。まるで飼い犬か、もしくは飼い犬を追いかける飼い主の方か、どうでもよいことを考えながら、月明かりの明るい庭園へと出た。
そこでもまた、ダンスに疲れた貴族が、ちらほらと月夜を眺めながら、会話を楽しんでいた。
レオナルドの金髪は、一際目立つ。一人、哀愁を漂わせながら月を見上げる姿は、挿絵から抜け出したように美しかった。
(……終わったことよ。わたしは、ただ呼び戻すだけなんだから)
「殿下」
「……ダリア」
「ユリアナ妃殿下がお呼びです。お戻りになって下さい。それから呼び名をご考慮くださいまし」
「……もう少し、ここにいたい。君もどうだ」
「遠慮いたします。それより、妃殿下が大層不安になられて、お可哀想に、涙を溢しておりますので」
「……」
レオナルドはそれを聞いても黙ったまま、ぼうっとダリアローズを見つめていた。怪訝に眉を顰める。
一体どうしたことだろう。ユリアナが一粒涙を溢したなら、それが大地に落ちるより先に、風のように走っていくはず。ダリアローズのことなど頭から抜け落ちて、いかに彼女を慰めるのか、温めてやるのか、それだけを考えるのだと、思っていたのに。
薄々気がついてはいた。どれだけ恋焦がれても、友人や、良くて妹へ向ける以上の気持ちは返してくれなかった人。
それでも婚約者として優しくしてくれて、義務も果たしてくれたから。人生の大事な場面はほとんどレオナルドと一緒にいたから。ダリアローズは、恋慕っていたのだ。
今はもう、別の世界の住民。それぞれの世界で、生きていくだけ。
「ダリアは、美しいな……。月の女神のようだ。溶けて消えてしまいそうな儚さだ。手を取ってもいいかな?」
「今更、何を……っ!?」
ずいと手を伸ばしてくるレオナルドに、ダリアローズはさっと身を引いた。疑問符がぽこぽこと湧き出て止まらない。なぜ、ユリアナの元に行かない。なぜ、自分を見る。なぜ、トリスタンは黙ったままなのだ。
「ゆくゆくは側妃にするつもりだったが、その前に他の男に取られてしまいそうだ。君の可愛らしさを、社交界が知ってしまったのだから」
「はい?」
しんみりとした気分が吹き飛んだ。誰が、誰の、何だって?
レオナルドは少し恥ずかしそうな、甘い声で囁いた。
「トリスタンとは、白い結婚だろう?三年後離縁させて側妃として召し上げるより、今すぐ公妾として召し上げるのはどうかな。……私のことを好きなのは、知っているんだからね」
頭の中で、パキパキと音がする。
それは、レオナルドとの思い出が、ひび割れていく音だった。
ダリアローズの推測では、トリスタンとの結婚は、レオナルドと引き離したいユリアナの策略かと思っていたのに。
レオナルドこそが、ダリアローズを嵌めたのだ。
正妃としてはユリアナを得て、そしてダリアローズを側妃として娶れるようになるまで、白いままキープさせるために、側近まで使って。
「……用事を思い出しましたので、下がらせていただきますわ、ええ、今すぐに!」
『推しにこれ以上失望したくない!』という心の声に従ったダリアローズは、一瞬振り返りながら、叫ぶ。
「さようなら、殿下!わたしを捨てた時、わたしたちは決別したんです!」
「っ、そんなことは、ない!ダリア、君はずっと私のものだ!トリスタン!ダリアを止めろ!」
そう叫ぶ声が聞こえたが、追いかけられることはなかった。小鹿の如く軽やかにダリアローズは馬車へと駆け込み、追い立てるように出立させたのだった。
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