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本編
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ワルツが始まると、ユリアナとレオナルドが踊り出した。頻繁に足を踏まれていても、レオナルドは笑顔を保っている。流石王族。正直に言って拙いダンスだが、ユリアナには『聖女だから』という免罪符がある。
一般貴族も踊れる番となると、ダリアローズの元には申し込みが殺到した。本来夫であるトリスタンと最初に踊るべきだが、その姿は見えない。シドは逃げたのか、もう気配は無くなっていた。
誰でも良いのだが、自分を見つめてテカテカと顔を光らせる者や、鼻の下を伸ばしている者は選びたく無い。ダリアローズはダンス講師として働き始めた従兄弟を捕まえた。
従兄弟のステップは迷いが無く、そしてダリアローズを最大限輝かせる配慮もあり、非の打ちどころがない。これが宣伝となり、講師としての申し込みが殺到しそうである。
楽しく踊り終わった後、ずいと進み出てきたのは、ユリアナだった。給仕にシャンパンを促しながら、親密そうに、にっこりと笑っている。
「ダリアローズ様……っ!聞いてください!あたしっ……いまっ!すごぉくしあわせでぇぇぇぇ~~…………」
「あら、そうですの」
「あっ!でもぉ、レオ様との初めての夜が……っ、とってもぉ、激しくってぇ~」
ダリアローズは半分死んだ目となった。こんな場所で、何を言い出すのか。閨事を暴露されているレオナルドにもはや同情する。
ユリアナはつんつんと人差し指同士を突き合わせながら、もじもじと顔を赤らめている。その様子は、男性には可愛らしく映るのだろう。近くにいるダリアローズには、彼女の瞳には明確な優越感が、爆発するほどの量でぐつぐつ煮込まれているのが分かった。
さりげなく人の少ない方へユリアナを誘導しつつ、適当に相槌を打つ。
大好きで恋焦がれた人。その人の胸に抱かれることを、どれだけ望み、夢に見たことか。
それを、この女は軽々しく口にするのだ。そういう生々しい姿は、知りたく無い。知るべきでは無い。
この余計なことをぺちゃくちゃと話し続ける口に、硬いパンでも詰めて塞いでやりたかった。そんなダリアローズの気持ちを嘲笑うかのように、ユリアナは熱い体温を感じるほどに微に入り細に入り、どれだけ愛でられたのかを語る。
ダリアローズも既婚者とはなったが、生娘だ。前世ですら経験がない。聞きたくもない話は耳に入るより前に遮断され、余計なことが目につく。
一応は夫であるトリスタンは、何をしているのか?
……ずっと気配を消すようにして、二人の後ろを付いてきているようだ。
ユリアナの口がただただ動いているのをぼうっと眺めながら、そういえば、とダリアローズは思う。
トリスタンは、このユリアナのどこが好ましいのだろう、と。
ダリアローズから見て、トリスタンの表情の変化は著しく乏しい。それは側近としては良い方に働く。主人の思惑を早々に匂わせるような側近では務まらないから。
もしかすると。機械のように理性的なトリスタンは、自分と違うタイプーーーーすなわち、人との距離感が近く、すぐに泣き笑う直情的なユリアナが、好みなのかもしれない。
そう暇つぶしに考察してみたところで、ユリアナの声が一層高くなった。
「ええとぉ、それでぇ、あたし、困ってるんですぅ。レオ様に、襲われないようにしなくっちゃいけなくてぇ……ああんっ、ダリアローズ様、ご存知ですう?色気のしまい方……」
はっ、と意識が戻る。ユリアナの期待する答えは分かっていた。『ユリアナ様は愛されていらっしゃるから、どうしたって無理ですわぁ~』、これ一択なのだ。
上目遣いのユリアナに微笑むと、ダリアローズは姿勢を正した。望む言葉は、与えてやらない。彼女の優越感をこれ以上膨らませないよう、口を開いた。
「ごめんなさいね、ユリアナ様。こういったことを相談したいのなら……そうですわ!エミリエ様をご紹介します。彼女はとっても頼りになるお方ですもの。適任ですわ。ちょうどあちらに」
エミリエ夫人とは、酸いも甘いも知り尽くした未亡人である。美しいエミリエ夫人とは親子のように良くしてもらったダリアローズはそう提案したが、ユリアナの口端は引き攣った。
「ええ?でも、あのお方とは年齢が……」
「まぁ!エミリエ様に年齢など関係ありませんわ?なにより、わたしより余程ためになる知識をお持ちでいらっしゃるのよ。確か、カウンセリングもしていらっしゃるとか」
「そ、そう?でも、あたし、ダリアローズ様の方が……」
ダリアローズに付き合わせたいのは、優越感を得るためだけだ。現実に、ユリアナはハイエナのように、獲物をもっともっと甚振ってやろうという、悪辣な表情をしていた。
「エミリエ様に紹介いたしますわ。さ、こちらに」
ちょうどこちらを振り向いたエミリエ夫人と目が合った。にこりと微笑めば、何かを察した夫人がこちらへ向かってくる。その様子に、ユリアナは焦ったように小声で叫んだ。
「いいって言っているのにっ!……ぐすん、なんで聞いてくれないの、ひどいっ!」
ユリアナは肩を震わせ、ぎゅっと目に力をこめた。いつもの手だ。みるみるうちに大きな空色の瞳に涙が溜まり、きっとトリスタンが――――
「?」
トリスタンを振り返ったダリアローズは、ばっちりと視線が合ってしまった。すぐに動くかと思ったのに、こちらを見たまま動かない。動くべきか、どうか、迷っている?
しかしその間にもユリアナは、周りの男性らに何かを期待しているのか、ぐずぐすと涙を溢すばかり。
そこでエミリエ夫人が辿り着き、ダリアローズに優しく声をかける。
「ダリアちゃん、とっても可愛いわねぇ!可憐という言葉はきっとダリアちゃんから生まれたのね。いつもの凛としたあなたも大好きだけれど、とっても素敵よ。あらぁ、聖女様、どうなさいましたの?先ほどは大きな声で楽しそうにしていらしたのに?」
「ひっぐ……ひっぐ……」
「エミリエ様、ユリアナ妃殿下は閨のことで不安があって、泣いてしまわれたのです。わたしよりもエミリエ様の方にお任せした方が、間違いがないかと。どうぞお力をお貸しくださいませんか?」
「まぁ、ダリアちゃん!そういうことでしたら、ぜひわたくしの茶会に。夫婦揃っての参加の方がよろしいかもしれませんわね」
「では殿下もお呼びしてきますわね」
「ええ、そうなさって。妃殿下、不安に思うことは何もないのですよ?さあ、ジュースでも飲んで、落ち着いて下さいまし」
ダリアローズはエミリエ夫人と目配せを交わし、その場を離れた。彼女の責任者であるレオナルドを探しに。
すると何故か、トリスタンが付いてくる。……一定の距離を保って。
……ストーカーなのだろうか。
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