悪役令嬢は、もう推しません

カシナシ

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本編

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 タウンハウスへと戻ったダリアローズは、急ぎ荷物を纏めた。

「シドったら、いつの間に馬車に乗っていたのよ」

「もちろんお嬢様が旦那様と会場から出たところから、見守っていましたが」

「早く言ってよ……」

「怖がらせてしまうと思い」


 文句を言いながら、ヒールを脱ぎ捨て、ドレスから脱出し、方々へ指示を飛ばす。非常に疲れているが、仕方ない。
 荷物をまとめると言っても、目につくものを全て影収納へ放り込めば、荷造りは完了だ。


 ミミとシドを連れて、夜にも関わらず領地へ向けて出発する。これ程急ぐのは、王家に捕まっては身動きできなくなるからだ。距離さえ稼げば、あとはなんとかなる。


「シド、急いで。夜はわたしの味方だから」

「承知」


 シドはいつだって、ダリアローズの望み通りにしてくれる。御者に指示をし、自分は騎乗して。

 黒い騎士服にダリアローズの赤色を纏ったシドは、遠目に見ても恐ろしい護衛。その出来栄えに満足しながら、ダリアローズは余裕の笑みを浮かべた。


 やはり王城から見知らぬ者も付いてきていたが、ダリアローズの魔法によって馬車そのものを闇に隠されて、見失う。追跡出来る者は、一人としていなかった。
 もちろん、通り過ぎる馬車を狙う盗賊たちも、ダリアローズの馬車は見つけられない。

 そのようにしてなんの襲撃も追跡もなく、数日。
 ダリアローズはパールブレス領へと辿り着いたのだ。












「はい?奥様?えっ、ダリアローズ・パールブレス様だと……」

「これが証明ね」

「失礼しました!」


 ダリアローズが指輪を見せると、門兵が即座に開けてくれる。次期パールブレス侯爵夫人にだけ与えられる特別な指輪には、家紋が刻印されていて、登録した魔力でしか浮かび上がらせられないのだ。

 門兵が侮ってしまうほどに、今のダリアローズは、柔らかな雰囲気を備えた美少女だった。大人になりゆく危うげな色香はあるが、清楚な出立ちは、まさか『影の女帝』と名高い、強そうな侯爵令嬢には見えなかったらしい。


「やっぱり、化粧は必要ね。久しぶりに肌が軽いのは良いのだけど、武装しなくちゃ……軽んじられているのが分かるわ」


 大事な指輪を、こんなところで見せることになるとは思わなかった。頼りになる夫がいない以上、使えるものは使わないといけない。




 案内されたのは、ごくごく普通の客室だった。姿勢の良い執事は、汗を拭きながら申し訳なさそうに頭を下げる。


「申し訳ありません、すぐに準備を致しますので……」

「いえ、ここでいいわ。十分よ」

「ですが、奥様には次期当主夫妻のお部屋を用意する決まりでして……まだ当分王都にいらっしゃるとばかり」

「ええ、気にしないでいいの。それに、わたしのことはダリアローズと呼んで。旦那様が仕方なく結婚しただけですもの」


 その儚げな微笑みに、執事は心臓を鷲掴みにされた気がした。これも『女帝』の実力なのか、とぶるりと肌を粟立てさせる。


「ぼっ、坊ちゃんからの言伝です。月々の予算を超えた買い物は控えるよう申し使っております。それから屋敷の小規模改修は許可されておりますが、大々的な改造は坊ちゃんに確認されてから……」

「ええ、もちろん承知しているわ。安心して、この屋敷を赤で染めたりはしないから。ふふふ」


 ダリアローズがそう茶目っ気を滲ませて笑うと、執事はまたも胸を押さえた。よろよろしながらも『何かあればすぐに申し付けください』と顔を赤くして下がっていった執事に、好感度は上がる。


「ふふ、お嬢様ったら、ご自分の魅力を分かっていらっしゃらないから……」

「なにか言って?ミミ」

「いいえェ」

「そういえばミミ、疲れたでしょう。今日はとりあえずこのお部屋で寝ましょう。シドは……そこのソファで」

「ミミを年寄り扱いしないで下さいよ。まだまだお嬢様には負けません!」


 ミミは気丈にも腕まくりをし、ダリアローズのお世話セットを広げて、新しい部屋を整理するようだ。その光景を眺めていると、ぬそっとシドがやってきた。


「オレは、廊下でいいです」

「初めての場所なのよ。シドを置いて魔除けにしなくちゃ」

「……しかし、お嬢様の外聞が」

「今更よ。文句を言うなら、くまさんのぬいぐるみみたいに抱っこしてあげましょうか?」

「……扉を守ります」

「いやよ。ソファの位置なら窓にも対応出来るから指定したの。わたしを安心させてちょうだい」

「承知……」


 観念したシドは、大きな体を押し込むようにソファへ沈ませ、動かなくなった。無駄なことに、気配を消そうとしているらしい。




 ダリアローズは疲れていたためか、夢も見ずに熟睡した。目を閉じて開けたらば朝になっていた。

 まだ回復仕切れない疲れを残したまま、寝起きのぽうっとした頭を振り払う。王都からここまで、怒涛の逃亡劇だった。ひとまず何も考えたく無い。


(顔合わせでもしときましょうか)


 書面上のこととは言え、夫婦になってしまった以上、屋敷で働く住人たちと顔合わせをしなくてはならなかった。場慣れしており緊張感のないダリアローズと違い、使用人たちからは、不安と期待で半々といった反応だ。



「という訳で、しばらくお世話になるわ。こちらにはこちらのやり方もありますでしょうし、どうか色々と教えてくださいな」


 そうニコリと微笑むと、使用人の中でも年嵩の、中年の女がフッ、と笑った。


「これだから、このようなご令嬢と結婚はやめとくように言ったのに……なにも分かっちゃいません」

「あなた、なにか?」


 ダリアローズはさも聞こえなかったかのように、その女に問う。その後ろで、ミミが遠い目をしたが、誰もその真意には気付かない。

 列の中から進み出た中年の女は、先ほど“メイド長”と紹介された者だった。


「既成事実があるからこの結婚は避けられなかったでしょうが……簡単にわたくしたちの信頼を得られるとは、思い上がらない方が良いですよ、

「あなた、クビね」


 ダリアローズは小首を傾げながら、言い放った。

 あたかも当然のように。まるで、『そのゴミは、ゴミ箱へ』と言うだけのことのように。


「!?……っは、なにを!わたくしは長年支えてきた……」

「形式上私のことを『奥様』とも呼ばず、腹心でもないのに『お嬢様』呼び。つまり、『この小娘が』と言いたいのよね」


 奥様呼びをされたくはないが、それとこれとは別問題。躾のなっていない使用人がいれば、侯爵家として格が下がってしまう。


「っ」

「わたし信頼を得たいなんて、勘違いも甚だしい。あなたたち信頼を得られるかどうか、なの。この時点で主従関係をまるっきり理解してない。それも、長年働いてきてそれ?下女ならまだしも、上に立つ者、責任を取る者が、それなの?改善の余地もないわ。つまり、おいとまして頂いて結構よ」

「あんたなんかに、そんな権限……」


 不意に、ダリアローズは側にあった花瓶から、一輪の百合を引っこ抜く。不自然な行動に戸惑ったメイド長が言葉を途切らせた時、ピリッと微かな音と共に、闇が花を一閃した。


 ポトリ、と綺麗に落ちた、百合の首。ダリアローズは残った茎を弄びながら、笑顔で問いかけた。


「物理的に首が飛ぶのと、社会的なクビ、どちらがお好み?」


 玄関ホールはしんと静まった。




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