悪役令嬢は、もう推しません

カシナシ

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本編

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 うら若き令嬢であるダリアローズを見て、先制攻撃をしかけようとしたメイド長は、もはや顔色が無い。

 その様をむざむざと見せつけられた使用人たちは、カタカタと震え始めていた。この様子では、何人か信用ならない人間もいそうだ、とダリアローズは目算した。

 しかし執事を含め、むしろキラキラした瞳でダリアローズを見つめる者も確かに存在していた。ダリアローズはしっかりと執事を見つめる。


「執事さん、最初の宿題はね、このメイド長の解雇と適任の選出。候補者を何人かあげてちょうだいね。それから彼女のオトモダチも影響を受けているでしょうから、要らないわ。募集までは追いつかなくても大目に見るから。期限はわたしが外出から帰ってくるまで。期待しているわね」

「は……ははっ……」










 馬車に乗り込んだダリアローズは、ミミへと上機嫌に話しかけた。


「見た?あの恐怖に張り付いたお顔!油断して舐め切った顔が、一瞬で怯えるの……癖になりそう」

「ああもう、お嬢様ったら、なんて悪趣味に育っちまったんです……!誰の影響なのか……」

「そんなの、ミミしかいないでしょう?」

「ええっ!まさかぁ!ミミは善良なおばさんですよぉ!?」


 ダリアローズは知っている。ミミを『チョロそうなおばさんだぜ』と舐めてかかり適当にサボっていた使用人を、精神的に叩きのめして舎弟にしていたことを。

 ミミは一見クッキーの匂いでも漂わせそうな優しげな女性だが、実はとてもしたたかだ。どこの屋敷でも、いつの間にか支配しているのである。








 ダリアローズは使い魔の目を通じて、迅速に、全ての領地をぶらぶらと視察した。

 その中で、最も希望に近い物件を見つけたので購入する。本邸とも距離はあまりなく数時間で着ける距離だ。海の見える丘の小さな一軒家は朽ち果てていたために、ダリアローズの軍資金で十分買えた。

 ダリアローズを溺愛する両親からの小遣いである。少額なはずはなかった。


「ん~っ、いい家ね」

「家というより木材の寄せ集めにしか見えませんけど?」

「これを、こう、……っよ!」


 ダリアローズが【腐敗】の反転魔法を使うと、みるみるうちに蘇る。あっという間に新築のテラス付きコテージとなったのを見て、ミミははぇー、と感嘆して手を打った。


「はー、すごいですねぇ。これならミミの古くなったポーチもお嬢様にお願いしたらよかった」

「ふふっ、ミミ。主人を便利に使うなんて良い度胸ね?」

「冗談に決まってますでしょう!それにしても、お力をおおやけにすることになりませんか?不肖ミミ、心配です」


 ダリアローズがこれまで隠してきた闇魔法。とても便利な魔法だが、強力な武器を持つ女は『モテ』ない。女性騎士だって変わり者とされている社会で、ダリアローズはレオナルドに好かれたい一心で隠していた。

 それをミミとシドは知っていて、秘匿に協力してくれていた。


「ええ、もう、いいの。レオナルド様に未練はないもの。一人で生きるなら、強いと思われた方がいいわ」


 側妃に、と言われた瞬間。

 ダリアローズの中の決して触れてはならない部分が、怒りに燃え上がったようだった。


 ダリアローズの前世は、会社員だった。決してエースにはなれないけれど、人当たりの良さと正確さでやたらと色々な人間に頼られる。細々と仕事は多いのに、成果は他人のものとなり評価されない。

 そのため、レオナルドのための『欠けたピースの代用品』として扱われるのは我慢ならなかった。

 レオナルドが自分を便利に扱おうとしたなど、未だに信じられない。信じたく無い。推しはキラキラしたままで、どうか思い出になって欲しい。


 影収納に入れていた、レオナルドとの思い出の手紙、花束、菓子の包装紙に、ちょっとしたメモの破片。それらを全て、ダリアローズの真っ黒な炎で焼き尽くす。

 灰は空と海へ吸い込まれて、ダリアローズの想いも共に連れていって浄化してくれるようだった。


「もう、これでいいわ。わたしには必要ないものだもの」


 最後に少しだけ、何も考えない時間が欲しい。

 報われなかった自分を労るための、時間が。









***







 ザーッ……、ザーッ……

 漣が砂を撫ぜる音を聞きながら、ダリアローズはハンモックに揺られ、寝てしまっていた。


「んっ……何?くすぐった……」


 モゾモゾする。

 よいしょ、とダリアローズが身じろぎをすると同時に、胸元からぽふり、黄色い塊が飛び出してきた!



「きゃっ!?」


 ダリアローズの目の前に羽ばたくのは、まん丸に太った黄色いヒヨコだった。羽ばたくと言うより、一生懸命小さな羽根でぴちぴちと動かしているだけで、浮いているのは魔法か何かだろうか。


『あっ!は、はじめましてピ……よろしくピ』

「喋っ……」

『お姉さんにしか聞こえないから大丈夫なのピ!』


 ダリアローズは思わず顔を顰めた。これと話していては、頭のおかしい女だと思われてしまう。周囲を見渡すと、ミミは家事に集中しており、シドは目を休めつつも警戒をしているようだ。

 手のひらにひよこを乗せると、ふんわりとした、なんとも言えない柔らかな毛並みが気持ち良い。小声で話しかけてみる。


「一体、誰なのあなた?誰かの使い魔?」

『違うピ。神さまの聖なるカナリアなのピよ。お引っ越ししたくて挨拶に来たピ』


 思わず盛大に顔が引き攣った。思い浮かんだのはユリアナの肩に乗っていた、金色のカナリア。

 しかし今、手のひらに乗っているのは明らかにのヒヨコだ。前に見た時は、もっとシュッとしていたような気がする。種族さえ変わることがあるのだろうか。

 疑いの眼差しで見られているのが分かったのか、自称カナリアはぱくぱくと、早口で弁明し出した。


『違うの、あの子のところにいたらどんどん痩せちゃったのピ!そしたら、人いっぱいのところでお姉さんを見つけて、しかもちょうど【要らない】って言ってたから、食べちゃったピよ!そしたらとっても綺麗で美味しくて、すぐ太っちゃったなのピ!』

「え、何を食べたの?わたし、何も……」

『コイゴコロ、って言うおやつピ』

「おやつ!?」


 少し大きな声が出てしまった。

 ミミが向こうで反応したらしく、『おやつありますよ、後で持って行きます~』と聞こえて来た。慌てて声を顰める。


「…………あれ、食べちゃったのね?」


『はいピ!とっても美味しかったなのピ。お姉さんありがとうピよ』

「お腹を壊してないなら、いいけれど」


 確かに要らないと、心の中で思ったが。
 まさかヒヨコのおやつになっているとは。

 ヒヨコが言うには、宿主の、清らかで温かい気持ちを、本人にも分からないほど少しずつ食べて育つらしい。だが、ユリアナにはそのようなものがなく、餓死寸前。そこでダリアローズの“重たすぎる廃棄寸前の気持ち”に食い付いたのだとか。


(でも、それで良かったのかもしれないわ。あんなもの、持っていても仕方ないもの)


 しかし、このヒヨコが聖女の喉に宿っているからこそ、ユリアナは聖女である。こんなところに居て良い存在ではないのは明らかだ。


「……ねぇあなた、ここにいたら良くないわよね?お家に帰りなさい」

『イヤッピ!!あの子もうやだピ!!住みたくないピの!!ここがいいピの!!』

「きゃっ」


 ヒヨコはまたダリアローズの胸の間に潜り込んだ。するとふわふわの身体がしゅるんと質量を無くし、全く違和感が無い。神さまの使いというだけあって、変化自在なのだろうか。

 冗談ではない。聖女はユリアナであって、ダリアローズではないのだから。早く返して来ないと、大変なことになる。

 困り果てたダリアローズは胸元から引っ張り出そうとしたのだが、そこにはもう何もなく、パールブレス侯爵家へ帰る時間となってしまったのだった。







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