悪役令嬢は、もう推しません

カシナシ

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本編

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「殿下がお帰りになられたのは良いけれど、トリスタン様、いつまでここにいるおつもり?お怪我が治るまで、かしら?」

「そうですね。怪我というより、疲労で身体が固まってしまっていまして。きちんと休養をとれば治る程度ですよ」

「まぁ。固まる?それほどに仕事を……」

「エイドリアンが早々に逃げてしまったのと、殿下たちが投げ出した分を押し付けられてしまい……貴女が倒れた時、思った以上に身体が動かなかったのも固着化のせいらしいです。防げず、申し訳ありませんでした」


 トリスタンは毎日の鍛錬にも向かえない程に執務に追われ、身体を巡る魔力が停滞し固着しつつあったらしい。魔力量が多い人間においては、魔力を定期的に発散しないと澱み、固まってしまうと言う。

 確かに結婚式では、ダリアローズの近くにトリスタンがいたはずだ。しかしあまりにもレオナルドの姿を見つめていたダリアローズは、視界に入っていなかった。

 その事にいまさら気付き、気不味い思いをする。


「いえ。倒れたわたしのせいですもの」

「……貴女にとっては、倒れてもおかしくない状況でした。そう予測はついていたのに……」

「けれど、怪我をしたお陰で良いこともあったわ。気にしないでちょうだい」


 ダリアローズはもうそれ以上その会話をしたくなく、強引に打ち切った。『気にしないで』という言葉を好意的に捉えたのか、トリスタンはほんの少し、口角を緩ませた――――気がした。









 異様に疲れた茶会が終わり、そのまま各自の部屋へ戻ると思われたが、トリスタンはダリアローズの部屋の前までやってきた。


「ここ、ですか?貴女にこんな素っ気ない部屋を使わせるとは……」


 それは自分がそう望んだからで、執事は悪く無い。

 面倒臭いが仕方なしに説明をする。どうせ三年後には出ていくし、トリスタンの新しい妻のためにも妻の部屋は使わず、他も改装はしない方がいい。

 ただあの無礼なメイド長は害悪でしかなかった。後任者にも悪影響しかないので、解雇は撤回しないことを伝えておく。


「あのメイド長……侯爵令嬢の貴女にそんなことを」

「ええ。まさか肩を持つなんてことは……?」

「しません。詳細を執事長に聞きたいので、今日はこれで。また明日」


 トリスタンはダリアローズの手を取り、甲へ口付けを落とす仕草をした。唇は触れない配慮で、しかし『敬愛』を伝えるもの。不意を突かれ、手の甲に熱がこもる気がする。

 あっさりと閉じた扉に、呟いた。


「どういうつもりなの……」






 翌朝、朝食に呼ばれて出向くと、期待した通り、新鮮な魚介の美味しそうな食卓。これまで部屋で手早く摂っていたが、やはりこちらの方が見栄えが良い。ダリアローズは目を輝かせ、用意をしてくれた使用人たちへ声をかける。


「なんて美味しそうなの!早速頂くわね」

「……貴女は魚がお好きなんですか?」


 そこでトリスタンの声が聞こえて、ダリアローズはチラリと見上げた。
 長い机の向こう側。色とりどりのガラスを敷き詰めた窓を背中にして座っている美丈夫に、気付かない訳がない。

 透き通る色彩に当てられたトリスタンは、さながら神像のように美しい。飾るには贅沢すぎる人形だ。
 無視をするほど嫌いという訳でもないし、とりあえずは防波堤になってくれそうだ。席に付きながら淡々と話す。


「お肉でもなんでも好きよ。ただ、お魚をいただける場所は少ないでしょう?今のうちにたくさん食べておきたいわ」

「今のうちに…………ですか」


 アサリのスープに、鮭のムニエル。ぷりぷりした木の子も添えられている。上品に、しかし次々と消えていく料理に、使用人たちはドキドキと見守る。

 ダリアローズは華奢な見た目に反して、良く食べた。幼い頃から運動を日課にしているため、食べておかないと動けなくなってしまう。

 皆が固唾を飲んで見つめる中、食べ終えて口を拭きながら、ダリアローズはにっこりと笑った。


「とっても美味しかったわ。ご馳走様。料理長の腕は最高ね」

「ありがたき幸せ……!」


 使用人たちの中に、料理長が潜んでいたらしい。ダリアローズは鷹揚に頷いた。満足そうなダリアローズを見て、トリスタンが口元を拭い、呟く。


「それは良かった……魚が得意でない者は多いのです。くさい、気持ち悪いと。俺も好きなのですが、理解はされにくいです」

「勿体無いわね。こんなに美味しくて、健康的なのに」


 そういえばミミも食べ慣れていなかった。ダリアローズは日本人としての意識があるからか、嫌悪感は全くない。


「そう言ってくれると、嬉しいです」


 トリスタンの頬がほんの少し赤らみ、女神も逃げ出す色香を醸す。使用人ですら、鉄仮面の珍しい表情を凝視し、魂を抜かれたような、呆けたまま固まっている。

 さらさらの銀髪をかきあげているのは、長い髪を下ろしているからだ。常に後ろで一つに結い、かっちりと前髪を上げて固めたトリスタンではない。隙のある、しっとりとした色気がそこはかとなく漂い、ダリアローズはなんとなく目を逸らした。


「ああそうだ、メイド長たちの件ですが」


 トリスタンはさらりとした口調で口火を切った。ここには使用人たちもいるのに、全員に聞かせるつもりらしい。


「紹介状には、得意なことと、不得手のこともきちんと書いていたようです。ええ、身分制度を理解していないことは致命的ですから、おそらく職場にしか就けないと思います」

「そうですか……それは良かったですわ」


 それを聞いてダリアローズは溜飲を下げた。そうであれば、彼女らは下女など、貴人に関わりのない職にしか就けない。どこかの屋敷でばったり遭う可能性は無くなった。ただし少なくとも経験はあるため、路頭には迷わないだろう。


 聞いている使用人たちは、ごくりと唾を飲んでいた。ダリアローズの一言で、誇りある仕事には就けなくなることを知った。これからもよく励んでくれることだろう。








 
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