悪役令嬢は、もう推しません

カシナシ

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本編

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 一眠りしたダリアローズは、またも胸元がモゾモゾするのを感じ、目をそうっと開けた。


 いる。

 やはり、丸々と太ったヒヨコが。



「……あなた、まだ帰っていなかったのね」

『ピッ!おいらはここにいるピの!いつも!お姉さんの力になれるピの』

「……聖女は……わたしじゃないのよ」


 つんつん。人差し指でヒヨコの頭を撫でて癒されながらも、ユリアナのことを思い浮かべてしまう。
 この神さまのヒヨコがここにいるということは、今、ユリアナは聖歌を歌えないということだ。

 そういえば、近頃聖女の活躍は聞こえてこない。彼女が聖歌を歌ったところで、目に見えるかすり傷などは治る程度。その効果は、薬屋の軟膏を塗るのとほぼ変わらないらしい。

 それに、治癒よりも豊穣の歌の方がもっとずっと重要だ。大飢饉が訪れるはずなのだ。ダリアローズはその為にレオナルドと婚約した時からずっと対策を打っており、聖女ユリアナの活躍の機会を奪おうと企んでいた。かつては。


(……あら?ちょっと待って。ゲームでは、大飢饉は卒業式の前?それとも、後?)


 おぼろげになってきたゲーム内容を思い返すと、学園を卒業するその直前のことだったような気がする。もし大飢饉など起きようものなら、当然、断罪の行われるはずの卒業記念パーティーなど、やっている場合ではない。

 聖女が豊穣の聖歌を歌い、土壌が回復し、混乱が収まるまで延期になりそうなものだ。……ものだ?


 ダリアローズは、なんとなくもやもやと忘れていたものを、完全に思い出した。


 もしかして、婚約中にあれこれしていたせいで、大飢饉を知らず知らずのうちに回避していたのか。

 大飢饉を救うという活躍が無くともレオナルドは彼女を選んだし、それに大飢饉を回避したことで、ユリアナが豊穣の聖歌を歌えないとは露呈しない。むしろ敵に塩を送っていた?

 いやいや、人民にとっては無い方が良い。無価値ではなかった。今となっては、レオナルドと結婚していたとしても幸せになれたとは思えない。これで良かったのだ。

 落胆のため息をハァ~……と吐く。


「この国にはきっともう、大飢饉は訪れないわ。聖女の力は……必要ないかもしれないのよ。それなら聖女として担ぎ上げられるだけ、面倒よ」

『たしかに、この国は人の力で何とかなっているピ。でも、お姉さんが聖歌練習してくれたら、便利ピよ。か……家庭菜園とかピ……』

「ひよ……カナリアさん。あなたの力がすごいのは知っているわ。けれど、それを振る舞うのはわたしではないの。ユリアナさんよ」

『イヤッピなの。あの子と一緒に歌うのは、私欲が強すぎて、ぞわぞわして、気持ち悪くて、ドブの匂いがして、どんどん痩せるピ。この世界のヒロインになりたいって言ってたから住処すみかにしようと思ったのに、とんだ思い違いだったっピ』

「えぇ……ああ、やっぱり転生者だったのね。でも、カナリアさんがあの子についてないと困るのよ……ユリアナさんが殿下の側にいられる唯一の理由ですし」

『う……おいらが可哀想だっピよ!?そう思わないピ!?』


 レオナルドに現在進行形で幻滅し続けているダリアローズとしては、ユリアナが聖女でなくなることはデメリットでしかない。王子妃という貴族らのトップにいることは少々腹立たしいが、今更ダリアローズはレオナルドに尽くしたくはないし、聖女としてまつり上げられたくもない。


『うう……じゃあっ!普段はお姉さんのところに住むピの。あの子が必要な時だけ、頑張るピ。出張ベース、ピ。ね?』

「……それなら、まぁ……」


 ヒヨコはぱあっと顔を輝かせ、毛をぽわぽわと膨らませた。


 ヒヨコによると……、聖なるカナリアは、選ばれし清らかな心の持ち主に宿るらしい。『選ばれし』というのは転生者であること。『清らかな』心は、私欲ではない、人々の為に祈りを捧げられるかどうか。

 ダリアローズは自分が清らかだとは全く思っていないが、人々の為に祈ることは出来ると思った。それは、次期王子妃として育ってきた環境の賜物である。

 聖歌を練習すればするほど、聖歌の効果が強くなっていくらしいので、少しずつヒヨコに教えてもらうことになった。手柄はダリアローズのものにも、ユリアナのものにはならず、ただひっそりと国が富み、人々が癒されるだけ。

 ヒヨコがユリアナの元へ出張する時は、いくらヒヨコが元気であろうとも、彼女の歌の練度に応じた効果しか出ないのだそう。

 もう大飢饉が起こらないとしても、力を持っておくに越したことはない。







 夕食の時分になると、ダリアローズはそわそわしていた。どうも集中できない。
 ミミによって薄化粧にされていることも気にならないほどに、ぽやっとしていた。トリスタンに会うと思うと、どうにも落ち着かないのである。

 鉄仮面だと思っているうちは、何とも思っていなかったのに。実はトリスタンが生きている人間なのだと、改めて自覚したせいだろうか。


「ロゼ、体調は……良くなったようですね」

「ええ、お陰様で。重ね重ね、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「いえ、俺が勝手に早とちりしてしまったせいなので」

「これからは昼に外出して、夕刻には帰りますわ……」

「そうして頂けると、俺も安心です。ところでどちらに外出を?」

「ふふふふ……そうだわ、こちらお詫びに」


 ダリアローズは笑って誤魔化し、ミミに目配せをし、ワインを取り出させた。まだ、秘密の隠れ家を暴露するつもりはない。


「わたしの生まれた年のワインですの。シャルドネ侯爵領でも秘蔵のものですから、味は保証しますわ」

「……!そんな貴重なものを……!有り難いですが、ロゼが持っていた方が良いのでは……?」

「お父様から100本近く頂いたの。まだまだあるので、悠長に飲んでいたらお婆さんになってしまいますわ。この魚料理にもぴったり合うと思います」


 トリスタンは話題を逸らされたことに気付いているのかいないのか、しかし流されてくれるようだった。


「それでは遠慮なく頂きます。大切な日に開けるとしましょう。二人の記念日などにいいですね」

「……お好きにどうぞ」

「はい。ありがとうございます、ロゼ。……ふ」


 トリスタンが真っ直ぐ見てくるのが恥ずかしくて、ダリアローズはぷいと顔を背けた。しかし赤くなった耳を見つけたトリスタンが、小さく笑い声を漏らす。

 夕食は、微笑ましい、温かな空気の中進められた。トリスタンは時々恥ずかしいことを真顔で言うので、ダリアローズはきゅっと唇を結んでそっぽを向くのだが、それすら彼にとっては微笑ましいらしい。

 給仕の使用人たちすらもニヨニヨと笑顔の絶えない夕食が終わった頃、トリスタンがほんの少し表情をかげらせて、言った。


「そういえば、俺と貴女に面倒な仕事が来ました。妻として、対応をお願いしたいのですが」

「あら、早速?」

「はい。……第一王子夫妻の新婚旅行先に、パールブレス侯爵領が指定されまして」

「……」

「盛大な歓待をと……」


 ダリアローズの脳裏には、ニヤニヤと笑うユリアナが浮かんだ。




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