悪役令嬢は、もう推しません

カシナシ

文字の大きさ
29 / 42
本編

29

しおりを挟む

「やぁ!トリスタン、起きているかい?」


 夫婦の寝室へずかずかと入ろうとしたレオナルドを阻むように、トリスタンは瞬時に立ち塞がった。先ほどまで寝そべっていた筈なのに、もう扉の方にいる。

 深夜にも関わらずレオナルドのおおやかな声は良く通り、咄嗟に寝たふりをしたダリアローズの耳へも容易に届いた。


「済まないが、ユリアナがトリスタンを呼んでいてね。どうしても今、確認したいことがあるらしい」

「わざわざ殿下が来られなくても、侍従を寄越して頂ければ」

「いや、その間ダリアの警備が心許ないだろう。私が見ていてやるから」


 ソレを聞いたダリアローズの胸に湧き上がったものは、激しい不快感。あれだけ化粧を落とさせたがったレオナルドのことだ。ダリアローズの素顔を見てやろうという下心を感じる。

 つい先ほど、告白されたのに。真剣にこちらを見つめるトリスタンの熱い情熱が、手を伝ってダリアローズまで届き、爆ぜる――――瞬間に、邪魔をされた。

 好き、という言葉に頭の中身が茹だりそうだった。しかしレオナルドによって冷や水を浴びせられた結果、ある意味冷静になった。果たしてその好きは、男女としてなのか、人間としてなのか、相棒としてなのか。

 それにまだ、ユリアナが何かしてくる可能性もある。それでもまだダリアローズを好ましいと感じてくれるのだろうか。心の中で、『どうか気持ちが変わりませんように』と念を送った。


「申し訳ありませんが、対応しかねます。殿下と共に、であれば伺うことは出来ますが」

「何だと?それでは……あー、いや、そうだな。それでいいから、来てくれ」


 意外と言っていいのか、レオナルドはあっさりと要求を飲んだ。一瞬怯んだトリスタンだったが、言った手前、行くことにしたらしい。

 パタパタと遠ざかる足音。そして、一つの気配がダリアローズへ近付く。


「お嬢。旦那様の戻られるまで、今だけお側に」


 シドだった。

 ダリアローズはふ、と鼻から抜けるような相槌を打ち、寝返りを打った。シドがいるなら、何も問題はない。







 ***






 主寝室へと通されたトリスタンは、何があっても動揺はしまいと警戒していた。

 しかし、扉を開けた瞬間、想像を超えたものに硬直する。
 衣服をはだけ、あられもない姿のユリアナが、待ち構えていたのだ。


「ま、待ってたわ……トリスタンさまぁ……」

「は……」

「あのね、……あのね……、恥ずかしいけど、三人で、楽しみましょう?レオさまは、いいって……」


 ユリアナはぱちん!とウインクをすると、いそいそと寝台へトリスタンを誘おうとした。手を取られる前に振り払う。


「殿下!これは一体どういうことでしょうか!」

「なにを怒ることがある?お前もユリアナを気に入っていただろう?褒美の一環だ、受け取ればいい」

「褒美……!?」

「そうだ。私は少し水を取ってくるから、先に楽しんでおいてくれ」

「レオさま、お待ちしていますわ」


 レオナルドは不気味に笑い、素早く扉を閉めた。急いで開けようとすると、鍵が掛けられている。


「……!」


 何故、内鍵が効かないのか。
 トリスタンがガチャガチャと鍵と格闘しているその背中に、魔の手が差し迫っていた。











 ***






 ダリアローズはこのところの疲れと、告白された衝撃と、そのトリスタンがユリアナに呼び出された不快感も合わさって、ごちゃごちゃと混雑しだした。一旦リセットするべきだ。

 頭を空っぽにした途端、緊張感なくとろとろと微睡まどろんでいく。意識が遠ざかり、優しい夢の中へ落ちてい……

……く前に、外で言い争う声によって覚醒させられた。


(こんな深夜に……常識を疑うわ)


 トリスタンが帰ってきたのではない。レオナルド第一王子が、扉の外にいるらしい。

 きっとシドが立ち塞がったのだろう。レオナルドの大声がする。『斬って捨てるぞ!』と騎士をけしかけるも、片端から大理石へ叩きつけている騒々しい音がしている。

 その惨状を見てか、レオナルドの声は、先ほどまでの声とは打って変わって猫撫で声に切り替わった。


「一目、見たいんだ。彼女は、妖精のような美貌だろう?」

「当然です。しかし、殿方に易々とお見せするものでもありません」

「王子命令でもか!?」

「文書にしたためていただければ」


 シドはよく分かっている。『素顔を見せるように』『寝室に入れるように』などという巫山戯たものを文書にしたためられるものなら、したためてみろと。


 しかしいい加減に眠りたい。

 ダリアローズは強い眠気と苛立ちの中、ゆっくりと起き上がり、闇魔法を行使した。


 ザワザワ……モゾ……モゾ……


 霧のような闇が蠢き、扉の向こうのレオナルドへと忍び寄る。シドのため息が聞こえた。


「……お嬢の機嫌を、損ねてしまったようです。オレのせいではありませんから」

「……なにを……?ぅわっ!」


 扉の隙間から伸び出た黒い手が、レオナルドを捉えた。

 バシンッ!と扉が開き、大きな手にぎゅっと掴まれたレオナルドを引き寄せる。部屋の真ん中で仁王立ちをする、ダリアローズに目を丸くしていた。


「ヒッ!?」

「ガタガタガタガタ煩い……今、何時だと思っているのよ……」

「あ……だ、ダリア……私だ、君のレオナルドだ……」

「ですから、何回言えばその呼び方を改めるのです?頭に穴でも開いていらっしゃるの?こんな簡単なことも覚えていられないなんて?」

「だっ、誰なんだ、貴様は!ダリアの体に、取り憑いて……っ!?」


 空中に浮いたレオナルドの体が、ブンブン振られる。ポケットに入れていただろう小銭やゴミなどがぽろぽろ落ちて、最終的に怪しげなカプセルも散らばった。しかしダリアローズは眠たさと苛立ちのあまり、気付いていない。

 シェイクされた王子は気を失っていた。ダリアローズはそれを、シドの後ろで呆然と突っ立っている近衛へポイと投げ捨てる。


「返却するわ。もしもっと激しいものを所望でなければ二度と来ないことね。ここ、2階ですし……」


 ちらりと窓の外を見た騎士は、高低差のあるバンジーをさせられている王子を思い浮かべたのか、顔を青ざめさせた。


「しし失礼しましたッ!」


 くったりとした王子を抱えて、素晴らしい速度で逃げていった。

 満足したダリアローズは寝台に近寄ろうとして、ピクリと立ち止まる。


 窓の外に、人影を見つけたのだ。



しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

処理中です...