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本編
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しおりを挟む「やぁ!トリスタン、起きているかい?」
夫婦の寝室へずかずかと入ろうとしたレオナルドを阻むように、トリスタンは瞬時に立ち塞がった。先ほどまで寝そべっていた筈なのに、もう扉の方にいる。
深夜にも関わらずレオナルドのおおやかな声は良く通り、咄嗟に寝たふりをしたダリアローズの耳へも容易に届いた。
「済まないが、ユリアナがトリスタンを呼んでいてね。どうしても今、確認したいことがあるらしい」
「わざわざ殿下が来られなくても、侍従を寄越して頂ければ」
「いや、その間ダリアの警備が心許ないだろう。私が見ていてやるから」
ソレを聞いたダリアローズの胸に湧き上がったものは、激しい不快感。あれだけ化粧を落とさせたがったレオナルドのことだ。ダリアローズの素顔を見てやろうという下心を感じる。
つい先ほど、告白されたのに。真剣にこちらを見つめるトリスタンの熱い情熱が、手を伝ってダリアローズまで届き、爆ぜる――――瞬間に、邪魔をされた。
好き、という言葉に頭の中身が茹だりそうだった。しかしレオナルドによって冷や水を浴びせられた結果、ある意味冷静になった。果たしてその好きは、男女としてなのか、人間としてなのか、相棒としてなのか。
それにまだ、ユリアナが何かしてくる可能性もある。それでもまだダリアローズを好ましいと感じてくれるのだろうか。心の中で、『どうか気持ちが変わりませんように』と念を送った。
「申し訳ありませんが、対応しかねます。殿下と共に、であれば伺うことは出来ますが」
「何だと?それでは……あー、いや、そうだな。それでいいから、来てくれ」
意外と言っていいのか、レオナルドはあっさりと要求を飲んだ。一瞬怯んだトリスタンだったが、言った手前、行くことにしたらしい。
パタパタと遠ざかる足音。そして、一つの気配がダリアローズへ近付く。
「お嬢。旦那様の戻られるまで、今だけお側に」
シドだった。
ダリアローズはふ、と鼻から抜けるような相槌を打ち、寝返りを打った。シドがいるなら、何も問題はない。
***
主寝室へと通されたトリスタンは、何があっても動揺はしまいと警戒していた。
しかし、扉を開けた瞬間、想像を超えたものに硬直する。
衣服をはだけ、あられもない姿のユリアナが、待ち構えていたのだ。
「ま、待ってたわ……トリスタンさまぁ……」
「は……」
「あのね、……あのね……、恥ずかしいけど、三人で、楽しみましょう?レオさまは、いいって……」
ユリアナはぱちん!とウインクをすると、いそいそと寝台へトリスタンを誘おうとした。手を取られる前に振り払う。
「殿下!これは一体どういうことでしょうか!」
「なにを怒ることがある?お前もユリアナを気に入っていただろう?褒美の一環だ、受け取ればいい」
「褒美……!?」
「そうだ。私は少し水を取ってくるから、先に楽しんでおいてくれ」
「レオさま、お待ちしていますわ」
レオナルドは不気味に笑い、素早く扉を閉めた。急いで開けようとすると、鍵が掛けられている。
「……!」
何故、内鍵が効かないのか。
トリスタンがガチャガチャと鍵と格闘しているその背中に、魔の手が差し迫っていた。
***
ダリアローズはこのところの疲れと、告白された衝撃と、そのトリスタンがユリアナに呼び出された不快感も合わさって、ごちゃごちゃと混雑しだした。一旦リセットするべきだ。
頭を空っぽにした途端、緊張感なくとろとろと微睡んでいく。意識が遠ざかり、優しい夢の中へ落ちてい……
……く前に、外で言い争う声によって覚醒させられた。
(こんな深夜に……常識を疑うわ)
トリスタンが帰ってきたのではない。レオナルド第一王子が、扉の外にいるらしい。
きっとシドが立ち塞がったのだろう。レオナルドの大声がする。『斬って捨てるぞ!』と騎士をけしかけるも、片端から大理石へ叩きつけている騒々しい音がしている。
その惨状を見てか、レオナルドの声は、先ほどまでの声とは打って変わって猫撫で声に切り替わった。
「一目、見たいんだ。彼女は、妖精のような美貌だろう?」
「当然です。しかし、殿方に易々とお見せするものでもありません」
「王子命令でもか!?」
「文書にしたためていただければ」
シドはよく分かっている。『素顔を見せるように』『寝室に入れるように』などという巫山戯たものを文書にしたためられるものなら、したためてみろと。
しかしいい加減に眠りたい。
ダリアローズは強い眠気と苛立ちの中、ゆっくりと起き上がり、闇魔法を行使した。
ザワザワ……モゾ……モゾ……
霧のような闇が蠢き、扉の向こうのレオナルドへと忍び寄る。シドのため息が聞こえた。
「……お嬢の機嫌を、損ねてしまったようです。オレのせいではありませんから」
「……なにを……?ぅわっ!」
扉の隙間から伸び出た黒い手が、レオナルドを捉えた。
バシンッ!と扉が開き、大きな手にぎゅっと掴まれたレオナルドを引き寄せる。部屋の真ん中で仁王立ちをする、ダリアローズに目を丸くしていた。
「ヒッ!?」
「ガタガタガタガタ煩い……今、何時だと思っているのよ……」
「あ……だ、ダリア……私だ、君のレオナルドだ……」
「ですから、何回言えばその呼び方を改めるのです?頭に穴でも開いていらっしゃるの?こんな簡単なことも覚えていられないなんて?」
「だっ、誰なんだ、貴様は!ダリアの体に、取り憑いて……っ!?」
空中に浮いたレオナルドの体が、ブンブン振られる。ポケットに入れていただろう小銭やゴミなどがぽろぽろ落ちて、最終的に怪しげなカプセルも散らばった。しかしダリアローズは眠たさと苛立ちのあまり、気付いていない。
シェイクされた王子は気を失っていた。ダリアローズはそれを、シドの後ろで呆然と突っ立っている近衛へポイと投げ捨てる。
「返却するわ。もしもっと激しいものを所望でなければ二度と来ないことね。ここ、2階ですし……」
ちらりと窓の外を見た騎士は、高低差のあるバンジーをさせられている王子を思い浮かべたのか、顔を青ざめさせた。
「しし失礼しましたッ!」
くったりとした王子を抱えて、素晴らしい速度で逃げていった。
満足したダリアローズは寝台に近寄ろうとして、ピクリと立ち止まる。
窓の外に、人影を見つけたのだ。
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