悪役令嬢は、もう推しません

カシナシ

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本編

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 危うく心臓の止まりかけたダリアローズ。しかし流れる様な銀髪を見て、トリスタンだと判別した。


(……っ、ちょっと待って。アレ、見られていたのかしら?)


 今度はヒヤッ、とした汗が背中を伝った。先ほどの王子に対する蛮行を、見られていたのか?

 内鍵のせいで入れないらしく、慌てて開けてやる。ちらりと見上げたが、顔色の変化はないようだ。暗くて部屋の中まで見えなかったのかもしれない。ほっと息をついた瞬間、トリスタンの胸元に目がいった。

 何故か寝巻きの前がびりびりに敗れ、鍛え上げられた鋼のような肉体美が、月夜に晒されていたのだ。


「きゃっ、な、なんで、外から、そんな格好で……っ?」

「開けてくださってありがとうございます。バルコニーを転々と移って逃げてきたのですが、その途中で引っ掛けてしまいまして」

「わ……なんてこと……」

「……?興味がおありなら、いくらでも見ていただいて……」

「っ結構よ!早く服を着替えなさい!わたし、先に寝ますから!」


 にやりと怪しく口角を上げたトリスタンの男らしい色気に、ダリアローズは絶句しそうになった。慌ててぷいっと背を向けたものの、隆々と盛り上がった筋肉の影を、目に焼き付けてしまった後。

(か、顔は女性のように綺麗なのに、体があんなにも筋肉質だなんて!ズルいわ……)

 ダリアローズはトリスタンの体のことで頭をいっぱいになってしまい、何があって逃げてきたのかをうっかり聞き忘れた。


 床に散らばったレオナルドの持ち物を、シドがかき集めたことなど、もちろん記憶にない。










 ***







「おはようございます、ロゼ」

「ふぁ……?お、はよう、トリスタン様」

「はい。よく寝ておられましたね」


 ダリアローズは不意を突かれ、声を裏返らせてしまった。もうトリスタンは身支度を整え終わっている。

 そういえば、と首を傾げた。昨日レオナルドがトリスタンを呼びにきた用事のことを、まだ聞いていなかった。


「それで、どんな用事でしたの?妃殿下は……」

「とてもくだらないものでした。俺をロゼから引き離す目的だったのでしょう。王子夫妻の主寝室に閉じ込められましたが、すぐに逃げ出しました」


 改めてバルコニーを見た。

 明るくなってみるとよく分かるが、建物は一階部分が高く作られているため、二階でも相当の高さだ。三階の主寝室からなら、もはや自殺行為。

 いつも通りピシリと小綺麗にしているトリスタンからは、そのような力技で解決する姿など、一切想像できない。


「……意外と思い切りが良いのね」

「惚れてくれますか?」

「そ、それはどうかしらね」


 つん、と顔を逸らしたダリアローズは、ふと、思い当たる。主寝室に閉じ込められた。レオナルドは外にいた。つまり、ユリアナと二人きりの部屋にいたということだ。


「さっき、主寝室に閉じ込められたと言いましたわね?ユリアナ妃殿下に、何かされませんでした?」

「……いえ、ナニモ」

「隠さなくていいんですの。あの方、貴方のことも相当お気に入りのようだから想像はつくわ。ネグリジェ姿で抱きついてきたりだとか……」

「ロゼは頭が切れますね。惜しいです。ただ、それよりもっと過激でした」

「…………へぇ…………?グラリ、とか、クラクラ、とかしなかったんですの?」


 ダリアローズはトリスタンを見据えた。するとトリスタンは怯むことなく、ダリアローズへ近付き、その髪を一房とった。


「まさか。こんなに可愛い奥さんがいるのに、そのような気など一切湧きません」

「なっ……」

「ロゼ、覚えていますか?邪魔が入りましたが、俺は、貴女が好きなんです。貴女の心を手に入れて、恋人になりたい」


 ダリアローズの深紅の髪をするりと撫で、その毛先にキスを落としている。あの鉄仮面の美貌が薄く色付いている気がして、ダリアローズもまたぽぽっと頬を染めた。

(つまり、女として、好かれてる……、と、いうこと?)


「らしくないことを、と思われるかもしれませんが……俺はもう、貴女を手放す気はありません。『はい』と言ってくれるまで、諦めませんよ」

「なっ、…………!」


 トリスタンはダリアローズを困惑させるだけさせておいて、『先に準備をしておきますね』と階下へ下がっていった。


 まだ固まったままのダリアローズに、シドが声をかける。


「……そういえば、お嬢。昨晩、お嬢が闇魔法を巧みに操っているのを見て、旦那様は目を輝かせていた」

「し、シド?えっ、アレを見られていたの?わたし、てっきり、セーフだったかと……」

「見られたくなかったのですか?格好良いのに」

「気味が悪いに決まっているでしょう。女が強くったって、可愛げがないだけよ」

「つまり、旦那様には可愛く見られたい、と?」

「……そんな。まさか!もう!変なことを言わないでちょうだい、シド」


 困ったわ、と頬へ手をやるダリアローズは、全く困ったようには見えない。シドとミミは生温い微笑みを浮かべたのだった。




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