虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

文字の大きさ
16 / 95
第二章 二回目の学園生活

3

しおりを挟む

「なぁ……リスティア。嫉妬してしまったのか?今までのお前なら、気にすることは無かっただろう?あんなのは、子猫に引っ掻かれたようなものだ」


 近すぎる距離で隣に座り、リスティアの手を取るマルセルク。これまでにも幾度となくされてきた自然な仕草で、互いの手の体温が重なる。

 あれほど恋しくて恋しくて、望んでいた温もり。
 それなのにリスティアの背筋には、ゾクッとした悪寒が走る。手を引きかけ、慌てて律した。

 いけない。いくらなんでも露骨過ぎる。

 それでもリスティアの身体は正直で、密着しようと回された腕に総毛立った。

 いつもの手法だ。
 マルセルクは、そのアルファらしいしっかりした身体を寄せ、初心なリスティアを翻弄して、都合の悪いことは有耶無耶にしようとする。悪魔のように、耳元に唇を寄せて、囁いて。


「あれは、ただの性欲処理なんだ……、リスティアの代わりになんてなれるはずもない。お前の足元にも及ばない者だ。私の心はいつも、お前の元にある。愛しているよ、リスティア」


 チュッ。
 手の甲に口付けを落とされ、流し目を送られる。


(ぐっ……、格好、いい。愛してなんか、いないくせに……)


 深い底知れぬ碧い瞳に捕らわれて、心臓がひっくり返りそうになる。
 ここで流されてはいけない。落ち着かせるために瞼を閉じ、深呼吸を繰り返す。

 顔の良さ。所作の気品。経験値の違い。

 そういったものでリスティアを誤魔化そうとしても、もう二度目。あんな地獄のような結婚生活は、二度と送りたくなかった。

 マルセルクが『愛している』という呪文をひとたび唱えれば、リスティアは嬉しくなって舞い上がり、いそいそと奉仕してしまう。
 もはや呪縛のようなそれを頻繁に使ったマルセルクのせいで、リスティアは何もかもを信用出来ない。


(これはパフォーマンスに過ぎない。フィルを花畑で囲うための)


 婚約解消の機を伺うには、これまで通り、マルセルクを慕う自分でなくてはいけないのに。
 たっぷり三年、溜まりに溜まった気持ちが、勝手に口を突いて出ていってしまう。


「どうして、あのような者を側に置くのです。私は、あのような者にけなされていい存在ではないはずです。貴方の未来の伴侶が侮辱されて、貴方は何故笑っていられる……!」

「……!」


 マルセルクが驚いている。

(何故?)

 そこでようやく、自分の目からぽろぽろと、涙が溢れでているのに気付く。

 不甲斐ないことに、自分の言葉に煽られて、感情が昂ってしまったらしい。
 恥ずかしさに乱暴に袖で拭えば、ぎゅうと厚い胸板に抱き寄せられてしまった。抵抗をする隙間もない。


「……すまない。それ程までに、私を慕ってくれているとは……こんな時になんだが、嬉しい。フィルには、お前に近付かないよう言っておく」


 近付かないように言う、と。

(これまで散々言っても、返事はいつも『立場が違うのだから、気にするな』だったのに)

 今更だった。今更言われても、虚しいだけ。
 涙を見せた途端に態度を変えられても、マルセルクに『ありがとう』など言えなかった。

 リスティアは無愛想に、言っておくべき事を言う。


「……子猫と言うなら飼い主は貴方です、マルセルク様。きちんと躾をしておいて下さいませ」








 学園にいる間、フィルはそれはもう、自由奔放にしていた。それは今も過去も変わらない。

 マルセルクの側近二人だけでなく、婚約者のいる令息でもお構いなし。
 中には本気で入れあげてしまい、婚約者に婚約破棄を言い渡す令息もいた。

 そうでなければ、マルセルクのように、『ただのお遊び』として付き合う人もいる。どちらにせよ、頻繁に体の関係を持っているのは明白だった。

(どうして以前は平気な顔が出来たのだろう)

 フィルの開け放した胸元に咲く赤い跡の、意味も知らなかったから、だろうか。




しおりを挟む
感想 184

あなたにおすすめの小説

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

処理中です...