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第二章 二回目の学園生活
27 マルセルク side ※残酷な表現あり
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――――マルセルクの記憶には、続きがあった。
決して言えない、リスティアの死後の記憶が。
リスティアの身体から熱が引くと共に、マルセルクの中で、番と繋がっている感覚は失われていく。まるで大地から水が奪われていくように、ゆっくりと。
「ああ……ああ……っ、リスティア、わたし、の……っ」
震えるマルセルクの横で、薬師団長が『何故これが……』と呟き、何かを拾い上げていた。
「それは……確か、少し前にフィルが……」
フィルが『一番大きい時で張子作ろうよ!記念になるよ!』と言い、己の持ち物に満更でもなかったマルセルクが許可したもの。
悪趣味なものだと理解をしていたため、フィルのコレクションにでも加えるなら良いが外には出すなと厳命していたものが、リスティアへの贈り物として届いていた。
「こんな……殿下。あまりに惨い。このメッセージ……リスティア様のお気持ちを抉るような……」
くしゃくしゃに丸められたメッセージを見れば、フィルが悪意を持って贈ったのだと分かる。その紙切れをマルセルクの前に突き出しながら、薬師団長は涙を堪えきれずに嗚咽した。
「何故……っ!もっと寄り添って差し上げなかったのですか!あんなに献身的なリスティア様を……っ、肌で抱き合うだけでもいいと、私は、私は何度も!」
激昂する薬師団長に、マルセルクはまだ反応しなかった。正しくは、出来なかったのだ。
(リスティアが、死んだ……?何故?リスティアは、私を愛していた。私も、愛していた……。何故?何故死ぬ必要がある?)
マルセルクの頭は泥に沈んだように回らない。しかし、薬師団長の持つフィルの卑猥な贈り物を見て、それこそがリスティアを失った原因だと思い込んだ。
「おい……何故、こんなものを、リスティアに渡したんだ……、侍女は、侍女はどこだ。これを渡したのは。誰か!フィルたちも呼んでこい!」
そこにぬっと現れたのは、泣き跡の残るアンナとサラシャだった。アンナはまだしゃくり上げているのを、堪えるために唇を強く噛んでいた。
サラシャが青白い顔で、冷たく言い放つ。
「我々で、相談の上、……お渡ししました」
「何故だ?リスティアが傷付くとは考えなかったのか?」
「それを、殿下が。あなたが、仰いますか?」
赤く充血しきった目で、マルセルクをギロリと睨んでいた。
王太子であるマルセルクですら、その鬼のような形相に怯む。
「何?」
「勿論、不快な贈り物です。ですが、発情期に、番のはずの夫も来なかったリスティア様の絶望は、底知れません。肝心のあなた様は、愛妾の元に毎晩通い、あの下品な男の子供を押し付けるだけ。これまでの発情期もまるで義務のように、一晩しか滞在なさらない。そして今夜は、それすら無かった」
「なっ、……!わ、私は王太子だぞ!そんな無礼を言っていいと思っているのか!黙れ!」
「黙りません!我々がお力になれるものならなりたかった!けれど番の、あなた様の代わりは誰一人としていないんです!そこに、不本意とは言えこのようなものがあれば、ほんの少しでもあの方を満たせるんじゃないかと!……間違いのようでしたが」
「サラシャ……」
アンナが呟き、そっと腕を引く。サラシャは目を見開いたまま、涙を流し続けていた。それでも言葉は止まらない。
サラシャにとって、リスティアに仕えるのは人生最大の誉れであった。婚姻前から、侍女として迎えるのを心待ちにしていた主人。いついかなる時でも美しく清廉で、『高貴な人間は素材から違う』と身を持って知った人。騎士に勝るとも劣らない、忠誠を誓っていた。
その主人が幸せそうに婚姻したその日から、笑みが消え、やせ細り、狂気じみた行動を起こしながらも、マルセルクの愛を渇望していた姿を、横からずっと見ていたのだ。
王太子の怒りを買ったって構わない。リスティアが子供を産み、孫まで見て、棺に入る際には一緒に添え物になってもいい――現代ではそんな風習は無いが――とまで心に決めていたのに。
「あなたのせいです!マルセルク王太子殿下。あなたがリスティア様を死に追いやった!最期に王太子妃としての衣装をわざわざ着たのは、きっとあの方はあなたの妻ではなく、王太子妃として死にたかったんです!それ程までに、あなたはリスティア様を傷付けて、ボロボロにした!こんな、こんなモノは最後のほんの、一押しにしか過ぎません!あなたが……っ!」
「黙れ!」
シュッ――――――
ゴトッ……
床に転がったのは、サラシャの頭部。
マルセルクが、そばにいた騎士の剣を勝手に抜刀し、その華奢な首を一閃、切り落としたのだ。
「きゃ、きゃぁああああ!」
「殿下!ご乱心を……っ!?」
「黙れと言った!不敬だ!無礼だ!この女が悪い!」
アンナはサラシャの頭を見て、意識を失い倒れてしまった。
そこに、運が良いのか悪いのか――魔術師団長が、フィルと側近二人を連れてやってきた。
侍女の首が落ちているのを見て、四人とも顔を青くさせ――否、正確には、三人だった。フィルだけは、顔を顰めながらも、事態をまだ把握しきれておらずキョトンとしていた。
「何これ。なにかの舞台?」
決して言えない、リスティアの死後の記憶が。
リスティアの身体から熱が引くと共に、マルセルクの中で、番と繋がっている感覚は失われていく。まるで大地から水が奪われていくように、ゆっくりと。
「ああ……ああ……っ、リスティア、わたし、の……っ」
震えるマルセルクの横で、薬師団長が『何故これが……』と呟き、何かを拾い上げていた。
「それは……確か、少し前にフィルが……」
フィルが『一番大きい時で張子作ろうよ!記念になるよ!』と言い、己の持ち物に満更でもなかったマルセルクが許可したもの。
悪趣味なものだと理解をしていたため、フィルのコレクションにでも加えるなら良いが外には出すなと厳命していたものが、リスティアへの贈り物として届いていた。
「こんな……殿下。あまりに惨い。このメッセージ……リスティア様のお気持ちを抉るような……」
くしゃくしゃに丸められたメッセージを見れば、フィルが悪意を持って贈ったのだと分かる。その紙切れをマルセルクの前に突き出しながら、薬師団長は涙を堪えきれずに嗚咽した。
「何故……っ!もっと寄り添って差し上げなかったのですか!あんなに献身的なリスティア様を……っ、肌で抱き合うだけでもいいと、私は、私は何度も!」
激昂する薬師団長に、マルセルクはまだ反応しなかった。正しくは、出来なかったのだ。
(リスティアが、死んだ……?何故?リスティアは、私を愛していた。私も、愛していた……。何故?何故死ぬ必要がある?)
マルセルクの頭は泥に沈んだように回らない。しかし、薬師団長の持つフィルの卑猥な贈り物を見て、それこそがリスティアを失った原因だと思い込んだ。
「おい……何故、こんなものを、リスティアに渡したんだ……、侍女は、侍女はどこだ。これを渡したのは。誰か!フィルたちも呼んでこい!」
そこにぬっと現れたのは、泣き跡の残るアンナとサラシャだった。アンナはまだしゃくり上げているのを、堪えるために唇を強く噛んでいた。
サラシャが青白い顔で、冷たく言い放つ。
「我々で、相談の上、……お渡ししました」
「何故だ?リスティアが傷付くとは考えなかったのか?」
「それを、殿下が。あなたが、仰いますか?」
赤く充血しきった目で、マルセルクをギロリと睨んでいた。
王太子であるマルセルクですら、その鬼のような形相に怯む。
「何?」
「勿論、不快な贈り物です。ですが、発情期に、番のはずの夫も来なかったリスティア様の絶望は、底知れません。肝心のあなた様は、愛妾の元に毎晩通い、あの下品な男の子供を押し付けるだけ。これまでの発情期もまるで義務のように、一晩しか滞在なさらない。そして今夜は、それすら無かった」
「なっ、……!わ、私は王太子だぞ!そんな無礼を言っていいと思っているのか!黙れ!」
「黙りません!我々がお力になれるものならなりたかった!けれど番の、あなた様の代わりは誰一人としていないんです!そこに、不本意とは言えこのようなものがあれば、ほんの少しでもあの方を満たせるんじゃないかと!……間違いのようでしたが」
「サラシャ……」
アンナが呟き、そっと腕を引く。サラシャは目を見開いたまま、涙を流し続けていた。それでも言葉は止まらない。
サラシャにとって、リスティアに仕えるのは人生最大の誉れであった。婚姻前から、侍女として迎えるのを心待ちにしていた主人。いついかなる時でも美しく清廉で、『高貴な人間は素材から違う』と身を持って知った人。騎士に勝るとも劣らない、忠誠を誓っていた。
その主人が幸せそうに婚姻したその日から、笑みが消え、やせ細り、狂気じみた行動を起こしながらも、マルセルクの愛を渇望していた姿を、横からずっと見ていたのだ。
王太子の怒りを買ったって構わない。リスティアが子供を産み、孫まで見て、棺に入る際には一緒に添え物になってもいい――現代ではそんな風習は無いが――とまで心に決めていたのに。
「あなたのせいです!マルセルク王太子殿下。あなたがリスティア様を死に追いやった!最期に王太子妃としての衣装をわざわざ着たのは、きっとあの方はあなたの妻ではなく、王太子妃として死にたかったんです!それ程までに、あなたはリスティア様を傷付けて、ボロボロにした!こんな、こんなモノは最後のほんの、一押しにしか過ぎません!あなたが……っ!」
「黙れ!」
シュッ――――――
ゴトッ……
床に転がったのは、サラシャの頭部。
マルセルクが、そばにいた騎士の剣を勝手に抜刀し、その華奢な首を一閃、切り落としたのだ。
「きゃ、きゃぁああああ!」
「殿下!ご乱心を……っ!?」
「黙れと言った!不敬だ!無礼だ!この女が悪い!」
アンナはサラシャの頭を見て、意識を失い倒れてしまった。
そこに、運が良いのか悪いのか――魔術師団長が、フィルと側近二人を連れてやってきた。
侍女の首が落ちているのを見て、四人とも顔を青くさせ――否、正確には、三人だった。フィルだけは、顔を顰めながらも、事態をまだ把握しきれておらずキョトンとしていた。
「何これ。なにかの舞台?」
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