虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第二章 二回目の学園生活

28 マルセルク side ※残酷な表現あり

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「貴様……っ!フィル!お前だ!何故あんなものをリスティアに送った!外には出すなと言っておいただろう!」

「え?出してないよ。ここ、城の中でしょ?」


 その言葉に、その場にいた全員が絶句する。同じ言語を話しているとは思えない通じなさに、もはや気味の悪さまで覚えた。


「てか、あー、リスティア、死んだんだ!」

「……………………は?」


 血臭の漂う部屋に、フィルの明るい声が場違いなまでによく響く。フィルは低い唸り声を出すマルセルクに構わず、ぴょこんとその後ろを覗き込むようにして、ケラケラと笑い出した。


「あれっ!発情期とか言ってたけど、高そうな服着てるじゃん!結構余裕だったんだ~!そっか、死んでも裸を見られるのは嫌だったのかな。さっすが、お姫様は恥じらいがあってかわいいね~!」

「フィル、貴様……」

「あっ、じゃあ、リスティアが死んだら、マル様はぼくのものってこと?えっ?ぼくが王太子妃?ええ~っ!いきなりそんなこと言われても困るなあ。どうしよ!」


 頬を上気させ、フィルはくねくねと身悶え出した。全員が未確認生命体を見るような目で見ているのにも関わらず、『ティアラとぉ、ドレスと……、リスティアの今着てるやつよりうんと立派なの、買って貰わなくちゃ』と算段をつけ始めている。


「そんな日は永遠に来ない。フィル。なんの勘違いをしているのか理解不能だが、お前はリスティアを殺したんだ。死を持って償え」

「へ?」


 はた、と、そこでようやくフィルは、マルセルクを見た。血濡れた剣を持ち、その足元には侍女の頭部が転がっている。


「えっ、どう見てもマル様が悪いじゃん。その人、リスティアの侍女だった人だよね。てか、リスティアもマル様が殺したんじゃ……?」

「違う!こいつは不敬を……っ、今は後だ。フィル、お前の心無い贈り物で、リスティアを絶望させたんだ!」


 きょとん。フィルは小首を傾げる。
 それは無垢な天使のように、何の罪悪感も持たない表情と仕草。


「それはおかしくない?ぼくは一人でかわいそーなリスティアを気遣って、素敵なプレゼントをあげたんだよ。毒も針も仕込んでないし。泣いて喜ぶはずだったのにぃ、勝手に死んだのはリスティアじゃないか」

「貴様……っ!」

「リスティアが何に絶望したのかってさぁ、ぼくは知らないけどぉ、自分で死んだんでしょ?リスティアが打たれ弱いのが悪くない?仮にも王太子妃なのにさぁ」

「は……」


 フィルの唇は艶やかに弧を描き、ぽそり、呟いた。


『あーあ。死ぬならもっと苦しめば良かったのに。キレーに死んじゃって……ま、いっか』


 あはっ。

 フィルがそう笑った瞬間、マルセルクの中で、怒りが天元を突破した。気付けばフィルを刺し殺し、更に切り刻もうとした所で魔術師団長に取り押さえられ、昏倒させられていたのだ。












『殿下。やはりリスティア様は番欠乏症で……最期は殆ど、狂気に冒されていました。自死をしたのも計画的なものではなく、突発的。殿下、殿下のせいですよ』


『殿下、殿下はもう……廃太子となりました』


『リスティア様を慕っておられた貴族家、外国の王侯貴族から、弔いと同時に批判も数多く寄せられ、収拾のつかない事態になっております。殿下は正気を失い、静養、病死することになりました』


『番欠乏症だったことは表に出ていません。安心してください。それが無くとも失望の声は十分集まっていますよ、殿下』


『リスティア様の花紋は、蕾が枯れて真っ黒に染まっていました。あんな物悲しい花紋は初めて見ました。大切にされるべき花紋持ちで番欠乏症など、前例がありませんでしたから』


 貴族牢でも無く、地下の湿った、最も劣悪な牢。

 そのマルセルクの牢へ、薬師団長と、魔術師団長がやって来ていた。報告という名の、怨みがましいその言葉の数々は、マルセルクの耳に入っているのかいないのか。

 マルセルクは、もはやぶつぶつと何かを呟く廃人になっていた。リスティア、愛していたのに、どうして、と、それだけを永遠に繰り返す人形のように。

 彼らは毒杯を一応見せると、その後に、血濡れた宝剣を差し出した。

 マルセルクが聞いているかどうかは分からないが、この可能性に賭けるしかなかった。


「これは、リスティア様が自死なされた時に使われた『時戻しの魔剣』です。錬金術師に相応しい澄んだ無属性魔力を持っていたリスティア様ならば、これで過去に戻れている……可能性があります」


 その言葉に、マルセルクがピクリと、反応する。


「少し乾いてきておりますが、まだ血は拭っておりません。ですのでどうか、これで自害し、過去へ戻って下さい。そして、リスティア様をあなたから解放してあげて下さい」

「かい、ほう……」

「そうです。どれだけ遡れるかは分かりませんが、婚約中なら解消を。婚姻した後なら、離縁を。……あなた様と、リスティア様は、結び付いてはいけない縁だったのです。殿下はそう言った形で、責任を取るべきです」

「そんなことはない!」

「あっ」


 薬師団長から宝剣を奪い取る。『殿下、くれぐれも……』と、尚もいい含めようとする薬師団長に、マルセルクは高笑いをした。


「これで!リスティアの元へ行ける!今度こそ……今度こそ私が幸せにしてみせる!!」

「殿下!ちが……」


 慌てる魔術師団長と薬師団長を横目に、マルセルクは、リスティアの血で濡れた其れで、自分の腹を裂いた。
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