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第二章 二回目の学園生活
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しおりを挟む今日はノエルの寮の部屋に来ていた。
魔道具の仕様の相談である。大賢者マーリンを探り当てるのに、膨大な魔力を検知する探査機の仕様を決める必要があった。
ノエルの部屋は、きっちり、ぴっちりと、あるべき所にあるべきものがあるような整然とした部屋だった。本棚に並べられた書籍の並び順、机やクッションの位置にまで美を追求したような配置だったが、リスティアは気にせず腰を下ろす。
公爵令息だったリスティアにとっては、侍女や侍従に整えられたような部屋は、まるで違和感が無かった。ノエルは侍従を連れてきていないと知っているため、綺麗好きなのだなと感心する。
ノエルが椅子を引き、リスティアを座らせ、さっと書物を開いた。茶と茶菓子まで用意してあり、丁寧にもてなされているのが伝わってきて、リスティアはほっこりと嬉しくなった。
「恐らくマーリン様は隠蔽をかけている筈です。無属性の魔術の……」
「そうだね。ノエル、隠蔽魔術の反術も必要そう。それと同時に、他に手掛かりはあるかな?」
「ふふっ、先日マーリン様の親類のひ孫の毛髪を拝借出来たのです。魔力紋の一部は合致するでしょう。選択肢は複数出ると思いますが、その中から魔力の弱いものを弾けば……」
「いいね!それでいこう」
早速アイデアをまとめ、参考文献から魔術陣を書き出していく。
その作業に熱心になっていると、ふと熱い視線を感じ、顔を上げた。
「魔力と言えば、リスティア。魔力にも相性があると、知ってますか?」
「あ……」
知っている、とも、知らない、とも、言えなかった。
リスティアの隣で同じ作業をしていたノエルは、リスティアの細い腰を軽く抱き、密着している。
甘い吐息が、前髪の辺りにかかる。顔を見れないまま、ノエルは話す。
「アルファとオメガの、フェロモンの相性もありますが、それは嗅いでみれば分かること。魔力は意識して送り合わないと分かりませんから、知らないのも無理はありません」
「ええっと……聞いたことは、ある、かも……」
嘘だ。体感して知っている。
何故ならマルセルクから受け取った魔力は、リスティアと徹底的に合わなかった。あれを知るまで、魔力の相性が悪いというのは『精々感覚が気に入らない』程度のものだと思っていた。
アルファとしての香りはいいと思ったのに、番契約を終えてから気付いても手遅れだった。
「試して、みませんか?ほんの少しだけ……」
「試すって……?」
「ここと、ここで」
ノエルが、リスティアの唇をふにっと押し、その次に、自分の唇に指をやった。クラクラするほどの色気に、目が、視線が吸い寄せられてしまうのを止められない。
薄めの唇、形の良い長い指、細めた萌黄色の瞳。
全てがリスティアを捉えていた。
(だ、だめ、そんな、普段そんな感じじゃないのに……っ)
「それは……その、婚約、とか、結んでからすることでは……?」
「そこまでいってしまっては、万が一相性が悪いと大変でしょう?だからみんな、気軽に試すんですよ。もちろん、嫌でなければ、ですが。リスティア、嫌?」
後頭部をそっと押さえられている。ノエルの顔を見上げるようにして、固定されていた。逃げ場が無いと言うのに、リスティアの胸は期待に高鳴ってしまっている。
「い、嫌じゃ、ない……」
「では、いいですよね……」
少しずつ、ノエルの美麗な顔が近付いてきてーーーー。
「で、でも!その!少し、待って……!」
その言葉に、ノエルはぴたりと止まった。リスティアは赤い顔を隠すことも出来ないまま、目を彷徨わせた。心臓がばくばくと助走をつけて飛び出しかかっている。これでは保たない!
「ぼ、僕も、ノエルも、魔力の扱いは巧みだから!こうして手を触れ合わせた先から、出来るはず!」
リスティアは身体を離して、無理やり手と手を取った。放った言葉に間違いはない。
魔力が最も伝わるものは、精液。それから血液、涙、最後に唾液。そこまでくると、自然には感じ取ることは出来ないが、何かしらの体液を介すことによって、魔力を『意図して』送り合うことは出来る。
しかし体液を介さずとも、互いの魔力操作技巧が高ければ、それは可能だった。
「そうで、すね……?わかりました。やってみましょう」
ノエルは少し残念そうに眉を下げたが、頷いた。
どうやらリスティアの『まだ恥ずかしい』という気持ちを察してくれたらしい。
互いの手と手、指と指が絡んだ。
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