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第一章 一回目の結婚生活
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日常の世話は乳母がやってくれるため、リスティアにできる事は日々顔を合わせるだけ。毎日執務後に、誰も訪れる予定のない冷えた寝室に、乳母が連れてきてくれる。
「君も、大変だね……」
エルウィンと名付けられた男の赤ちゃんは、じっとリスティアを見ていた。金髪碧眼は、マルセルクと全く同じ、王族の色。驚くほどにフィルとは似ていない。そして、リスティアを見ると、にぱっ、と笑うのだ。
可愛くて、無垢で。
(この子に罪はない。育て上げた時、頼れるのが僕だけならば、それはそれでいいかもしれない)
そんな下心を抱いたリスティアは、自分の心の汚さに戦慄しながら、エルウィンを眺めていた。
「アンナ、サラシャ。この子は大事に育てようね。優しい子になりますように……」
「リスティア様……っ」
アンナは号泣しながら頷き、サラシャは憮然とした顔をしていた。
「妃殿下がそう仰るのであれば。周囲は善良なものを選別しておきましょう」
「よろしく頼むよ。僕も確認するね」
「…………はい」
『妃殿下のお子を抱っこしたかった』とでも書いてありそうなサラシャの顔に、苦笑する。
それはもう、リスティアも諦めたこと。期待を裏切る自分を、どうか許して欲しい。
マルセルクとフィルの愛の結晶が、目の前にいる。ふくふくしてきた小さな手を見るたびに、殺意と罪悪感の狭間でふらふらと踊らされているようだった。
そんな折、王妃の茶会に招かれたリスティアは、にこにこと機嫌の良い王妃に戸惑いを隠せなかった。
「わたくしは、こんなことになると思っていたのですよ、リスティア。やっぱりわたくしと同じね」
「同じ、とは……なんでしょう?」
「愛妾の子を養子に取り、正妃には仕事を押し付けるってところよ」
ヒュッと喉が鳴った。
途端に息苦しくなり、目を彷徨わせた。
(マルセルク様は……王妃殿下の、お子ではない?そんなはずは。いや、でも、初めからその計画なら、隠蔽することは不可能じゃない)
「こんなに痩せてしまって……可哀想に。政略結婚で愛は元から無かったけれど、この扱いは頭に来るわよね。マルセルクもそうなのよ。分かるわぁ」
「そ、そんな……」
「あの子の母親はもう居ないから安心してね。それにわたくしにも愛人はいるの。わたくしの場合、愛人が番だから、子は出来ないように処置して貰ったけれど。あなたなら……アルファじゃなければ拒否反応もないし、ベータで探すのはどうかしら」
「えっ……まさか」
リスティアは王妃の後ろに佇む、女性騎士を見上げた。男装の麗人と有名なアルファ女性。常に王妃と行動を共にしている護衛だった。
リスティアの視線を受けて、僅かに笑っている。
「ふふっ……、人生が豊かになるからおすすめよ。私はあなたの味方なの。お互い、妃という地位に就職しているだけ。素敵な愛人を作ればいいのよ、上手くやりなさい」
言葉が出なかった。
リスティアとマルセルクは政略結婚であり、恋愛結婚でもあったのだ。
初めから愛のなかった王妃とは違う。
そんなことは口が裂けても言えない。王妃が味方と言うのならば、敵対しないに限る。
「では……陛下の番は、どなたなのでしょう」
リスティアの振り絞った言葉に、王妃はくすくすと笑った。
「当然、いないわ。そんなものがいたら、序列がおかしくなるでしょう?婚前契約で決めたもの」
思い起こせば、王の愛妾は皆ベータかオメガの女性。オメガ女性たちはネックガードをしていたかもしれない。もちろん、番持ちの王妃は装飾のチョーカーだけ。
「わたくしは愛する人との子を諦める代わりに、あの人には番を作るのを諦めてもらう。政略結婚の中に愛が生まれなかった時の保険として、最初からそう織り込んでいたのよ。正確には、わたくしの父が、だけれど」
そう強かに笑う王妃は、威厳と自信に満ち溢れていた。
王妃には絶対的守護者がいて、有利な立場にいた。
『王太子妃に相応しい』と自負していたリスティアの心が、ぽっきりと音を立てて折れた。
目の前の人物ほど、強く大きい器を持っている?
王妃の座は仕事だと割り切った上で、貪欲に幸せを掴もうとする強い精神力を、持っているのか?
リスティアは、何も言えなくなった。
「でもまずは……そうね。これをあげるわ」
コト、と卓に乗せられたのは、緑の液体の入った小瓶だった。
「未来の王を産んだからと言って、愛妾ごときに大きな顔をされるのは嫌でしょう?わたくしも、フィルとかいう下品なアレは目障りなの。それなら、」
『消してしまえばいいだけよ』
王妃は、甘い吐息だけで、そう囁いた。
「君も、大変だね……」
エルウィンと名付けられた男の赤ちゃんは、じっとリスティアを見ていた。金髪碧眼は、マルセルクと全く同じ、王族の色。驚くほどにフィルとは似ていない。そして、リスティアを見ると、にぱっ、と笑うのだ。
可愛くて、無垢で。
(この子に罪はない。育て上げた時、頼れるのが僕だけならば、それはそれでいいかもしれない)
そんな下心を抱いたリスティアは、自分の心の汚さに戦慄しながら、エルウィンを眺めていた。
「アンナ、サラシャ。この子は大事に育てようね。優しい子になりますように……」
「リスティア様……っ」
アンナは号泣しながら頷き、サラシャは憮然とした顔をしていた。
「妃殿下がそう仰るのであれば。周囲は善良なものを選別しておきましょう」
「よろしく頼むよ。僕も確認するね」
「…………はい」
『妃殿下のお子を抱っこしたかった』とでも書いてありそうなサラシャの顔に、苦笑する。
それはもう、リスティアも諦めたこと。期待を裏切る自分を、どうか許して欲しい。
マルセルクとフィルの愛の結晶が、目の前にいる。ふくふくしてきた小さな手を見るたびに、殺意と罪悪感の狭間でふらふらと踊らされているようだった。
そんな折、王妃の茶会に招かれたリスティアは、にこにこと機嫌の良い王妃に戸惑いを隠せなかった。
「わたくしは、こんなことになると思っていたのですよ、リスティア。やっぱりわたくしと同じね」
「同じ、とは……なんでしょう?」
「愛妾の子を養子に取り、正妃には仕事を押し付けるってところよ」
ヒュッと喉が鳴った。
途端に息苦しくなり、目を彷徨わせた。
(マルセルク様は……王妃殿下の、お子ではない?そんなはずは。いや、でも、初めからその計画なら、隠蔽することは不可能じゃない)
「こんなに痩せてしまって……可哀想に。政略結婚で愛は元から無かったけれど、この扱いは頭に来るわよね。マルセルクもそうなのよ。分かるわぁ」
「そ、そんな……」
「あの子の母親はもう居ないから安心してね。それにわたくしにも愛人はいるの。わたくしの場合、愛人が番だから、子は出来ないように処置して貰ったけれど。あなたなら……アルファじゃなければ拒否反応もないし、ベータで探すのはどうかしら」
「えっ……まさか」
リスティアは王妃の後ろに佇む、女性騎士を見上げた。男装の麗人と有名なアルファ女性。常に王妃と行動を共にしている護衛だった。
リスティアの視線を受けて、僅かに笑っている。
「ふふっ……、人生が豊かになるからおすすめよ。私はあなたの味方なの。お互い、妃という地位に就職しているだけ。素敵な愛人を作ればいいのよ、上手くやりなさい」
言葉が出なかった。
リスティアとマルセルクは政略結婚であり、恋愛結婚でもあったのだ。
初めから愛のなかった王妃とは違う。
そんなことは口が裂けても言えない。王妃が味方と言うのならば、敵対しないに限る。
「では……陛下の番は、どなたなのでしょう」
リスティアの振り絞った言葉に、王妃はくすくすと笑った。
「当然、いないわ。そんなものがいたら、序列がおかしくなるでしょう?婚前契約で決めたもの」
思い起こせば、王の愛妾は皆ベータかオメガの女性。オメガ女性たちはネックガードをしていたかもしれない。もちろん、番持ちの王妃は装飾のチョーカーだけ。
「わたくしは愛する人との子を諦める代わりに、あの人には番を作るのを諦めてもらう。政略結婚の中に愛が生まれなかった時の保険として、最初からそう織り込んでいたのよ。正確には、わたくしの父が、だけれど」
そう強かに笑う王妃は、威厳と自信に満ち溢れていた。
王妃には絶対的守護者がいて、有利な立場にいた。
『王太子妃に相応しい』と自負していたリスティアの心が、ぽっきりと音を立てて折れた。
目の前の人物ほど、強く大きい器を持っている?
王妃の座は仕事だと割り切った上で、貪欲に幸せを掴もうとする強い精神力を、持っているのか?
リスティアは、何も言えなくなった。
「でもまずは……そうね。これをあげるわ」
コト、と卓に乗せられたのは、緑の液体の入った小瓶だった。
「未来の王を産んだからと言って、愛妾ごときに大きな顔をされるのは嫌でしょう?わたくしも、フィルとかいう下品なアレは目障りなの。それなら、」
『消してしまえばいいだけよ』
王妃は、甘い吐息だけで、そう囁いた。
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