虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第一章 一回目の結婚生活

12 …1

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 日常の世話は乳母がやってくれるため、リスティアにできる事は日々顔を合わせるだけ。毎日執務後に、誰も訪れる予定のない冷えた寝室に、乳母が連れてきてくれる。


「君も、大変だね……」


 エルウィンと名付けられた男の赤ちゃんは、じっとリスティアを見ていた。金髪碧眼は、マルセルクと全く同じ、王族の色。驚くほどにフィルとは似ていない。そして、リスティアを見ると、にぱっ、と笑うのだ。

 可愛くて、無垢で。

(この子に罪はない。育て上げた時、頼れるのが僕だけならば、それはそれでいいかもしれない)

 そんな下心を抱いたリスティアは、自分の心の汚さに戦慄しながら、エルウィンを眺めていた。


「アンナ、サラシャ。この子は大事に育てようね。優しい子になりますように……」

「リスティア様……っ」


 アンナは号泣しながら頷き、サラシャは憮然とした顔をしていた。


「妃殿下がそう仰るのであれば。周囲は善良なものを選別しておきましょう」

「よろしく頼むよ。僕も確認するね」

「…………はい」


『妃殿下のお子を抱っこしたかった』とでも書いてありそうなサラシャの顔に、苦笑する。
 それはもう、リスティアも諦めたこと。期待を裏切る自分を、どうか許して欲しい。


 マルセルクとフィルの愛の結晶が、目の前にいる。ふくふくしてきた小さな手を見るたびに、殺意と罪悪感の狭間でふらふらと踊らされているようだった。











 そんな折、王妃の茶会に招かれたリスティアは、にこにこと機嫌の良い王妃に戸惑いを隠せなかった。


「わたくしは、こんなことになると思っていたのですよ、リスティア。やっぱりわたくしと同じね」

「同じ、とは……なんでしょう?」

「愛妾の子を養子に取り、正妃には仕事を押し付けるってところよ」


 ヒュッと喉が鳴った。
 途端に息苦しくなり、目を彷徨わせた。


(マルセルク様は……王妃殿下の、お子ではない?そんなはずは。いや、でも、初めからその計画なら、隠蔽することは不可能じゃない)


「こんなに痩せてしまって……可哀想に。政略結婚で愛は元から無かったけれど、この扱いは頭に来るわよね。マルセルクもそうなのよ。分かるわぁ」

「そ、そんな……」

「あの子の母親はもう居ないから安心してね。それにわたくしにも愛人はいるの。わたくしの場合、愛人が番だから、子は出来ないように処置して貰ったけれど。あなたなら……アルファじゃなければ拒否反応もないし、ベータで探すのはどうかしら」

「えっ……まさか」


 リスティアは王妃の後ろに佇む、女性騎士を見上げた。男装の麗人と有名なアルファ女性。常に王妃と行動を共にしている護衛だった。
 リスティアの視線を受けて、僅かに笑っている。


「ふふっ……、人生が豊かになるからおすすめよ。私はあなたの味方なの。お互い、妃という地位に就職しているだけ。素敵な愛人を作ればいいのよ、上手くやりなさい」


 言葉が出なかった。

 リスティアとマルセルクは政略結婚であり、恋愛結婚でもあったのだ。

 初めから愛のなかった王妃とは違う。
 そんなことは口が裂けても言えない。王妃が味方と言うのならば、敵対しないに限る。


「では……陛下の番は、どなたなのでしょう」


 リスティアの振り絞った言葉に、王妃はくすくすと笑った。


「当然、いないわ。そんなものがいたら、序列がおかしくなるでしょう?婚前契約で決めたもの」


 思い起こせば、王の愛妾は皆ベータかオメガの女性。オメガ女性たちはネックガードをしていたかもしれない。もちろん、番持ちの王妃は装飾のチョーカーだけ。


「わたくしは愛する人との子を諦める代わりに、あの人には番を作るのを諦めてもらう。政略結婚の中に愛が生まれなかった時の保険として、最初からそう織り込んでいたのよ。正確には、わたくしの父が、だけれど」


 そう強かに笑う王妃は、威厳と自信に満ち溢れていた。
 王妃には絶対的守護者頼れる親がいて、有利な立場にいた。

『王太子妃に相応しい』と自負していたリスティアの心が、ぽっきりと音を立てて折れた。

 目の前の人物ほど、強く大きい器を持っている?
 王妃の座は仕事だと割り切った上で、貪欲に幸せを掴もうとする強い精神力を、持っているのか?


 リスティアは、何も言えなくなった。


「でもまずは……そうね。これをあげるわ」


 コト、と卓に乗せられたのは、緑の液体の入った小瓶だった。


「未来の王を産んだからと言って、愛妾ごときに大きな顔をされるのは嫌でしょう?わたくしも、フィルとかいう下品なアレは目障りなの。それなら、」


『消してしまえばいいだけよ』


 王妃は、甘い吐息だけで、そう囁いた。



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