虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

文字の大きさ
49 / 95
第二章 二回目の学園生活

36

しおりを挟む

 指輪を身につけ始めて、数日後のことだった。


「リスティア様。少し相談があるのですが……」


 そう言ってチラリと見上げてきたのは、伯爵令息のミカ・パーカーだった。おどおどとした気弱そうなミカは、リスティアの横にいるアルファ二人を見て身を縮こませる。


「ええ、もちろんいいですよ。どこか場所を移しましょうか?」

「あ、はい。その……二人で、お話し出来ますか?」

「パーカー伯爵令息。それは致しかねます。リスティアを一人にするなんて……」


 ノエルの顰めっ面に、リスティアは苦笑した。以前にも増して過保護っぷりが上がっていた。






 結局ノエルとアルバートのジト目に負けたリスティアは、学園の茶室を貸し切り、二人には部屋の端の方にいてもらいながら話すことにした。

 防音はしていない。二人は普通なら聞こえない距離にいる。但し、ノエルならば何らかの術で聞いているだろうし、アルバートも耳が良い。後で何を話したのか説明するのなら、最初から聞いておいてもらったほうが二度手間でなくていい。

 ミカは、二人のアルファが遠い位置にいることを確認して、すう、と深呼吸をしていた。


「その、リスティア様。まずは、婚約解消……大変残念でございました。ああ、誰よりも殿下の隣に相応しい方ですのに、その、お子が出来てしまったのでは、えっと、仕方ないですよね。えと、そこでですね、わたし、今、婚約者が変わっているのはご存知ですよね?」

「ええ……」


 ミカもオメガで、元婚約者は宰相令息だった。フィルによって壊された婚約のうちの一つ。
 その後程なくして、少し年上の、別の伯爵家長男と婚約を結び直したと、うっすら記憶している。


「それで、そのう、わたし、えっと……とても、幸せなんです」

「ああ……それはよかったですね」


 話が見えない。

 彼は悪い人間ではないのだが、いかんせん、少し天然なところがある。そのためリスティアはいつもどおり、根気強く聞いていた。


「少し年上の方なんですが、その、前から知り合いで。とっても優しくて素晴らしい方なんです。フィル・シューのおかげで、あの無愛想で野心家な元婚約者と縁が切れて本当に良かったといいますか」


 ミカは焦茶色の髪を一束引っ張って、撫で付けた。これは彼の癖だ。言いにくい事を言おうかどうか、迷っている時に良く見る仕草。
 オメガ性として、可もなく不可もない距離の友人。友人というより知り合い、に近いかもしれないが、悪感情はない彼の、次の言葉に凍りつく。


「その、えと、リスティア様にも幸せになっていただきたくて。リスティア様にとても良い縁談が、あるのです。あなた様の才や、これまで身につけた教養を、遺憾無く発揮出来る立場の方なのです」


 そこで懐から取り出したのは……釣り書きだった。準備の良さに目を丸くしたリスティアに、ずいと差し出している。


「遠い国の王太子で結婚もなさっている方なんですが、五年経ってもお子が出来ないみたいでして。第二妃を募集中なのです。そのう、それも、第一のお妃様が、あまりお仕事の得意でない方で……」


「ミカ様。言い遅れましたが、私は今、すでに幸せなんです。お気遣い頂いたようですが、それはお受けできません」


 ミカの暴走を止めるべく、遮ってでも声を上げた。あまりに急なことに、一瞬動揺してしまった。
 ミカの縁談はつまり、孤立無援の遠い国へ第二妃として嫁ぎ、公務を担い、子供を産むということ。その上に権力的には第一の妃より劣る、とんでもない悪条件だった。


「えっ?でも、リスティア様、婚約はまだ……」

「ええ。しかし縁談を望んでいませんし、そもそもそういった縁談は、国内の、出産歴のある方が優先されるのではないでしょうか」


 リスティアははらわたをふつふつと煮えさせながら、どうにかこうにか柔和な笑顔を浮かべた。声に棘は多少出てしまっているが、話が話なだけに仕方のないことだろう。


「あっ、いえ、リスティア様は花紋持ちのオメガですから!それに美しくて賢くて非の打ち所がないので、そこは絶対、向こうにとっては女神にしか見えないでしょう。それに……」


 ミカはチラッ、チラッと、部屋の隅を見やった。アルバートとノエルが信じられない程、深い皺を眉間に刻んで聞いている。それでもまだ大人しく話を聞いているのは、ミカの話に続きがあるからか。
 ミカの方は目が悪いのか、二人の様子に全く気付かず呑気に笑いかけていた。


「リスティア様のお隣にいる二人を、わたしの友人に紹介していただけないでしょうか。その子達は、新しい婚約者を決められなくて困っているんです……」

「!?」

「三人で仲良くしていらっしゃいますよね?お二方は婚約者だと思っていましたけど、きっと、いいえ、確実に、違いますよね?でも、り、リスティア様には、ええ、彼らは不釣り合いです。あなた様は王族になるべき高貴な・・・オメガですから」


 リスティアはどうするべきか逡巡し、口を噤んだ。

 ミカの考察は、前半は正しい。見せかけの婚約者を演じていた二人は、今やリスティアの側から離れず、それどころか甘い態度になっている。目撃者が増えたことにより、もう三人は友人という関係を越えている事を知られてしまっているのだろう。

 しかし問題は不釣り合いだと言う後半。全くもってリスティアはそうは思わないし、何故他人に強要されなくてはいけないのか、腹立たしくなってくる。


「あの素敵なアルファ二人に好かれているなんて、さすがリスティア様です!でも、あの、僭越ながら、嫡男ではありませんし、リスティア様が勿体無いです。そこは、その、男爵や子爵の令息に下げ渡してもらいたくて」

「……ミカ、様。であれば、あなたがその王太子の元へ嫁ぎ、婚約者を譲って差し上げたらいかがですか」

「え?わたしですか?あ、いえ……わたしは、そのう、もう今の婚約者以外の所には、嫁げない関係なので……」


 リスティアの声の冷たさに気付かないミカは、両手を赤い頬に当てて恥じらっている。その様子を見て目を細めた。

(……一線を超えた、ということか……)


「今は同格ですけど、やっぱり、リスティア様は高貴なお立場でないと。わたし、実のところ、殿下よりリスティア様の方が……」

「不敬になりますからおやめ下さい。ミカ様、あなたの考えは良く分かりましたが、私には不要です。ちゃんと将来設計はしていますから、邪魔をしないで頂きたい」

「え……その、それは、やっぱり王族に嫁ぐんですか?どこの国ですか?」

「ハァ……あなたの心配することではありません。私と、彼ら二人に関わらないで下さい。我々は、……恋人なので」

「えっ……えっ?ふ、二人?えっ?」

「行きましょう、ノエル、アル」


『こいびと』と発音するのに声が裏返りそうになった。それでも動揺を隠すように素早く二人を呼ぶと、ミカは途端に黙り、慌てて愛想の良い笑顔を浮かべる。
 それを見やる二人の視線は、リスティアには決して向けない鋭利さを持っていた。











しおりを挟む
感想 184

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

出来損ないと虐げられ追放されたオメガですが、辺境で運命の番である最強竜騎士様にその身も心も溺愛され、聖女以上の力を開花させ幸せになります

水凪しおん
BL
虐げられ、全てを奪われた公爵家のオメガ・リアム。無実の罪で辺境に追放された彼を待っていたのは、絶望ではなく、王国最強と謳われるα「氷血の竜騎士」カイルとの運命の出会いだった。「お前は、俺の番だ」――無愛想な最強騎士の不器用で深い愛情に、凍てついた心は溶かされていく。一方、リアムを追放した王都は、偽りの聖女によって滅びの危機に瀕していた。真の浄化の力を巡る、勘違いと溺愛の異世界オメガバースBL。絶望の淵から始まる、世界で一番幸せな恋の物語。

婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~

なの
BL
希少な治癒能力と、大地に生命を呼び戻す「恵みの魔法」を持つ公爵家のΩ令息、エリアス・フォン・ラティス。 傾きかけた家を救うため、彼は大国アルビオンの第二王子、ジークフリート殿下(α)との「政略的な番契約」を受け入れた。 家のため、領民のため、そして―― 少しでも自分を必要としてくれる人がいるのなら、それでいいと信じて。 だが、運命の番だと信じていた相手は、彼の想いを最初から踏みにじっていた。 「Ωの魔力さえ手に入れば、あんな奴はもう要らない」 その冷たい声が、彼の世界を壊した。 すべてを失い、偽りの罪を着せられ追放されたエリアスがたどり着いたのは、隣国ルミナスの地。 そこで出会ったのは、「氷血公爵」と呼ばれる孤高のα、アレクシス・ヴァン・レイヴンだった。 人を寄せつけないほど冷ややかな瞳の奥に、誰よりも深い孤独を抱えた男。 アレクシスは、心に傷を抱えながらも懸命に生きようとするエリアスに惹かれ、次第にその凍てついた心を溶かしていく。 失われた誇りを取り戻すため、そして真実の愛を掴むため。 今、令息の華麗なる逆転劇が始まる。

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

処理中です...