虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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番外編(リスティアの花紋)

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 薄いグリーンのローブを頭から被ったリスティアは、どこから見ても怪しい人間だ。すらっとした体だろう、ということくらいしかわからない姿だが、ここへ住んで一年も経つため『大錬金術師のお弟子様』として有名になりつつあった。


「リスちゃん、こないだの軟膏よぉく効いたよお、ありがとうねぇ~」

「あ、マリアさん。それはよかったです!」

「リス!ほれ、これ食っていきな!」

「ありがとう、おじさん」


 店々を覗くたびに何かを貰い、お礼を返す。いつも魔法鞄には桜桃の味の飴が入っていて、舐めている間浄化作用があるというもの。オメガフェロモンの誤魔化しにも一役買っているこの飴は、町の人たちからも人気で、魔法鞄が無ければ持ちきれないほどの『貰い物』を受け取ってしまう。

(今日もすごい沢山貰っちゃったな。ふふ、みんないい人)

 用事を済ませて、ホクホクしながら帰る所だった。


「あなたね」

「……はい?」


 不意に声をかけられて、振り向く。そこには華奢な女性が立っていた。


「あなた、オメガでしょ」

「……失礼します」

「待ちなさい!」


 リスティアは身を翻した。初対面で第二性別を口にするような不審人物から、逃れるために。


「アルバートさんは渡さない」

「!?」


 ぴたり、と足を止めて女性を凝視する。冷たく整った顔立ち。青味がかった黒髪に、蛇を思わせる青白い瞳。
 この女性はおそらく、オメガだ。ほんのりと漂うフェロモンでそう確信する。
 商人の娘のような、町の人にしては小綺麗な格好をした女性だった。


「あなたは、アルバートさんを不幸にする。苦しませているの。解放するべきよ」

「貴女は彼の何?彼の意思を無視しようとする貴方は、一体どんな権限を持つの?」


 リスティアは即座に言い返した。女性の言い分にカチンときていた。


「あたしは、アルバートさんの運命。あなたはお呼びじゃないの」

「……笑?」

「あの人は優しくあたしを抱いた。キスも。大賢者と大錬金術師の護衛をやってる、冒険者ギルドでも有名な人。あなたなんて、身近にいて便利だっただけに過ぎない。あの人にマーキングするの、やめて」

「話にならない。失礼します」


 ニヤニヤとした女性は、言いたいことは言い切ったのか、リスティアを止めることはしなかった。

 それでも背中に突き刺さる視線が気持ち悪くなり、リスティアは『透明化』の魔道具を起動させて屋敷へ駆け込んだ。













 屋敷には、夕食の準備を終えたノエルがいた。怒りの収まらないリスティアは、先ほどあったことをぽろぽろと話す。話し続ける。
 お腹をひっくり返して洗いざらいぶちまけると、いくらかスッキリしたような気がした。


「運命って、そんな、嘘ならすぐ分かるけど。確かにここ最近アルバートの帰りは遅いし、何か任務に手こずっているのかなと思っていたけれど、頼ってこないから自力で解決するのかなって。もし、運命に会っていたのなら、絶対に話してくれると思ってた……」

「まぁまぁ、リスティア。お茶を飲んでください」

「うう……」


 ノエルの食後のお茶を飲み、黙る。今日に限って、アルバートの帰りが遅い。夕食は『保存』をかけているため出来たてて食べられはするが、同じ食事を囲む時間は得られない。


「ノエル。アルバートが帰ってきたら、直球で聞いていいかな」

「……それも一つの手ではありますが。それで、リスティアは納得しますか?」

「え?」

「『浮気はしていない』『運命とは出会っていない』もしくは、『出会ったけれど浮気はしていない』と聞いて、信用できるか、というところです」


 出来る。
 そう言いたい所だが、リスティアの喉は鉛が詰まったように、何も出なかった。
 アルバートは信頼している。普段の触れ合いから、日々愛情を注がれている。

 だが、リスティアの元婚約者は、愛していると言いながら他の人間を抱くことに躊躇がない人間だった。その時の心の傷は、一年が経っても、消えかけてはいても、跡が残っていた。


「……少し前に、アルバートから相談されましたけど、決してアルバートは浮気なんてしていません。なので、リスティア。しばらくアルバートを尾行しましょうか」

「え、知って……尾行?」

「私たち、実は結構アルバートの生活、あまり良く知らないじゃないですか。それを知ることもできますし、浮気をしていないことも分かるでしょう」

「い、いいのかな……そんな、バレたら、アルを悲しませてしまうかもしれない」


 尾行をするということは『信用していない』というメッセージにもなりかねない。それを危惧したが、ノエルはあっさりと笑う。


「大丈夫です。あれは口下手なので、むしろ『俺の行動を見てくれ』くらいに思っていることでしょう」

「そうかな?……まぁ、それなら……」


 その時、疲れ切ったアルバートが帰ってきた。ここ最近はこんな様子で、リスティアは労りながらも、先ほどのことは口にせず、ノエルと目を合わせたのだった。
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