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番外編(リスティアの花紋)
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しおりを挟む「へぇ~、尾行?面白そう~!」
「いいじゃないか。ノエ坊、しっかりリス坊を守るんだぞ」
「はい、もちろん。お休みを頂きありがとうございます。……では、リスティア。早くしないとアルバートが遠くへ行ってしまいますよ」
「わ、分かった」
翌日、アルバートが出かけた後に相談したところ、師匠らには快諾された。ばたばたと準備をして屋敷を出る。指輪の機能で位置は分かっても、アルバートの健脚についていけるか、リスティアは非常に心配だった。
『隠蔽』やら『隠密』やら匂い消しなど、あらゆる物を使って二人は自身の姿を消す。指輪を起動させて位置を探すと、アルバートはすでに森の奥深くに入っていた。
「ん……この速度はおそらく、魔物討伐中でしょうか。浮気をする速度ではないでしょう」
「そうだね。暫く観察していよう」
アルバートを指し示す光は、ヒュッ、ヒュッ、と飛ぶように動く。その方角の方へ歩きながら、追いつくのは諦めた。あの女性がいたとして、この速度についていけるとは思えない。
やっと姿が見えたのは、昼過ぎだった。
『町の方へ移動するようですね』
『うん……』
『大丈夫ですよ』
ノエルにそっと頭を撫でられるが、リスティアの不安は消えない。
(浮気は、疑ってない。ただ、一言くらい相談してくれたっていいじゃないか……)
そう出来ない理由があると思うと、疑いたくなる、弱い心。
自分を叱咤しながらアルバートの後をついていくと、時折『ん?』と振り返ってこちらを見るのでリスティアはひやひやしていた。師匠にお墨付きをもらった完璧な偽装なのに、アルバートの勘の良さで気付かれているのかもしれない。
町へつくなり、アルバートは奇妙な動きをし出した。
正門ではなく、裏門へ。それもいくつかあるうちの、スラムに近い、治安の悪い門。わざわざ遠回りまでして選んでいた。
髪をぼさぼさに乱し、魔法鞄からボロボロのローブを取り出して身につけ、中へ入っていく。浮浪者の仲間入りのように。
(なに?あれ……偽装工作?まさか、本当に……)
そうしてこそこそと入っていくのは、冒険者ギルドだった。
「冒険者ギルドか。良かった、宿屋とかでなくて」
「そうですね。まぁ、ここには来るでしょうね」
リスティアたちも、大きく開かれた扉からこっそりと忍び込む。そこに見えたのは、あの女性に抱きつかれているアルバートだった。
(……っ!?)
『リスティア、落ち着いて』
ノエルに抱き締められて、奥歯を噛み締めた。一刻も早くアルバートからあの女性の腕を引き剥がしたい。そう思うリスティアの耳に、アルバートの低い声が聞こえてくる。
「……離してくれ。何度言ったら分かる。迷惑だ。気持ち悪い。女性でなければ握り潰しているところだ」
「なんでぇ、そんなことを言うんですかぁっ!ほら、運命だから、こんなにあたし、興奮して……っ!ああっ!」
「ギルド職員。一般人に手をあげてはならないのなら、引き剥がしてくれないか」
「は、はいっ……!ほら、このっ!立って!もう!」
「いやぁぁぁ~っ!」
目の前で繰り広げられていたのは、アルバートにしがみつこうとするオメガ女性の痴態。甘えたような、鼻にかかった高い声が耳につく。本当に発情しているらしいのだが、職員が3人がかりで引き剥がそうとするのに、アルバートから手を離さない。
最終的に、アルバートの浮浪者風ローブごと千切れて離されていた。
「いたぁあい!もう!なんで!?あたしは運命なのよ!?」
「運命がどうした。お前のような痴女を好きになる筈もない。もう関わってくれるな」
「おかしい!やっぱりあいつが何かしてるに決まってる!」
「……は?おい、誰のことを」
「あなたの家のオメガ!大錬金術師の弟子だっけ?それならあなたに薬でも盛って夢中にさせたり、運命の匂いを分からなくさせたりすることも出来るんでしょう!あなたは騙されてるのよ!」
「は?」
「あたし、言ってやったの!あなたを解放してって!尻尾を巻いて逃げていったわ!あんなオメガ、あたしの敵じゃないもの!」
「……怒った。もう無理だ」
(完全に一方的だ……『運命の番』ならもっと大きな変化がありそうなものだけど、それもない。何より、アルバートがすごい怒ってる)
温厚なはずのアルバートが、見たこともないほどに怒っていた。握り拳には無意識なのかぐんぐんと魔力が塊になって集まっていくのが見え、次の瞬間、アルバートの姿が消えた。そして、少しした後、森から爆発音が轟いてきたのだった。
「……うわぁ。あのアルが、あんなに……」
「……それはそうですね。リスティアのことをあんな風に言うだなんて、許せません。……さて、アルバートは屋敷に帰ろうとしていると思いますから、先に帰りましょう」
「う、うん」
思ったより低いノエルの声にギョッとしつつ頷くと、転移魔術に包まれていた。
「ティア!!」
ノエルの予想通り、アルバートが駆け込んできた。一体どんなスピードで森を駆け抜けたのか、身体が枝葉で切り傷だらけだ。
「アル」
「な、何かされなかったか!?昨日、町へ行っただろう、その時に……」
「ああ……不愉快なことは言われたけれど、どうかしたの?」
リスティアに触れようとして、己の手に泥や血が付いているのに気付き、躊躇うアルバート。リスティアはむっとしてアルバートを睨む。
「……何があったのか、話してくれますね?」
「……あれ、そういえば、今日は二人とも休日だったか?」
「それはいいから、話してくれますね?」
リスティアはもう、聞くのを止められなかった。
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