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出会い
しおりを挟む『』は英語での会話となっております。
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「大使様のお心遣いに感謝ですわね」
まさか一年以上足止めを食らうことになるとは思ってもみなかった。気づけば、貸別荘の管理人紛いのことをしていた。労働用査証だったわけでもなく、元夫のように仕事で入国したわけでもない。そんな日本人女性が、海外で働けるわけがないのだ。おかげで、帰国用の船代にはほとんど手を出していない。
そして現在は、帰国しないほうがいいと、大使夫人に言われたばかりである。元嫁ぎ先が色々と危ないらしい。それが足止めの理由になるとは思いもしなかったが。
「先代と当代でやり方がだいぶ違うようで、先代のやり方を支持する方たちともめているようですね。
ついでに、あなたをお妾さんにするという動きもあります」
男性のようなジャケットに長いスカートという姿の大使夫人がにこりと微笑んで言う。
「わたくしを妾にですか?」
「取引先の中にはあなたへの仕打ちをとかく言う方もいらっしゃった様子。あとはあなたを慕う従業員を抑えるためでしょうね」
これは姑がというよりも、義弟が中心になって動いているらしい。確かに、しばらく帰りたくない。もっとも、未だ「戻ってこい」という電報は届いていないが。
「未だこちらにいると思っていないのでは?」
「……そうかもしれませんわねぇ」
帰れなくしたのはどこのどいつだ、という言葉はあえて言わないが。
「ねぇ、りのさん」
「どうなさいましたか、奥様」
「他人行儀は止めて頂戴。パーティに参加しましょう」
「ご遠慮いたします」
希臘語を解せない者に言わないで欲しい。英語なら何とかいけるのだが。
「冷たいことを言わないで頂戴。それに会場は日本領事館よ。だから強制参加」
なおさら行きたくないのですが。とはいっても世話になっている手前、強制参加と言われてしまえば、あきらめざるを得ない。
言質を取ったと宣言して戻っていく大使夫人に、思わずため息が出た。
気分転換に散歩をしよう。そう思考を切り替えたりのは、日傘を持って近くの砂浜へと向かった。
砂浜や海というものを見たのは、嫁いでからである。女学校に通っていた数年も、生まれ育った場所も、海とは無縁だったのだ。
さく、さく、さく。土や雪の上を歩く感覚とは違うが、りのは好きだ。
『誰だ!?』
唐突に英語で怒鳴る声が聞こえた。
どうやらここは個人で所有しているという砂浜らしく、りのは知らず知らずのうちに不法侵入していた、ということらしい。
『失礼いたしました。こちらがプライベートビーチ? とは知らずにおりました』
『どこの誰だ? 顔を見せろ』
「きゃぁぁぁぁ!!」
結婚して三年、元夫と身体の関係がまったくなかったりのにとって、水着姿の男性というものは刺激が強すぎた。
思わず畳んだはずの日傘を武器として相手を叩きのめすところだった。
『たかが水着姿ぐらいで、何と凶悪なお嬢さんだ』
『し……失礼いたしました』
相手をまともに見ることも出来ないりのは、苦渋の決断で男性に背中を向けていた。
元夫だって洋装をよくしておりましたよ、でも水着など一度も着ているのを見かけたことはございませんとも。りのは心の中で悪態をつきつつも、後ろの気配には気を配っていた。
『それにしても筋がいい。危うく休暇中に怪我をするところだった。さて、服も上から着たし、そろそろ顔を見せてもらってもいいだろうか』
それが偽りだった場合も考え、りのは日傘を開き、顔を隠すようにして振り返った。
確認してから日傘をおろすものの、構えは解けない。相手に隙が無さすぎるのだ。
『自己紹介をしたかっただけだよ、可愛らしいお嬢さん。僕はリチャード・イーストン。現在はイギリス陸軍で大尉の位を貰っている』
軍人相手になんてことを。さすがのりのもおののいた。
『佐川りのと申します。日本国大使ご夫妻の計らいで貸別荘に滞在しております』
『……リノ・サガワ? 中国人かと思っていたら日本人だったのか』
欧州に住む人たちが東洋人を見分けにくいというのは聞いていたが、本当だったらしい。
『日本はそこまで大変なのかい? 君のように幼いお嬢さんまで戦う心構え……』
幼いお嬢さんとな。いえ、元人妻ですとは言いにくい。一体いくつに見ているのか気になるところではあるが、あえて聞かないことにした。
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