満たされぬ願いとエーゲ海の淑女

神月 一乃

文字の大きさ
5 / 20

元嫁ぎ先の現状

しおりを挟む

 嬉々として迎えに来た大使夫人に引きずられつつ、久しぶりに領事館へと足を運んだ。
「りのさんにはこのお色がいいと思いますのよ」
「……お任せ致します」
 ドレスのことなぞ、全くもってわからない。結婚していた時、一度どこぞの領事館に連れて行かれた時に着せられたくらいだ。……あの時は苦しかった。
 そして今回も苦しい。ドレス用下着はどうしてこうも苦しいのだと言いたくなる。

 着替えも終わった後、りのは先日別荘近くで起きた出来事を話した。
「あら、だいぶ遠出なさっていたのね。少し離れたところに英国貴族であるイーストン子爵様が所有している別荘とビーチがございますの。日英同盟のこともあり、仲良くしていただいておりますわ」
「……軍に所属なさっていらっしゃると」
「ですとご子息様ね。確かお二人とも陸軍にいらっしゃるという話ですもの」
 その方に向かって日傘で攻撃とは、と楽し気に大使夫人が笑いながらも、「別荘にいらしていると知っていれば、招待状を出しましたのに」と残念がっていた。
「さすが士族と言ったところですわね。……おひとりで渡航されて無事なあたりで大体想像がついておりましたけど」
 大使夫妻は華族出身だ。武芸は嗜み程度なのかもしれない、そんなことをりのは思った。

 当然ながら、りのは洋式の挨拶は苦手である。やはり着物がよかったと思ってしまうが、普段着用の着物しかない。こればかりは仕方ないのだが。

 一つ分かったことがある。
 りのは大使夫妻の娘、もしくは孫娘だと思われているらしい。同じ日本人で領事館勤めでない者に至っては「嫁ぎ先を追い出されてきた」とすら思いこんでいる者すらいた。りのが元「烏谷商会」縁の者だと分かると、態度は一変した。それどころか、先代店主の嫁だと分かると、同情すらされた。
「……そこまで酷いと思いませんでしたわ」
 一人になり、ぽつりと呟いた。

 烏谷商会自体が、かなり危ないというのが露骨に伝わってきた。一体何をした、姑と義弟。夫が生きていたらと思ってしまう。

 後日、姑と義弟が独断で夫を無縁仏として扱ったという事実を知ることになる。それは周囲に爪はじきにされる、何せあの店は夫の両親の名前があってこその商会なのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...