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りのの過去と逢瀬
しおりを挟むりのが産まれたのは、会津の城下町だ。父親は四人兄弟の長男。そして、叔父は警吏になり、叔母二人を東京に呼び寄せて女学校に通わせた。そのうちの一人がそのまま職業婦人となり、女学校で教鞭をとっていた。その二人の伝手で、りのは東京の女学校に行くことが出来たのだ。
十二歳で親元を離れ、十五で見合いをして、学校を辞めた。翌年に結婚して、三年で未亡人になった。それだけだ。
『そう言えば、リノ。子供は?』
『家督争いになるといけないからと言われましたの』
今になって思う。子供がいれば今回の渡航も大変だっただろうと。連れて来ていたか、あちらに置いてきていたかは謎だが、どちらにしても心休まるものではなかっただろう。
『日本でも家督争いはあるのか。
でも、たったそれだけのことでリノとの子供が要らないだなんて、その男は馬鹿げているね。僕だったら、一人と言わず何人でも欲しいかな』
さらりと凄いことを言われた気がするのだが。
『リチャード様のお父様やお母様と同じで、大切なものが他に会っただけだと思いますの』
『なるほど、ね。僕はよく分からない』
分かりたくない、それが如実に伝わってきた。
そのあともたくさん話した。りのが着物をよく着る理由も。リチャードがどうして希臘にある別荘を気に入っているのかも。取り留めのない話だった。でも、ここまで話したことはなかったかもしれない。
『リノ、僕はもっとリノとたくさん思い出を作りたい』
『喜んで』
りのが帰国するその日まで。ただ、りのは出航の日をあえてリチャードには伝えなかった。
幾度か二人で出かけることも増えた。残りあとわずか。何故か今になって楽しいと思うようになっていた。
『この服、リノに似合いそうだ』
そう言って差し出した服を見たが、りのには到底着れそうにもない。サイズが違い過ぎる。
子供服で近いデザインがあったと喜んだリチャードにりのは思わず苦笑した。そして、己が子供サイズなのだと実感した。
『着て、僕に見せて』
着るだけなら、そう断ったものの、後ろに釦のようなものがあるのを知ったのは試着した後だ。てっきり開いているほうが前だと思って着こんだのだ。店の店員の視線が痛い。それに、リチャードの笑いっぷりが半端ななかった。
『ですから、洋装は苦手なのですっ!』
店員に正しい着方を教えてもらったりのは憤慨しながら、リチャードに抗議した。
『ごめんごめん。お詫びにその服をプレゼントするよ。
……というかどうして下着を着ていないのさ!』
驚くのはそこか。りのは思った。下着なら着ているではないか。肌襦袢という名の下着を。
『ひょっとして、乳房バンドのことですか? 着物には必要ありませんし』
『そっちもだけど!!』
がしがしと頭をかいたリチャードはそのまま店員に何かを頼んでいた。
そして、りのは男性に下着を贈られるという、屈辱を味わうのだった。
『今度、その服を着て僕と出かけて欲しい』
その願いは叶えられません、という言葉を飲み込んだ。明日、りのは出航する。
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乳房バンド……今でいうブラジャーのこと。日本で流行りだしたのはやはり、洋装が一般的にも流行りだした大正時代から。そして「衛生用品」扱いだったという。しかも、さらしを巻いたりするだけの簡単なもの。現在の形のルーツは1913年(大正二年)にアメリカ人が特許を取ったとされている。
余談だが、日本で最初にブラジャーを作ったのは和江商事(今のワコール)で、1950年(昭和二十五年)のこと。
そして、和装の場合、ノーパンのことも多かったという……つまり試着した時に、肌襦袢を脱いでしまえば素っ裸。リチャードさんもは目が点になったことでしょう。
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