11 / 18
閑話
下種な僧侶とその生態
しおりを挟む彼岸時期。尋花は禅雁から「寺が忙しくなりますので、今までのように時間は取れなくなると思います」と言われていた。
いつも何故か尋花の空いた時間にふらりと訪ねてくる禅雁。プロポーズを受けた後、まともに寺に行っていないことも思い出し、出かけることにした。
禅雁が気に入っている(というか、尋花の部屋にはそれしかないのだが)、インスタントコーヒーとこれまたインスタント紅茶。檀家の方々に出せなくても、家族で飲めるのではと思った。
「おや、尋花さん」
寺の前で竹箒を持った禅雁に声をかけられた。
「こんにちは。……あとこれ」
おずおずと持ってきたものを手渡す。手土産なのだ、包装位してもらってこればよかったと思ったが、後の祭りである。
「おや、わざわざありがとうございます。ちょうど一息つこうと思っていたところですよ」
にこりと微笑んで禅雁が言う。……こうやってみると「煩悩まみれの下種な僧侶」呼ばれているとは思えない、いたって善良そうな僧侶である。
中に促すのを固辞すると、ではここで待っていてくださいね、と言って中に入っていく。
家の中に行くのが嫌だったのは、禅雁の瞳が欲望にまみれていたからではない……決して。嫌な予感はしたが。
境内から見える彼岸花。赤く、引き込まれるような気がした。
「お待たせしました。こちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
禅雁が持ってきたのは茶道具一式と茶菓子だった。
「すみません、座布団忘れてきましたね」
「おかまいなく」
言った瞬間、ひょいと持ち上げられ、膝の上に乗せられた。
「ぜ……禅雁さん!!」
「やはり、尋花さんの香りは落ち着きますね」
そう言いながら、尻の下にある硬いものをするすると動かしてくる。
尋花はあえて気づかぬふりをした。
「……お、お寺に彼岸花って……」
「あぁ、古い寺だとよくありますよ。この時期に咲くから彼岸花と呼ばれているとか、食せばあっという間に彼の岸に逝ってしまうからだとか、諸説ありますが」
「毒花、なんですよね」
「いえ、ご存知かもしれませんが、毒があるのは球根で。それを嫌ってネズミなどが来ないために畦道やら墓地に植えられているんですよ」
「……へぇ」
ネズミ除けとは知らなかった。
「昔はこの辺りも土葬でしたし。埋葬したご遺体を守るという意味でもうえられたのでしょうねぇ」
禅雁は、かなり博識である。どうでもいい知識が多く、呆れてしまうことも多々あるが。
「たしか、彼岸花の球根は漢方薬にもなるはずでしたねぇ」
「石蒜ですね。むくみとりとかに使いますね」
「さすが看護師さん。嘔吐剤としても……」
「一般的に内服しませんからね」
またしてもどうでもいいことまで知っているようである。
話をぶった切って、尋花は出された茶を飲んだ。
「……美味しい」
「それは何より」
茶の淹れ方だけが禅雁の兄家族に褒められているとは、尋花は知るはずもなく。
すんすんと首筋でにおいをかぐ禅雁を無視して、静かに飲んでいた。
「あ、そうそう。その菓子は私が作ったんですよ。彼岸花の球根を使って」
食べていた茶菓子を吹いたのは、仕方がないと思ってしまう。
「冗談ですよ。私に菓子作りは出来ませんから」
むせる尋花の背中を撫でつつも、禅雁は笑っていた。
「食べれるのは事実ですよ。戦前生まれの方に食べさせてもらいましたから」
「ちょっ!?」
さっき食べたら死ぬと言っていたばかりではないか。
「毒抜きを誤ると死んでしまうそうですが、食糧難の時代には食べたそうですよ」
「……知りたくなかったです」
そんな知識は要らなかった。
「ねー、この珈琲と紅茶って誰が買ってきたの? お兄ちゃん?」
「俺じゃない、お母さんじゃない?」
「お母さんも知らないって。お父さんは他のお寺に出張中だし、誰だろ?」
そんな声が自宅になっているほうから聞こえた。
「あ、叔父さん。庭掃除終わったの?」
「えぇ。先ほど。尋花さんが来ているので、こちらで一休みしていました」
「尋花さん危機察知したね。部屋に行ったら多分出てこれない」
禅雁の甥っ子が呆れたように言う。
「尋花さんにお礼を。先ほど言っていた二つは尋花さんの手土産です」
「……へぇぇぇ。叔父さんに嫌がらせするほどねちっこい?」
意味深なことを甥っ子が言う。確かにねちっこいが、どうして持ってきたものが嫌がらせになるのだろうか。
意味が分からない。
「だって叔父さん、珈琲は全般嫌いでしょ? それに甘いものも嫌いだし」
甘いインスタント紅茶は絶対に飲まないでしょ。と笑う甥っ子の言葉を聞いた尋花が、思わず禅雁をガン見した。
「尋花さんが出してくれるものを私が残すはずないでしょう?」
「禅雁さん!?」
どうやら嫌いであるにも関わらず飲んでいたらしい。そして尋花の出したケーキやらクッキーも食べていたらしい。
「……あ。そういうこと。ごちそうさま」
ものすごく呆れた目で甥っ子が二人を見ていた。
「じゃあ、叔父さん。あれ|飲めるんだよね。今度から遠慮なく出すよ」
尋花さんが善意で買ってきてくれたものを残すなんてしないよね? 甥っ子の目がマジになっている。
「あ、ひこうき雲ですよ。やはり秋晴れはいいですねぇ」
そういって無理やり話をそらすと、禅雁は尋花の首筋をぺろりと舐めた。
0
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
『出来損ない』と言われた私は姉や両親から見下されますが、あやかしに求婚されました
宵原リク
恋愛
カクヨムでも読めます。
完結まで毎日投稿します!20時50分更新
ーーーーーー
椿は、八代家で生まれた。八代家は、代々あやかしを従えるで有名な一族だった。
その一族の次女として生まれた椿は、あやかしをうまく従えることができなかった。
私の才能の無さに、両親や家族からは『出来損ない』と言われてしまう始末。
ある日、八代家は有名な家柄が招待されている舞踏会に誘われた。
それに椿も同行したが、両親からきつく「目立つな」と言いつけられた。
椿は目立たないように、会場の端の椅子にポツリと座り込んでいると辺りが騒然としていた。
そこには、あやかしがいた。しかも、かなり強力なあやかしが。
それを見て、みんな動きが止まっていた。そのあやかしは、あたりをキョロキョロと見ながら私の方に近づいてきて……
「私、政宗と申します」と私の前で一礼をしながら名を名乗ったのだった。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる